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第87話 あかときの 揺るる火影に うつしみ ふたつ(前編)

宗像の奥殿は、朝の薄闇の底に沈んでいた。


高窓の格子には夜明けの色が滲んでいる。けれど、そこから落ちる光は石床まで届かず、四隅の火皿の明かりだけが低い天井と柱の下半分を照らしていた。油の焦げる匂いに、水を含んだ灰の重い臭いが混じっている。


咲貴が夜の冷気を吸った床に膝をつくと、衣越しにも湿りが伝わった。


志貴が黒の宮へ運び込まれたという知らせを最後に、報告は途絶えていた。


夜のうちに、冬馬が報告札を脚に結んだ小鳥を二羽、高窓から放った。二羽とも庭を越えるまでは羽ばたいていた。だが、道反の境に触れた途端、翼の色が褪せ、羽軸が乾いてほどけた。声すら上げず、二羽は石畳へ落ちた。


境界へ近づけば、見えない重さが胸と肩を奥殿の側へ押し戻す。閉じられているだけなら、外へ向けて力を加えればよい。だが、今は道反の敷地そのものが、内側へと狭められていた。


奥殿の中央には、王紋の描かれた低い台が据えられている。朱の線には古い煤が入り込み、台上の王紋札は縁が黒く縮れていた。咲貴が紙片を通して火を自分の内側へ押し込み、志貴へ続く道を閉じようとしたときの痕だった。焦げた縁に触れると、今も腹の奥に細い熱が返ってくる。


「どうすればよかった?」


誰に問うともなく、声が漏れた。


咲貴が宗像の当代となってから、禁域の境界は見る間に脆くなった。公介も時生も、望さえも、咲貴を責めなかった。眠ったままであっても、志貴が宗像にいたなら、ここまで破られることはなかったはずだ。


いっそのこと、責めてくれたほうが楽だった。


宗像の核である道反へ、悪鬼が絶え間なく雪崩れ込んでくる。振り払っても、次の群れが同じ場所へ押し寄せてきた。


現世へ干渉できないはずの悪鬼が、生きた人間に触れられる。その異変を解き明かす暇もなく、目の前の厄災を退けるだけで精いっぱいだった。


冥府の檻を抜けた春の四天王は、宗像を嘲笑うかのように時を選ばず襲ってくる。


禁域を破られたのなら、綻びを結び直せばよい。だが、黄泉使いが捕食されれば、その命は還らない。本家にいる黄泉使いたちの生存を確かめるたび、咲貴はこめかみが痛むほど奥歯を噛んだ。


「猛獣の檻どころか、狩場にされている」


宗像の結界がこれほど容易く押し込まれるのは、Veilmakerが重ねてきた改竄のためだと、望は言った。


『興味の対象がいなければ、門番は見向きもしない』


昨日、その言葉を聞いた冬馬が、志貴さえいなければよいとでも言うつもりかと激昂し、望へ殴りかかった。


公介と時生では止めきれず、赫夜が冬馬の意識を奪って、ようやく収まった。ずいぶんな荒療治だった。それ以来、冬馬と望は互いに距離を取らされている。


もう限界だと告げようとして、咲貴は唇を閉じた。


数日前、冬馬と赫夜が現れたとき、咲貴は二人の前で表情を崩すまいと努めた。頬を緩めれば、そのまま泣き崩れてしまいそうだった。今もその表情を保とうとしているのに、気を抜けば、志貴へ助けを求める声が出そうになる。


