第三話 未熟な慈悲
5歳の頃から始めていた文字の勉強が一区切りついた。
10歳になった今、政治だとか歴史だとかを学ぶらしい。
「シド殿下、ごきげんよう。本日からシド殿下の教育係を仰せつかったアラルドと申します。」
眼鏡の奥から覗く冷たい瞳は、子ども心には堪えるものだった。
「まずは殿下。貴方は第二王子という立場に胡座をかいてはいませんか?」
いきなりだな。僕は別に王になるつもりはない。
「アラルド先生、僕は、王になりたいと願うほど傲慢ではありませんし、兄が継いでくれるから問題ないのでは?」
アラルドはゆるゆると首を振る。
「いいえ、殿下。それが胡座をかいていると言うのですよ。
王になるつもりはない?
ならば、兄上に何か起きたらどうするつもりですか?
戦争、病、暗殺も有り得ますな。」
隣でじっと見守っていたパティがガタリと動く。
「無礼な!恥を知りなさい!」
僕はそっと手でパティを制止する。
「いいんだパティ。勿論、考えたくは無いが、目を瞑ることはできない問題だろう。」
アラルドはじっと僕の顔を覗き込んだ。
爬虫類のような、何を考えているのか分からない細い顔。
「……怖がらせたいわけではないのです、侮辱でもない。
噂によると、貴方は妙な所で癇癪を起こすらしい。
歴史に学び、現在を活かしなさい。」
静かにそう言うと、アラルドは書物を開いた。
「この世には、知っての通り魔物がおります。
歴史と魔物は切っても切れぬ縁があるのです。
今から約200年前、カーリー王……あなたの曽祖父ですね。
彼が人類未開の地である魔物の生息区域に踏み込んだことで、新たな国が生まれたのです。」
「アラルド先生、いいですか?」
すっと挙げられた手に、アラルドは一瞬息を止め、静かに質問を促した。
「魔物にも、人生があるのではないのですか?人間が踏み荒らして良かったのでしょうか。」
「貴方は、民が食い殺されても良かったのですか?」
アラルドの静かで鋭い質問が刺さる。
「いえ、そういう訳では……」
言葉を詰まらせる僕に追い打ちをかけるように続ける。
「貴方が王になる時、その慈悲が国民を必ずしも救うと思わないことです。……おや、時間ですね。また次回。」
アラルドは素早く部屋を後にした。
「坊っちゃま!あの男、クビに致しましょう!腹が立ちます!」
パティが鼻息荒く提案する。
「いや、いいんだ……。僕が未熟なだけさ。」
不殺生。一人ならどうとでもなる。
しかし、民は?国は?攻め込まれたらどうするのか。
「まだまだ、精進が足りないのでしょうね……。」
大きく息を吸い、吐く。
「まあいい。次は魔法演習だろう?前から楽しみだったのさ、魔法。」
心配するパティに微笑みかけ、僕は庭へと向かった。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
楽しんで頂けたら光栄です!




