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そしてぼくは道を踏みはずす (一)  作者: まふおかもづる
第四章

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十九

登場人物死亡に関する描写・記述があります。苦手な方はお読みにならないようお願いいたします。本作品に犯罪行為を賛美・助長する意図がないことをご理解くださいますようお願い申し上げます。

 保育所ではコウジがてんてこまいしている。

 とうとう馬頭の頭領まで感染してしまったのだ。美しい月色の毛が高熱でぼさぼさになり、胸もとや腕など肌が露出している部分はびっしりと発疹が現れている。ぶつぶつは見えなくても被毛の下に現れているようで美しい顔がぼこぼこに変形してしまった。痛々しい。


――潜伏期間が短くて症状は激しいけれど、水疱瘡とやっぱり似ている……かも。


 そうだとすると症状の緩和のほかは手のうちようがない。ぐずる赤ん坊をあやし、氷嚢を取り替え、痒みを抑える薬を塗ってやる。今のところ発症のきざしがない馬頭の若頭領とともに看病にあたっている。保育所に病原体を持ち込んだ若頭領は辛くあたられるらしく、時々しゅんとしている。そんな少年がかわいそうで見ていられない。コウジはリネンやおむつの棚のあるバックヤードでポニー頭の少年に声をかけた。


「あの、若頭領、赤ちゃんのお世話お願いしてもいいかな」

「……はい」


 コウジにも咎められたと感じたのか、馬頭の若頭領がしょんぼりとうなだれた。


「あ、勘違いしてる! 赤ちゃんのお世話は国家の大事!」


 棚から取り出したタオルを握り少年は驚いた顔をした。


「赤ちゃんたちはみんな、かわいい女の子になる。かわいい女の子は国の宝です!」


 若頭領は力説するコウジに圧倒されている。


「国の、宝……」

「そうです宝! だって若頭領、かわいい女の子、好きでしょ?」

「えっ? いやっ、その」

「嫌いですか、かわいい女の子」

「いや、嫌いというわけでは」

「やっぱりいいよね、かわいい女の子! ぼくも大好きです、かわいい女の子!」


 鼻息荒く言い募るコウジを見てポニー頭の少年は「ぷ」と小さく吹き出した。そして手にしたタオルに顔を押し付けて泣きはじめた。


「……すみません。ごめんなさい」


 コウジは少年を抱き寄せた。やわらかな(たてがみ)を指で梳く。


「いいんだよ、許してあげる――なんてぼくが言えるわけない。知ってるでしょう? ぼくが何者か、十年前に何をしたか」

「でもコウジどの、マレビトどのに悪気があったわけでは……」

「悪気がなければ何をしてもいいわけではない」


 ぽんぽん、と背中をたたいてなだめながらコウジはささやいた。


「いけないことしたと分かっていらっしゃる。だから若頭領は苦しんでおいでなんでしょう」


 好奇心に駆られて大変なことをしでかした、その罪の重さにこの純真な少年は苦しんでいる。そしてこれからも苦しむ。


「どうすればいいんでしょう」

「うん、若頭領、ぼくにも分からない。でもできることをひとつずつ、していくほかない」


 時が経てば人の口に上ることも少なくなり、後ろ指をさされなくなるかも知れない。だからといって自分の罪が消えるわけではない。赦されるわけではない。


――赦されるわけがない。


 少年と自分のこれからに思いを馳せ、コウジはため息をついた。


「がんばります。がんばってみます」


 くしゃくしゃにしたタオルに埋めていた顔を上げ少年はコウジを見上げた。目が腫れていて痛々しい。せめてこの少年は赦されるといい。コウジは微笑んだ。



 先王が手招きするので枕元へ向かう。「近う、近う」といわれるままに口もとへコウジが耳を寄せると、先王がささやいた。


「たった今、狩りが終わった。成功じゃ。今上の王より計算資源を病原体の分析へ回せ、と指示が出た」


 熱と発疹で変形した顔に先王は笑みを浮かべた。


「あともう少しの辛抱じゃ。こらえてくれろ」

「はい」


 うれしい。

 元はと言えばコウジが持ち込んだ病原体から作り出された病気だ。先王の心中は複雑に違いない。それでもこうして自身の病苦を後回しにしてコウジを励ます。

 ありがたい。コウジは先王に微笑み返した。




 表門前広場に急を報せに駆けつけた老婆の呼吸が切迫している。


「――マレビトどの」

「おばあちゃん、しゃべらないで」


 コウジは涙をこらえ微笑みかけた。老婆の発疹でぼこぼこに腫れあがった額の濡れタオルを新しいものと換える。そっと毛布をかけなおした。


「マレビトどの、たのしゅうござった」

「春になったらもっと楽しくなりますよ。また薪割り競争しましょう。今度は負けません」

「――そうじゃ、マレビトどの、負けてはいかん」


 老婆の目が虚ろになってきた。熱に浮かされ言葉が切れ切れになる。


「おぬしは、負けてはならぬ。――あ、あ、赤子を」

「おばあちゃん、赤ちゃんたち、春になったら歩き始めますよ。もっとかわいくなりますよ」


 お願いだ。お願いだ。声に出さずコウジは祈り続けた。どうか、どうか。コウジの頬を涙が伝った。


「ああ――赤子らが歩くのか」


 老婆の病みつかれた顔がほころんだ。


「楽しみじゃ。楽しみじゃのう」


 薄い胸が大きく上下し、そして静寂が訪れた。



     *     *     *



 コウジが持ち込んだウィルスをベースに創り出された新しい感染症は新型水痘と名づけられた。 

 空気中に飛散しても感染力を失わない旧型に比べ症状の激しさは甚だしく増したが、新型ウィルスの感染力は幾分弱まっていた。このことと、十年前の感染症拡大によるパニックの反省が幸いしたのだろう。発症者の隔離、抗体の開発によりナラク王国は第一波で感染の拡大を食い止めることに成功した。

 それでも被害はゼロではない。発症者二十五名。そのうち、体力、免疫力の低い老人たち、山猫男、新型水痘ウィルスを開発し実際には自死した白猫囚人を含め合計六名が死亡した。


 医療部、保育所を中心としたナラク宮、囚人房のあるゴメズ楼、発症者の続出した表門付近が繰り返し消毒され、およそ三ヶ月のち、早春のころにやっとナラク王エンマ・ラージャ九百九十八世は新型水痘の終息を宣言した。


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