その声が届けば、志貴をまた宗像へ引き戻すかもしれない。それでも、胸の内で姉の名を呼ぶのをやめられなかった。


望は少し離れた柱際に立っていた。時折、火皿と王紋札に視線を移すほかは、身じろぎもしない。咲貴が尋ねなければ、望のほうから口を開くことはなかった。


赫夜は戸口脇の柱に背を預け、膝の上で刃を拭っていた。外郭から戻って間もないのか、袖口には乾ききらない血が残っている。


「おまえ、何か食うたんか?」


冬馬の声に、咲貴は首を横に振った。


「冬馬こそ、何か食べたの?」


「俺は相方お手製の飴があるから、十分や」


冬馬は台の傍らで片膝をつき、掌を火皿へ向けている。夏の律が炎の根元へ細く通り、咲貴の火が志貴に続く経路へ傾くたび、その行き先を宗像の王紋へ戻していた。


「相方か。羨ましいわ」


冬馬は口の片端を上げただけで、何も言わなかった。


意識が戻ってから、冬馬はほとんど休んでいない。目の下には薄い隈があり、袖口には、拭っても落ち切らない灰が筋になって残っている。それでも火皿へ向けた掌の高さは変わらなかった。


食欲はなかったが、咲貴も倒れるわけにはいかない。


「望、お願い」


咲貴が声をかけると、望が近づいてきた。ほんの数秒、冬馬と望の視線がぶつかった。


「またやるのか。今度は眠っている余裕もないぞ」


赫夜が刃から目を上げずに言った。


「誰のせいで半日寝たと思ってんねん」


冬馬が赫夜を睨む。


「半日で済ませた」


「止め方の話してんねん。いきなり人の意識を飛ばす奴がおるか」


赫夜は刃を拭っていた布を折り返した。新しい面にも、すぐに血が滲んだ。


「止まれと言って止まる相手なら、そうした」


「そこまでにして」


咲貴が手で遮ると、冬馬は口を閉じた。赫夜は何も答えず、刃先に残った血を拭い続けた。


「冬馬、私には必要なの。呼んだのは私だから、もうよして。皆、こんなときにいちいち煽るようなことばかりしないで」


咲貴は肩を落とし、目を伏せた。


望は不満を隠そうともせず、黙って膝を折った。差し出された腕に、咲貴は静かに歯を立てた。生ぬるい血を口に含み、瞼を閉じた。


人の腕に歯を立てて血を飲むことも、灰を替えながら夜明けを数えることも、以前の咲貴の暮らしにはなかった。それが今は、ためらいもなく身体になじんでいる。


宗像はこれまでも、宗像だけで幾度となく難を退けてきた。そう語った公介の言葉が、今になって肩に重くのしかかっていた。


「咲貴、また始まるみたいだ。いけるかい?」


望が咲貴の背をそっと撫でた。その手を、咲貴は払いのけられなかった。


「外郭の部隊を、そう簡単に落とせるとは思えないんだけどな」


望の指が、咲貴の唇に残った血を拭った。咲貴は苦く笑った。


「ついに来たのかもしれないね」


望は咲貴の頬を両手で包み、静かに頷いた。


「志貴は特別かもしれない。だけど、最強とは限らない。咲貴はやれる」


咲貴は小さく頷いた。


志貴の動きは、模倣できるほど見ていない。だが、父の動きなら熊野で見ていた。


咲貴は指先で頭上を示した。


その先で空間が裂け、刃を研ぐような細い音が漏れた。神域の境を引っ掻くような軋みが、低い天井の下に響いた。


咲貴の周囲で空気が熱を帯びはじめた。冷気に閉ざされていた奥殿に、外から異なる温度が流れ込んでくる。


裂け目から、黄金色に透ける十字の穂先が現れた。蒼い火紋が絡みつく柄には、咲貴の右肩にある痣と同じ梅の刻印が浮かんでいる。


布都御霊が、咲貴の呼び声に応じて形を取った。


「上出来だ」


望がそう言うのと同時に、遠くで石垣が崩れた。


衝撃が床を渡り、咲貴の膝から腰へ抜けた。梁の継ぎ目から埃が落ち、火皿の炎が東側から順に伏せていった。


廊下の奥にある小窓では、空の色が一度だけ赤く膨らみ、煤けた灰色へ戻った。少し遅れて、結界が軋む低い音が柱の内側を走る。


隣室で休んでいた公介と時生が飛び出していく足音がした。間もなく、激しい金属音と爆風の響きが重なった。


宗像の当代となってから、領域の内側で起きたことは、境界を伝って咲貴の腹の奥へ返ってくるようになった。姿までは見えなくても、二人がどこで敵を食い止めているのかは分かる。


