第五話 足るを知る王子
僕が初めて話した言葉は、父と母で違う。
尊敬する我が父、セドリック王は、
「シドが初めて喋った言葉は、『パパ』だ。間違いない、あれは完全に私を呼んでいた。」
と誇らしく胸を張る。
慈悲深く優しい我が母、マリアは
「陛下が落ち込まないように黙っているけれども、シドは確実に『はは』と言いました。」
しかし、乳母のパティが言うには、
「いいえ、恐ろしくて口が裂けても言えませんが、坊っちゃまの初めての言葉は『天上天下唯我独尊』でしたわ……。」
そう、これが今世最大の黒歴史になるだろう、僕のささやかな悪ふざけである。
そんな僕を気味悪がらず育ててくれたパティには、感謝してもしきれないのである。
「坊っちゃま、おはようございます。朝の支度を……。まあ!また自分で準備なされたのですか?」
呆れた顔をするパティを横目に肩を竦めて雑巾(とはいえこの世界では魔法で済ませてしまうので、余っていた布切れでこしらえた代物なのだが)を絞る。
「僕はもう10歳だぞ?支度くらい自分で出来るさ。」
パティは薔薇の浮かぶ洗面器と、金の糸で刺繍を施した豪華な服を持っている。
「うわぁ、煩悩の塊かい?僕はここに服があるからね、大丈夫だよ。」
顔を顰めて、クローゼットに3着置いている質素な服を取り出す。
「坊っちゃま、それを着て朝食に?今日は陛下もいらっしゃるのですよ?」
「小欲知足。欲を少なく、足るを知る、だよ。これで十分さ。」
パティは僕の頑固さを知っているのか、ため息をついて豪華な服をしまう。
「全く、王族としての自覚はおありなのですか?ベッドだって、なんです?この薄っぺらいマットレス。」
「王族だからこそ、市民に苦を押し付けないものさ。それにこれは『フトン』って言うんだよ。極東のベッドさ。僕にはこれがぴったりなんだ。」
すたすたと食堂に向かう僕の後ろを、パティは慌ててついてくる。
「やあ、おはよう。皆揃ったみたいだな。」
父上は、僕の格好を苦笑いで見つめ、席に促す。
「まあ、シド。寒くないのですか?」
母上は僕の服の薄さを見て心配そうに眉を下げた。
「母さん、大丈夫だよ。シドは好きでやってんだから。なあ?」
兄さんは、今日も明るい。
「いただきます……」
パティはまた顔を顰めて、説教をしようとするが、陛下の前だからか、いつもよりキレが少ない。
「坊っちゃま……!またそのような変な呪文を食事の前に唱えるなんて……!」
僕はグリーンピースを3粒と、人参のポタージュを少し食べる。パンを一欠片取り、バターを適量塗って食べる。
食欲に振り回されるのは、良くない。だが、無理して食べないのも良くないのだ。「中道」、琵琶の弦 きりりと締めれば、である。
「ごちそうさまでした。」
「シド?それで足りるのですか?このミートパイ、シェフが美味しくできたと自慢しておりましたのよ?」
母上が優しくミートパイの皿を押し出す。それを苦笑いで押し戻し、席を立つ。
「母上、僕はもうおなかいっぱいです。」
僕は、今も解脱に向けて精進しているのである。
王族に生まれたからといって、欲に溺れるものか!
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