77.『風よ僕らの前髪を』
今回ご紹介するのはこちら。
弥生小夜子さん作
東京創元社 出版
『風よ僕らの前髪を』です。
この作品は、単純な犯人探しのミステリではありません。
殺されたのは、弁護士の立原恭吾。
何者かに首を絞められて殺害された恭吾には、養子の志史がいました。
恭吾の妻である高子は、密かに志史を疑います。
そこで調査を依頼されたのが、元探偵事務所員の若林悠紀です。
悠紀にとって志史は、単なる親戚ではありません。
かつて家庭教師として教えたことのある少年でもありました。
だからこそ悠紀は、志史が本当に犯人なのかを調べながら、どこかで彼を信じたいという気持ちも抱えているように感じます。
そして、この作品で印象的なのが、調査を進めるほど「志史」という人物が分からなくなっていくところです。
周囲の人たちは、それぞれ自分の知っている志史について語ります。
ある人にとっては、無口で何を考えているのか分からない少年。
別の人にとっては、繊細で傷つきやすい少年。
けれど、人間というのは、相手によって見せる顔が違います。
悠紀は一人ひとりの証言を聞きながら、志史の過去をたどっていきます。
すると、志史の周囲には、過去の出来事や複雑な人間関係が絡み合っていたことが分かってきます。
特に胸が苦しくなるのは、志史や、彼と深く関わる人物たちが、子どもの頃から大人たちの事情に振り回されてきたことです。
本来なら、子どもは大人に守られる存在のはずです。
ところがこの物語では、大人の欲望や身勝手さ、秘密によって、子どもたちの心が少しずつ追い詰められていきます。
そして彼らは、誰かに助けを求めることもできず、自分たちなりの方法で生きようとします。
その行動は、決して正しいとは言えません。
それでも、「なぜそんなことをするようになったのか」と考えてしまう。
そこが、この作品の怖さであり、同時に切なさでもあると思いました。
悠紀自身も、ただ事件を解決する探偵役というわけではありません。
彼自身にも過去の経験があり、それが志史を調べる動機や、彼に向き合おうとする気持ちにつながっています。
だから、この物語では「犯人は誰なのか」という謎だけではなく、「人はなぜ、そこまで追い詰められてしまったのか」という部分が大きな意味を持っています。
そして読み終わったあとに改めてタイトルを見ると、『風よ僕らの前髪を』という言葉の意味が、とても印象深く感じられます。
このタイトルには、登場人物たちが抱えてきた苦しみだけではなく、それでも未来へ進もうとする思いが込められているように感じました。
事件の真相が明らかになっていくにつれて、最初に抱いていた登場人物への印象も変わっていきます。
「この人はこういう人だ」と思っていた人物が、実はまったく違う事情を抱えていた。
その積み重ねによって、人間を一面だけで判断することの怖さを考えさせられます。
ミステリとして事件の謎を追いながら、登場人物たちの心の傷や、人と人とのつながりまで描いている作品です。
派手な展開を楽しむというより、登場人物の行動の裏側にある感情をじっくり考えながら読むタイプのミステリだと思います。
読み終わったあと、事件の真相だけではなく、志史や彼の周りにいた人たちが、これからどんな人生を歩んでいくのだろう、と考えさせられる一冊でした。
人間ドラマとしてのミステリが好きな方には、ぜひ読んでほしい作品です。




