第84話 夜をこめて 鳥のそら音は はかるとも
祭場の石台から離れたあとも、掌には冷えた石の感触が残っていた。
志貴は何度か指を握り込んだが、掌に貼りついた冷たさは消えなかった。
石台へ触れた瞬間、知らないはずの景色が流れ込んできた。
赤い衣をまとった少年。
月の届かない地下の祭場。
名を呼ばれ、名を失い、それでも誰かの記憶のなかへ残ろうとした人々。
あれが紅の始祖だったのか。自分と同じ座にあった者なのか。
答えは掴めない。それでも、石台の奥に続く細い通路を見つけたとき、志貴は引き返せなかった。
遺構のさらに奥から、低い水音が聞こえている。
志貴は左手を石壁へ添えながら進んだ。
通路は人ひとりが通れるほど狭く、両側の壁は長いあいだ水に晒されていたらしい。指先に触れる石の表面はなめらかで、ところどころに細い溝が刻まれている。古い文字なのか、何かを数えた跡なのか、志貴には読めなかった。
溝の底には薄い水が溜まっている。壁を伝った雫が石床へ落ちるたび、狭い通路のなかで小さな音が響いた。
足元にも浅い流れがあった。靴底の下で水が揺れ、冷たさが革を通して足先へ染みてくる。
背後で青白い光が揺れた。
八雷は、志貴が先へ進むたびに後ろからついてきた。さらにその後ろを、神使の姿を取った蘇芳も黙って進んでいた。狭い通路では大きな身体を低くし、ときおり濡れた石床へ爪を立てながら進んでいる。以前のように姿を寄せ、言葉を交わすことはない。
「ここまででええよ」
志貴は振り返らずに言った。
「ひとりで見に行ってくる」
八雷は止まらなかった。
赤い光が少し前へ出て、志貴の肩の高さで揺れた。ひとりでは行かせないと言っているのか。声にはならない意思が伝わってくる。
志貴は小さく息を吐いた。
「頑固やなあ」
通路の先は、急に広くなっていた。
天井の高い石室だった。
暗がりのなかに、崩れた柱が何本も立っている。床の大半は水に沈み、石室の中央には円形の水盤のような窪みがあった。澄んでいるはずの水は底を見せず、黒い石の器に夜を溜め込んだように静まっている。
壁際には小さな祭壇が残されていた。供物を置くためだったのか、低い石の台にはひびが入り、その上に白い欠片が散らばっている。人の骨とも、動物のものとも違う。何かの器が砕けたものに見えた。
石室の奥に、人が立っていた。
水際から数歩離れた場所だった。
長い黒髪が肩から背へ落ちている。衣は古い型のものらしく、襟元まできちんと閉じられていた。薄暗さのせいで色は分からない。それでも、その人物だけは周囲の闇に溶けず、はっきりと輪郭を持って見えた。
八雷の光が一斉に強くなった。
水面へ細かな波紋が広がり、崩れた柱の影を揺らした。
志貴は右手を上げた。
「待って」
八雷は止まったが、光を弱めなかった。
人影がゆっくりと顔を上げる。
若く見える顔だった。けれど、その目元には長い年月を越えてきた者だけが持つ静けさがあった。感情がないのではない。何かを前にして声を荒らげる必要がないほど、自分の立つ場所を疑っていない顔だった。
その視線だけが、志貴の胸の奥を見定めるように動かなかった。
「宗像志貴」
知らない相手に名を呼ばれ、志貴は肩を固くした。
「誰」
「門番」
その人物は答えた。
「そう呼ばれている」
声は穏やかだった。怒りも威圧もなく、ただ当然のことを告げる調子だったからこそ、志貴は背筋に冷たいものを感じた。
「何の門番なん」
志貴が問うと、門番は一度、水盤へ目を向けた。
「ここにあるもの。ここへ辿り着くもの。ここから出してはならないもの」
