80. 『犯人は、あなたです』
今回紹介するのはこちら。
新堂冬樹さん作
河出書房新社 出版
『犯人は、あなたです』です。
タイトルだけを見ると、「いったい誰が犯人なのか?」という謎を追いかける、本格的なミステリーを想像しますよね。
ところが、この作品は、そんな予想をかなり大胆に裏切ってくる小説です。
物語の発端となるのは、上用賀で起きたバラバラ殺人事件です。
被害者は、若手の敏腕編集者・森野啓介。
そして、事件によって遺族となるのが、山野家という一家です。
この山野家が、あの誰もが知っている国民的アニメの一家を思わせる設定になっていて、そこから物語はどんどんブラックユーモアの方向へ進んでいきます。
特に印象に残ったのは、山野家の人々の言動です。
一家の中心的な存在である泰平は、とにかく自分のことを語りたがる人物で、自慢話を繰り返します。
本人にとっては、自分の価値を周囲に認めてもらいたいという気持ちがあるのかもしれません。
でも、周囲の人間からすると、その話を延々と聞かされるのはたまったものではありません。
この「本人は大真面目なのに、周囲から見ると滑稽」というズレが、この作品の面白さにつながっていると思いました。
一方、妙子や早苗たちのやり取りも印象的です。
家族だからこそ遠慮がなく、感情をぶつけ合ってしまう。
普通なら深刻になりそうな場面でも、どこか笑ってしまうような会話になっていて、「家族って、外から見るとこんなに変な集団なのかもしれない」と思わせられます。
そして、この作品で面白いのは、殺人事件そのものだけではありません。
むしろ作者が描いているのは、事件を取り巻く人々やマスコミ、世間の視線なのではないかと思いました。
誰かが事件の犯人だと疑われると、人々は本当にその人が犯人なのかを確かめる前に、「犯人らしい」というイメージを作ってしまいます。
そして、そのイメージが広がっていくと、本人が何を言っても聞いてもらえなくなる。
タイトルの『犯人は、あなたです』という言葉も、単純に「犯人を当ててください」という意味ではなく、事件を面白がって見ている私たち自身に向けられているようにも感じました。
誰かを疑い、決めつけ、面白おかしく消費してしまう。
そう考えると、この作品のブラックユーモアは、単なるパロディやギャグではなく、現代社会への皮肉にも見えてきます。
ただ、本格的な謎解きミステリーを期待して読むと、少し戸惑う作品でもあります。
「犯人は誰なのか」という謎をきっちり解決してスッキリしたい人よりも、奇妙な設定や個性的な登場人物、ブラックな笑いを楽しみながら読むほうが、この作品には合っていると思います。
『犯人は、あなたです』は、殺人事件を題材にしながら、家族、マスコミ、世間の噂、そして人間の野次馬根性を笑いに変えてしまった、かなりクセの強い作品です。
読み終わったあとに、「結局、犯人は誰だったんだ?」と考えるだけではなく、
「もしかして、“犯人”という言葉を簡単に誰かへ向けてしまう自分たちこそ、この物語の中にいるんじゃないか?」
そんなことまで考えさせられる一冊でした。
ミステリーとして読むか、ブラックコメディとして読むか。
その読み方によって、かなり印象が変わる小説だと思います。