長かった衝撃の間隔が、次第に短くなっていく。今はもう、息を整える間も与えず続いていた。


「機会ができたら、ここから出たほうがいい」


咲貴は冬馬と赫夜を見ずに言った。


赫夜は鼻を鳴らし、何も答えず奥殿を出ていった。


「間違いやないけど、たぶん、大間違いやな」


冬馬が深く息を吐き、咲貴の肩を軽く叩いた。


「十分に感謝してるから言ってるの」


咲貴は眉を寄せ、冬馬を睨んだ。


「それが、大間違いや」


冬馬は口に飴を放り込み、片眉だけを上げた。


そのとき、西の廊下で灯っていた炎が紫へ変わり、戸の隙間から細い光が差し込んだ。


紫の光を押し潰すように床石が持ち上がり、柱の根元へ亀裂が伸びたところで、炎が赤へ戻った。奥殿の火皿も、遅れて同じ色をひととき取り戻した。


だが、衝撃音は絶えなかった。


北の方角で、硬いものが砕けた。それに続く震動は大きく、結界の軋みが途中で甲高い音へ変わった。


宗像を覆うものの外縁が、ごく短いあいだだけ薄くなった。王紋の朱が一筋だけ明るくなり、火皿の炎が境界の裂けた方角へ細く傾いた。


冬馬は用意していた報告札を取った。


「今度こそ、頼むで」


指先から火を通された札は赤い光をまとい、開いた戸口から廊下へ飛んだ。柱と柱のあいだを抜け、庭の上を低く走り、朝の暗がりへ溶けていく。宗像の縁で一度だけ光が細くなったあと、札は見えなくなった。


夜に放った鳥のように、石畳へ落ちてくることはなかった。


冬馬はゆっくりと立ち上がり、わずかに振り返った。廊下の奥では、金属の打ち合う音が続いていた。


「届かんかもしれん。でも、それならそれで、明熾が異変に気づいてくれる。状況は変わるはずや」


冬馬の声に、結界が軋む低い音が重なった。


「冬馬、変わったね」


「そうでもないやろ。けどまあ、褒められとくわ。俺が変わったように見えるとしたら、それは明熾のせいや」


「惚気みたい」


「なんやそれ。阿呆ちゃうか、おまえ」


冬馬が呆れたように咲貴を見た直後、その表情から笑みが消えた。


「こんな話してる場合やなくなったわ。とうとう、ここまで来たみたいや」


床の下で、爪が硬いものを引っ掻くような音がした。


奥殿へ続く道を塞いでいた結界が破られ、廊下の板戸がすべて内側へ押されて軋んだ。火皿から湿った灰がこぼれ、王紋の朱をまだらに汚す。


冬馬が咲貴を背にし、入口へ向き直った。


「今度は何が出てくるんやろな」


低い声の終わりに、廊下を駆ける足音が重なった。


戸が開き、赫夜が奥殿へ入ってきた。肩口には割れた木片が引っかかり、頬には、指で擦ったような砂埃が伸びている。呼吸は乱れていない。赫夜は戸を閉めず、入口と咲貴のあいだへ移ると、刃の柄に手を添えた。