黒い水面には、石室の天井も、崩れた柱も映っていない。ただ、光を失った深さだけが静かに揺れている。
「そのすべてを、私は見定める」
門番は志貴へ視線を戻した。
「そして、紅。君もそのひとつだ」
志貴の喉がわずかに乾いた。
紅。その名を、相手は志貴自身の名よりも自然に口にした。
八雷の白い光が水面を走った。
雷鳴が石室の天井へ跳ね返る。白い光は門番の胸元を目がけて進み、周囲の水を蒸気に変えながら突き抜けた。
志貴は目を細めた。
けれど、光が消えたあとも門番は立っていた。
門番は片手を上げている。その指先の前で、白い八雷が押し留められていた。雷は何度も明滅し、逃れようとしているのに、見えない壁へぶつかり続けている。
門番の目が、白い光へ静かに向く。
「長く残ったな」
その声音に、見下す響きはなかった。
「退け」
門番が言うと、白い光は弾き飛ばされた。
水面を裂いて後方へ飛び、石壁に激しくぶつかる。壁の一部が砕け、濡れた石片が床へ散った。白い光はしばらく動けず、水際で弱くまたたいた。
残る七つの八雷が志貴の前へ出た。
黒、藍、青、紫、赤、黄、橙。それぞれの光が水面の上に連なり、志貴を囲むように広がる。雷の光が黒い水へ映り、石室の壁を不規則に照らした。
門番は八雷を見た。
「まだ、守るのか」
答える代わりに、七つの雷が水を走った。
石室を満たすほどの光が門番へ集中する。
雷は門番の身体へ届く寸前、水盤の底へ吸い込まれた。
暗い水が光を呑み込む。石室の中央に沈んでいた闇が大きく膨らみ、次の瞬間、七つの雷を水面の外へ吐き出した。
青い光が石柱へぶつかり、紫の光が壁を削り、赤い光が水際へ叩きつけられる。柱の残骸が崩れ、水が激しく跳ねた。志貴の頬にも冷たい飛沫がかかる。
七つの光は、床や壁へ散り散りに落ちた。
ひとつが門番の足元へ再び近づこうとしたが、門番が視線を向けた途端、光は水面へ沈んだ。
「八雷!」
志貴は声を上げた。
返事はない。
水の底で、八つの光が弱く揺れていた。消えてはいない。ただ、立ち上がるための力を残していない。
志貴は右手を胸元へ押し当てた。
心臓が速く打っている。
過去の記憶と向き合うと決めてから、身体に残っていた痛みが胸の奥から全身へ広がっていた。背筋を伸ばして立っているだけで、膝の裏が震えそうになる。
それでも、ここで後ろへ下がることはできなかった。
門番は濡れてもいない髪を一房すくい、肩の後ろへ払った。
「あんたがVeilmakerなんやな」
志貴は言った。
声は少しかすれていたが、言葉は石室のなかへ届いた。
「人は、私の働きをそう呼んだ」
門番の表情は変わらなかった。
「私は紅を失わせないために動いている」
水際に立つ志貴へ、門番が一歩近づく。
「宗像志貴という人格は、紅の存続に必要ではない」
その言葉を聞いたとき、左手の指先が痺れた。それと同時に、背後で蘇芳が低く唸った。
さっきまで志貴の後ろにいた神使が、石室の奥に立つ門番を見ている。
黒銀の毛が逆立ち、牙のあいだから息が漏れた。
「蘇芳?」
門番の視線が、志貴から蘇芳へ移った。
「ヨルノミコト。まだ、神使の姿を取っていたのか」
蘇芳の身体が揺れた。黒銀の毛並みが、輪郭から煙のようにほどけていく。前脚が石床を掻いた。踏みとどまろうとしているのに、神使としての身体そのものが、見えない手で引き剥がされていく。
『退いて。すぐに』
蘇芳の声が低く響いた。
その直後、志貴の左腕を痛みが貫いた。
水に触れていたわけではない。肌の内側から、熱い針を何本も刺し込まれたような痛みだった。
