休暇
トルコから半年が経ち男は日本にいた。男は日本人であり、元職業軍人だった。いや日本国内的には「職業は元自衛官」だったと言う方が的確かもしれない。男の帰国の目的は、カンタンに言えば休暇だろう。しかし、今男が居る所は陸上自衛隊の訓練地である。男は日本国内では「予備自衛官」と呼ばれる立場で、それは自衛隊を退職しても、定期的に訓練を受ける隊員だった。しかし、一般的な予備自衛官と男の立場は違っていて、実は「指導員」として普通科の狙撃手隊員やレンジャー隊員を教育する立場だった。
男が現役で隊にいた頃は、特別に階級が高かった訳では無い、しかも防衛大を卒業した訳でもない。では何故こんな異例な待遇を受けているのか?その答えは一つ、男の狙撃の技術であり、スナイパーとしての才能をかわれているのである。
男は現役時代にオリンピック出場をしていない、それどころか国内の大会さえも出ていない。男は入隊して半年で配属された隊で、狙撃の素晴らしさと自分の才能に気がついたのだ。そしてこれが自分の生きていく術と判断し、表舞台に上がらず技術だけを伸ばしていった。当然、この飛び抜けた技術を上官が放っておく訳も無く、我が隊からオリンピック選手を出そうと躍起になったのは言うまでもない。なかには脅迫じみた命令さえも有った。しかし、男は一度も首を縦に振ることは無かった。すっかり諦めた上官が(こいつは自衛隊では収まらない目的を持っている)と気付き、ならばと交換条件を持ち出した。それは、「もう大会などの出場の勧誘はしない。その代わりその技術を後輩に伝授せよ。それを約束するなら好きなように活動して良し」と御墨付きを付けた。男は思い付く限りの特殊な訓練をリクエストし、まるでアメリカ海軍の特殊部隊「シールズ」の様な訓練までやってのけていた。あまりにも特殊で他の部隊だけでなく、航空自衛隊や海上自衛隊にまで頭を下げて協力を取り付けていた上官は、「割りが合わない」と言い、男に「除隊後も指導せよ」と追加した。これが男が予備自衛官となった理由である。
男にとって自衛隊基地に居るほど居心地の良いものはない。先に書いたように、自衛隊基地では男は特別待遇であった。男には個室が充てがわれ、訓練以外は一般の隊員とは隔離された様な状態だった。基地の出入りも自由だったので、就寝と朝・昼の食事以外は街で好きな物を食べ、好きな時間を過ごしていた。男にとって基地は、出入り自由なシェルター施設の様に感じている。そしてこの基地の最上級士官は、男の元直属の上官であり、御墨付きを与えた本人だった。この士官も「男」が何かしら非合法な活動を海外で行っているのを薄々感じているから、一般の隊員とは距離をとらせて、技術だけを擦り込みたいと思っていた。お互い持ちつ持たれつの状態である。しかし、男にとって一つだけ困ることは、基地の中では本名で呼ばれることであり、しかも一般隊員からは「いけさん」と親しまれ、士官からは「池上さん」と呼ばれていた。さすがに偽名は禁止であり、本名登録でしっかりと納税もしている。
この男「池上」の訓練指導は3ヶ月続いた。




