音なき銃撃 1
風は男の持つライフルの銃床から 銃口へ吹いていた。「6時から12時方向、完全なフォローだ」と言うと、(2クリック下へ)と思いながらL社製のライフルスコープの調整ダイヤルを回した。「コリオリカ(地球の自転)の計算は無いに等しいな…」
「池上」が今いる所は、インドの山奥のさらに山奥で、中国との国境である。国境までの距離は約2千m、そこから400m先に中国の国境監視所がある。しかし、「池上」と中国の国境監視所の間には、深い谷があり、その深さは1千m以上である。
「池上」のいるテントは真っ白で、テントの外にある銃さえも白く塗られている。テントは半分以上が雪に埋もれていて、中国方面に対しては完全に埋もれていた。
「しかし、2ヶ月以上も先の予定をどうやって掴むのかね?スパイってのは大変な仕事だね」
はたから見れば、この男の仕事の方がよっぽど大変に見えるが…「池上」は、仕事の終わりが近づくと独り言が増えてくるのが、最近は自分でも感じている。
標的が「その場所」に来るのは、あと6時間程だった。「間違えて本物が来ても知らないぞ。まったく…」「池上」は無表情な顔でつぶやいたが、それも無理は無い。2,400mも離れていて、いくら高倍率のスコープで見ていても、真偽の判別は難しい。(しかし、影武者を殺って意味があるのかな?ま、そんなことは俺の心配する事では無いがな)
まだまだ独り言は続く、(寒さはそれほどでは無いな、自衛隊の雪中訓練で行った北海道の方が、よほど酷かったな…あの頃は、防寒具や食事も酷いく若いから体脂肪も無いから本当に寒かったな〜)と思い返し微笑んでいた。
「池上」が仮眠から覚めた1時間後に、小型プロペラ機が遥か彼方の空に現れ、真っ直ぐに山肌を削った飛行場に向かってきた。
「朝8時、勤勉だな」「池上」は自分の腕時計を見ながら感心していた。
飛行機は風下から滑走路に進入し、慣れた様にゆっくりと着陸した。それはまるで空母にプロペラ機が着艦するかの様だった。プロペラ機が停止すると、5人の軍服を着た男達が走り寄り、その内の1人がプロペラ機の下にタラップの代わりの踏み台を置くと、プロペラ機のドアを開け、風でドアが閉まらない様に持ったまま直立していた。
「池上」はすでに20発入りのマガジンを、プロペラ機が着陸前に装填しており、予備マガジンもあと3つ用意していた。