志貴はとっさに左腕を抱えたが、痛みは手首から肘へ、肘から肩へと上がっていく。服の袖の下で、赤い光が走った。血管に沿っているようにも見えた。けれど、その光は血ではない。皮膚の下を通り、骨の奥へ入り込み、志貴の身体を別のものへ作り替えようとしている。
「やはり、始まったか」
門番の声には、驚きがなかった。
「君に残されていたものが、君を使い始めた」
蘇芳の輪郭が、煙となって崩れる。しかし、その煙は散らなかった。門番の力に抗うように志貴の左手へ絡みつき、水面に沈んでいた長い黒い柄を引き上げた。
磨かれた武器の光ではない。土のなかで長く眠り、掘り出されたばかりの鉄のような、冷たく重い色だった。鈍い色の穂先が、水面の上で門番へ向いた。
蘇芳は、神使の姿を奪われるより先に、志貴の手のなかで矛へ変わった。
志貴が握ったのではない。矛が、志貴の手を掴んだ。
指が一本ずつ開かされ、掌が柄へ押しつけられる。手のひらから腕へ、肩から鎖骨へ、赤い紋が広がった。左半身の感覚が薄くなる。痛みはあるのに、自分の皮膚へ触れている感覚が遠い。
「蘇芳、やめて」
呼びかけても返事はない。
矛はひとりでに持ち上がり、穂先を門番へ向けた。
「古い矛は、紅を維持するためにある」
門番は言った。
「君の意思を守るためではない」
「違う」
志貴は、矛の柄を握り直した。
左手は痺れ、指の感覚はほとんど自分のものではなかった。
「蘇芳」
返事はない。けれど、左手の内側で何かが震えた。
矛はなお、志貴の左腕を前へ引こうとしている。
勝手に使われるのは嫌だった。
それでも、志貴は矛を持ち上げた。
「力、貸して」
黒銀の穂先が、水面の上で揺れた。
次の瞬間、石室を満たしていた黒い水が裂けた。
矛から溢れた夜が、水盤の底を走る。
床を這っていた影を切り裂き、門番の足元へ集まっていた水を押し退け、石室の奥へ向かって一息に広がった。
門番が初めて、後ろへ退いた。
水際から離れ、崩れた柱のそばまで距離を取る。
その前へ黒銀の穂先が届く。
志貴はさらに、力を流そうとした。
ここで止めなければならないと思った。
この矛をもっと開ければ。左手の奥にあるものを、全部引き出せば。
門番を退けられる。
そう分かった。
同時に、喉の奥から熱いものがせり上がった。
咳き込み、赤い血が、水面へ落ちた。
左腕の紋が強く明滅した。手首から肩へ、肩から胸へと熱が走る。骨の内側を削られているような痛みだった。
穂先が揺れる。
志貴は離すまいとした。けれど、もう一度矛を前へ出そうとしただけで、左脚から力が抜けた。
膝が石床へ落ち、水が跳ねた。
息を吸おうとしても、胸の奥が痛んだ。口の端からまた血が落ちる。視界が暗くなり、門番の姿が揺れた。
それでも矛は、門番へ向いていた。
門番はしばらく、志貴を見ていた。
裂かれた水面から、黒銀の夜が石室の床へ伸びている。その中心で、志貴は矛を支えきれずに膝をついていた。
「そうか」
門番の声は静かだった。
「そこまで開けるのか」
志貴は荒い息の合間に、顔を上げた。
門番は近づいてくる。
今度は、黒い水も門番の前へ出なかった。
志貴の手にある矛を警戒して距離を取ったようには見えなかった。もう志貴がその力を保てないことを、見抜かれている気がした。
「紅は、斎貴より深い」
門番の視線が、志貴の左腕に残る赤い紋をなぞる。
「だが、君の身体はそれを受け止められない」
矛を握る指が震えた。
蘇芳はなおも志貴の掌にあった。
離れずにいることが、余計に苦しかった。