「さっきの綻びなら、おまえ一人くらい外へ抜けられたやろ」


冬馬の声に、責める響きはなかった。


赫夜は廊下の先へ目を向けたまま答えた。


「奥殿への道が破られるのが見えた」


「逃げるべきだった。あなたは宗像じゃない。ここに残る必要はなかったのに」


咲貴が告げると、赫夜はようやくこちらを見た。


「寝覚めが悪くなる」


それだけ言うと、視線を戸口へ戻した。


咲貴も立ち上がり、灰のついた指を衣の脇で拭った。


冬馬が右、赫夜が左に立ち、二人は咲貴を背後へ押しやった。


「咲貴、ちなみに、こいつの母親は宗像らしいで。まったく縁がないわけでもない。なあ、赫夜くん」


冬馬が赫夜を指すと、赫夜は小さく舌打ちした。


「母のことは関係ない」


刃を拭う布の端は、すでに黒く濡れていた。廊下の奥から足音が近づいてくるなか、赫夜は汚れていない箇所を探すように布を返した。


「外郭の負傷者は地下結界へ移した。宗像の黄泉使いを食われれば、手に負えない化け物を増やすことになる。ここで抑える。それだけだ」


「それでも、あなたが残る理由にはならない」


咲貴が言うと、赫夜の手が止まった。


「一人で残れば、ほかを逃がせると思ったか」


赫夜はこちらを見なかった。


「兄もよく同じことをする。何もかも背負って、自分一人を数え忘れる」


刃についた最後の血が、布へ細く移った。


「残される側には、迷惑な話だ」


咲貴は目の前の背から視線を逸らせなかった。


「私には、気に食わないと力任せにすべてをひっくり返しかねない姉がいるのだけれど」


赫夜の眉がわずかに動いた。


「兄なら、ひっくり返すまでもない」


「そこ、張り合うところちゃうやろ」


冬馬は戸口に目を向けたまま、呆れたように言った。


「張り合ってはいない。事実だ」


赫夜は布を捨て、刃に指を這わせた。


「そろそろ、宗像の結界を檻に変えた奴がお出ましか」


面倒そうに襟元へ触れ、赫夜は開いたままの戸口を見た。


廊下で足音が止まった。ところが、そのあとも衣擦れだけが遅れて近づき、床板には別の重みが残っている。


薄暗い廊下を背にして、壮馬が姿を現した。


「ほんまもんの化け物になったんか。くそ親父」


冬馬が低く言った。


「冬馬」


名を呼ばれた冬馬の口元が、わずかに強張った。


「まだ覚えてたんやな」


顔立ちは、確かに穂積壮馬のものだった。だが、右足を踏み出してから影が動くまでに、わずかな遅れがある。肩を引けば衣の下で同じ箇所がもう一度持ち上がり、首筋の皮膚だけが反対へずれた。口元は動いていないのに、浅い呼吸が二つ重なって聞こえる。


