76.『華に影 令嬢は帝都に謎を追う』
今回ご紹介するのはこちら。
永井紗耶子さん作
双葉社 出版
『華に影 令嬢は帝都に謎を追う』です。
舞台は明治三十九年の帝都東京。
千武男爵家の令嬢・千武斗輝子は、祖父の名代として、政府の重鎮である黒塚伯爵家の夜会に出席します。
ところが、その華やかな夜会の最中、黒塚伯爵が何者かによって毒殺されてしまいます。
しかも、千武家には事件に関係しているのではないかという疑いがかけられてしまう。
そこで斗輝子は、住み込みの書生・影森怜司とともに、事件の真相を探ることになります。
この作品でまず魅力的なのが、主人公の斗輝子です。
当時の華族令嬢というと、家や身分に従い、男性の決めた道を歩く女性を想像してしまいます。
しかし斗輝子は、そんなイメージとは少し違います。
勝ち気で行動力があり、自分が納得できないことには、簡単には引き下がりません。
自分の家にかけられた疑いを晴らすためにも、ただ誰かの指示を待つのではなく、自分自身で人に話を聞き、事件の裏側へと踏み込んでいきます。
そんな斗輝子と対照的なのが、書生の影森怜司です。
斗輝子が勢いよく行動するタイプなのに対して、怜司は冷静に物事を見つめる人物。
二人は性格がかなり違うからこそ、互いの足りない部分を補いながら事件を追っていきます。
斗輝子と怜司の掛け合いも、この作品の大きな魅力だと思いました。
そして、この物語で面白いのは、単純な「犯人探し」だけでは終わらないところです。
事件を追っていくと、華族という身分や家制度、そして当時の女性たちが置かれていた立場などが浮かび上がってきます。
表面だけを見ると、華やかな帝都の社交界。
けれど、その華やかさの裏側には、それぞれの立場に縛られ、思うように生きられない人たちがいる。
タイトルの『華に影』という言葉が、まさにこの作品そのものを表しているように感じました。
特に印象に残ったのは、登場人物たちがそれぞれ自分なりに「これが正しい」と思って行動しているところです。
人は、自分にとっては最善だと思った選択でも、必ずしも望んだ結果になるとは限りません。
誰かを想う気持ちや愛情、家族への思い、そして自分の人生を自分で決めたいという気持ち。
そうしたものが複雑に絡み合い、一つの事件につながっていきます。
ミステリーとして謎を追う楽しさがありながら、最後には「人はどう生きるのか」ということまで考えさせられる作品でした。
また、明治時代の華族社会という舞台も非常に魅力的です。
きらびやかな夜会や華族たちの暮らしが描かれる一方で、その裏側にある人間関係や身分制度の重さが見えてくる。
華やかさと苦しさ、その両方が描かれているからこそ、物語に独特の味わいがあります。
『華に影 令嬢は帝都に謎を追う』は、明治時代を舞台にしたミステリーが好きな方はもちろん、個性的な女性主人公や、人間ドラマを楽しみたい方にもおすすめしたい一冊です。
斗輝子が事件を追う姿を楽しみながら、その「華」の裏に隠された「影」にも注目して読んでみてください。