「君は脆い」
門番が、志貴の前で足を止めた。
「力が足りないのではない。その力を保つ器として、宗像志貴は未熟すぎる」
門番の手が、志貴の首筋へ触れた。
石室の天井が遠ざかる。
水の冷たさも、左半身の痛みも、急に輪郭を失った。見えない力が肩と手首を押さえ、志貴の身体を水面へ沈めていく。
骨が折れる痛みはなかった。胸を潰されることも、首を折られることもない。
ただ、自分の力では水面へ戻れない深さに留められていた。
すぐには終わらせないつもりなのだと、志貴には分かった。
「紅を維持する器であれば良い」
水越しの声が、ひどく遠く聞こえた。
「それが君に与えられた役割だ」
水が口へ入る。
志貴は首を動かそうとしたが、できなかった。胸に重い石を載せられたように、息を吸うことができない。
それでも、門番の声だけは水の底まで途切れずに届いた。
「人格は壊れても構わない。記憶を失っても、身体が破綻しても構わない。紅が残るなら、それで足りる」
八雷が水の底で明滅した。
ひとつが、ゆっくりと浮かび上がる。白い光だった。石壁へ叩きつけられたはずの光が、細く震えながら志貴のほうへ進もうとしている。
門番が片手を向ける。
白い光は、また水の底へ押し戻された。
志貴の喉から、泡がこぼれた。
怖かった。
死ぬことが怖いのではない。目の前の者に、自分が何者だったのかまで決められてしまうことが怖かった。
紅だから。千年王だから。始祖に繋がる器だから。
そんな言葉だけが残って、宗像志貴がいなくなる。
それは嫌だった。
ここまで来たのは、誰かの命令を果たすためではない。紅の始祖が何を残したのか、自分が何なのか、確かめたかった。怖くても、知りたかった。
その答えを、門番の口から与えられるだけのものにしたくなかった。
「黒の千年王を、君は番と呼ぶ」
門番の声が、水越しに届く。
志貴は目を開けようとした。けれど、水の冷たさと息苦しさで視界が揺れ、門番の輪郭はほとんど見えない。
門番は静かに否定した。
「違う」
水面の近くにある門番の影が、わずかに揺れた。
「あれは君の餌だ」
胸の奥が冷えた。
違う、と志貴は思った。
けれど、声にはならなかった。
耀冥は黒の千年王だ。
それは志貴も知っている。黒として紅を守ることも、紅を失えば黒の在り方が変わることも、否定できない。
水の底で、八雷の光がまた沈んだ。
左手に食い込む柄は、志貴の掌へ貼りつき、指を柄から離れさせなかった。守ろうとするものはあるのに、肺へ空気を戻してくれるものはいなかった。
このまま沈めば、紅だけが残る。
宗像志貴は、ここで終わる。
それでも、志貴が思い出したのは黒の千年王の姿ではなかった。
一心だった。
不機嫌そうに眉を寄せて、人の話を聞いていないように見える。そのくせ、志貴が疲れているときには、何も聞かずに近くへ来る。黙って隣にいて、志貴が話し始めるまで待っている。
黒の千年王だからではない。
紅を守る番だからでもない。
志貴が今、ここにいてほしいと願ったのは、一心だった。
水面の揺れが止まった。
門番の手も止まっていた。
「一心」
声になったかどうか、自分でも分からなかった。
視界の端に、ありえないものが見えた。
濡れた土。
踏みしめられた草。
木々のあいだから吹き込んでくる、冷たい夜の風。
遺構の石室にはないはずの森が、水際へ繋がっている。
その土の上に、人影が立っていた。
一心だった。
衣の裾には泥がつき、髪には細い枝が引っかかっている。右手には抜き身の刃があった。