「邪魔をするな」


「息子にかける言葉が、それか」


壮馬は冬馬と赫夜を順に見た。そのあいだから、背後にいる咲貴に視線を定めた。


「咲貴、おまえからこちらへ来い。この状況を変えられる唯一の方法だ」


咲貴は答えず、殲滅の火を放った。


炎が床を走り、壮馬の胸から肩までを包んだ。冬馬が夏の律を通すと、石床を這った余熱は志貴へ続く道に向かわず、四隅の火皿へ吸い上げられる。


赫夜は炎の端を抜け、壮馬の進路に刃を差し入れた。


壮馬は上体を傾けて刃をかわし、壁際へ半歩移った。冬馬に向きを変えられた火が正面を塞いでも、踵を石の継ぎ目に掛け、姿勢を保っている。


赫夜の喉も、冬馬の胸も狙わない。二人の隙間が開くたび、咲貴へ近づこうとした。


咲貴は火の幅を絞り、壮馬だけを焼いた。


最初に崩れた層から、古い紙と膠の臭いが立った。炎の奥で帳面の頁がめくれるような音が続き、知らない男の横顔が、壮馬の頬に重なって消える。


次に焼けたものは、薬草と古布の臭いを残した。細い指が、胸元から抜け落ちるようにほどけていく。


火を受けるたび、壮馬の身体と影のずれは小さくなっていった。それでも焼けるものを庇わず、失った層を踏み越えて距離を詰めてくる。


赫夜が刃を返し、影が遅れている肩口を斬った。刃先は肉には入らず、重なった記録の一つを裂く。


壮馬は赫夜へ反撃せず、裂け目から咲貴の右手を見た。火傷の残る指先から、手首に浮く脈へ視線が移る。


咲貴は布都御霊を振るった。


空気を裂く音がして、壮馬の腕が落ちた。


血が石床へ届くより早く、切断面の輪郭が揺らいだ。落ちたはずの腕が壮馬の肩へ戻り、傷口も、斬られた衣も、何事もなかったように繋がっていく。


切断されたという記録そのものが、書き換えられたように見えた。


咲貴は戻った腕を見据え、唇をきつく噛んだ。


「切っ先を下げるな」


赫夜の声とほぼ同時に、壮馬が刃の背へ腕を押しつけ、咲貴の前へ滑り込んだ赫夜ごと横へ退けようとした。


赫夜は足を滑らせながらも刃を引かず、咲貴へ伸びる腕の下に肩を入れた。壮馬の指が赫夜の頬を掠め、皮膚に細く赤い筋を残した。それでも狙いは赫夜へ移らず、指はすぐに咲貴の袖へ戻ってきた。


「咲貴、やれ」


咲貴はその軌道を火で断った。さらに炎を重ねると、壮馬の皮膚の下から、黒い古衣に似た一層が現れた。長い年月を経た布のように色褪せているのに、襟へ火が移っても何の臭いも立たない。


「人の身体じゃない」


一つの層を焼いても、その下から別の記録が現れる。帳面の頁を剥ぐように、幾度焼いても終わりがなかった。


「まともなわけがないやろ!」


冬馬が赫夜の背後から回り込み、壮馬の脇腹へ蹴りを入れた。壮馬の片足が石床を滑り、咲貴へ伸びていた手が離れる。


「織師と完全に同化したか」


赫夜は咲貴を抱き上げ、その場から飛び退いた。


「何と同化したって?」


「パリンプセストとも呼ばれる織師だ。既存の記録に別の記録を重ね、初めからそうであったように見せる」


咲貴を低い台の脇へ下ろすと、赫夜は足元に広がった壮馬の影へ刃を突き立てた。


壮馬の身体がすぐさま後方へ退いた。刃の触れた箇所から、臭いのない一層が剥がれかける。壮馬はそれが裂かれるより早く、自ら肩口から削ぎ落とした。


赫夜の目が細くなった。


「咲貴に触れるためなら、それも捨てるか」


影に刺した刃は抜かなかった。赫夜は柄を押さえたまま、影の内側へ指を差し入れた。


「黒の千年王ではないおまえが、なぜ……」


壮馬の足元で、重なっていた黒が歪んだ。赫夜の指が返るたび、その奥から細い糸が一本ずつ浮き上がる。どの糸に触れ、どれを残すべきか、確かめる様子はなかった。


「答える必要がない」


赫夜の指が、絡み合った糸の中から一本を選んだ。引き上げる角度も、手首に力を移す速さも、長く繰り返してきた者のものだった。


糸を持ち上げる赫夜の手首の動きを、咲貴は目で追った。


「兄の動きを、忘れるはずがない」


赫夜は低く独りごち、咲貴へ顔を向けず、選んだ糸を指に掛けた。


咲貴は布都御霊を握る自分の手へ視線を落とした。先ほど頭上へ指を向けたとき、思い返していたのは熊野で見た父の動きだった。


高度で繊細な術の発動は本能に近く、見ただけで学び取れるものではないはずだった。


咲貴は小さく息を呑んだ。まだ確信は持てなかったが、既視感があった。


「一度見れば、十分だ」


赫夜の声に、咲貴は口を開きかけた。自分と同じ模倣の異能を、赫夜も持っていた。


刃の柄を押さえたまま、赫夜が糸を引いた。壮馬の影から、黒い一層が音もなく剥がれた。同時に、赫夜を取り巻く気配が黒一色に変わった。


「黙っていろ、咲貴」


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