一心は周囲を見回した。
石壁。黒い水。崩れた柱。
そして、水に沈められた志貴を見つけた。
眉間にあった迷いのようなものが消えた。
「志貴」
呼ばれた声だけが、水のなかにいてもはっきり聞こえた。
一心が水際へ近づく。
膝をつき、志貴の頬へ手を伸ばした。
冷えた肌へ触れた指先が、熱を持っているように感じた。
「……一心」
志貴は返事をしようとして、咳き込んだ。
喉へ入り込んだ水が逆流し、口からこぼれる。一心は何も言わず、志貴の首の後ろと背へ腕を差し入れた。
一心の腕は、赤い紋の広がる左側を避けるように、志貴の右肩と背だけを支えていた。
一心には、何が起きているのか見えているのだろうか。
志貴自身、左腕に食い込む矛をどう説明すればいいのか分からなかった。それでも一心の腕は、ためらうことなく志貴の身体を抱き起こそうとした。
志貴は右手で一心の衣を掴んだ。
濡れた布の下に、確かな体温があった。
石の冷たさでもない。
水の冷たさでもない。
呼吸をしている人の温度だった。
門番の手が動いた。
首と肩へ、見えない重さが絡みつく。
せっかく一心の腕へ預けた身体が、また水の底へ引かれていく。志貴は一心の衣を掴む指へ力を入れたが、右手にはもうほとんど力が残っていなかった。
そこで初めて、一心が門番を見た。
問いかけはなかった。
志貴を支える腕を離さないまま、一心は刃を門番へ向けた。
石室の水が黒く染まった。
一心の足元から広がった黒が、水を押し分けるようにして志貴と門番のあいだへ入り込む。
門番が手を上げた。
水盤の底から黒い水がせり上がる。
しかし、一心の黒は止まらなかった。
黒は水を裂き、門番の掌へ届いた。
次の瞬間、門番の身体が石段の残骸のそばまで押し戻されていた。崩れかけた柱が傾き、水面へ大きな音を立てて沈む。
同時に、志貴の首と肩へ食い込んでいた力が消えた。
志貴は激しく咳き込んだ。
肺の奥から水を吐くたび、胸と背中が軋む。息を吸っても痛い。それでも、わずかに空気が入ってくる。
志貴が呼吸を整えるのを待つように、一心は志貴を抱き寄せる。
志貴は浅く息を吐いた。
左手に残っていた矛が揺れた。
手首から肩へ伸びた赤い紋は、まだ皮膚の下で熱を持っている。けれど、さっきまで志貴の腕を前へ引こうとしていた力は、少しだけ弱くなっていた。
水の底で、八雷が明滅する。
傷ついた光が、ひとつ、またひとつと浮かび上がり、志貴の周囲へ寄ってくる。
石段の向こうで、門番が立ち上がった。
濡れた髪を肩から払うと、乱れた衣の襟を整える。
その視線が一心へ向いた。
一心は志貴の顔から目を離さない。
「なるほど。これが今代の黒か」
門番の声が、崩れた石柱と水音のあいだを静かに通った。
続いて、その目が一心の背後へ向く。
石室へ繋がった森。
濡れた土。
木々のあいだから流れ込む、冷たい夜の風。
ここにはなかった夜が、そこにあった。
門番の目が、森から志貴へ戻る。
「それが、紅と呼ばれる君の最大の異能だ」
志貴には、その言葉の意味を考える余裕がなかった。
左手に食い込んでいた柄が、わずかに緩む。
一心の手が、志貴の右手を包んだ。
その温度を感じるうちに、志貴の左手から力が抜けていった。
矛は志貴の手から完全には離れなかった。
けれど、もう腕を引きずろうとはしなかった。
穂先が水面へ傾く。
黒い柄の輪郭が、少しずつほどけていく。
一心が、志貴の額へ張りついた濡れ髪を指で払った。
「ここにいる」
その声を聞きながら、志貴は一心の衣を握ったまま、静かに意識を手放した。




