二十
季節がめぐり二度目の春祭りがやってきた。それぞれの党の色にちなんだ祭り装束に身を包み、今年も女たちが獣頭の男たちに誘いをかけるつま恋があちこちで見られた。カップルが成立すると連れだってシティの外の森でキャンプをしながら――つまるところラブラブであまあまな一週間を過ごすわけだ。中にはふたりっきりでなくグループでわいわい楽しむ者もいる。先王はその最たるものだ。熟女ソルジャー軍団に守られ、他惑星から預かっている囚人の中でも見目よい者どもを連れて草原で大規模な宴会を催している。
「マレビトどの」
ゴメズ楼にかかった梯子の途中からやわらかく声がかかる。顔を出したのは紫五家の若衆と呼ばれる黒髪の女だ。コウジは身を起こした。
「あ、ごめん。保育所で何か問題起きちゃった?」
「――いいえ、そうではありません」
少し躊躇した後、紫五家の女は梯子をのぼり、コウジの隣にやってきて座った。しばし飛行船の発着場に目を遣っていたが、口を開いた。
「あの――」
言い淀む。
一年前の春祭りの事件で傷を負い、産んだ子を失った女は今年やっと二十歳になった。ほとんど目立たなくなったが、額と胸ににうっすらと山猫たちから受けた暴行の痕が残っている。それでも抜けるように白い肌と漆黒の髪をした女は儚げで頼りない美しさを残したまま大人になった。やはり美しい。もともとの美しさに加えて得も言われぬ具合に影が差し、男たちの間で人気が高い。この国には珍しく男たちからのつま恋が絶えないと聞く。しかし紫五家の女は誰にもなびかない。
「紫五家さんは春祭りの間お休みだったと思ったけど」
祭りを子どもとともに楽しみたい、とすべての家庭から託児を休む旨連絡があった。上司にあたる馬頭の頭領から勧められ、保育所のスタッフ全員が休みをもらえることになった。
「ええ、そうなんですけどお話がありまして。その――マレビトどのはつ、つま恋は」
「ああ、ぼくにはそういうの来ないなあ。この国の民じゃないし。――あ、衆道ってのは誤解だからね」
「それは存じております」
紫五家の女は再び俯いた。
コウジとて木石ではない。この一年、はっきりといわれなくても女から何度か匂わされたつま恋の打診に気づかないわけではない。出産と不幸な事件を経て、年齢と落ち着きを重ねた黒髪の女はただ色めいて美しいだけでない。腕力も気性も強いこの国の女性には珍しく控えめで優しく、物腰が柔らかい。子どもたちをあやす様もやわらかく和やかで、同僚として信頼しているだけでなく、友人としてもいい関係を保っている。
「せっかくお休みいただけたし、ちょっと行ってみたいところもあるんだ」
「黄輪党の墓所ですか」
紫五家の女が顔を上げ、コウジを見つめた。
「うん。そう。いつって決めてないんだけど、行ってみようかなって思って」
黄輪党の墓所はコウジが道を踏みはずしてこの世界に出現した場所だ。いつ行くか、本当は決めている。
意を決した風で紫五家の女が口を開いた。
「マレビトどのはやはり黄三家の先代どのが……忘れられないのでしょうか」
コウジの胸がつきん、と痛んだ。
――柚子。
紫五家の女がひた、と見つめているのを感じる。飛行船の発着場に目をやったまま、コウジは曖昧に微笑んだ。空気はひんやりとしているけれど、やはり惑星を固く鎖していた雪と氷から解放される春の晴天は格別だ。鎬を削るような腹の探り合いなどこんな長閑な祭日の昼下がりにふさわしくない。探り合うために近づいた心が離れ、普段の隔てが二人の間に戻ってきた。
「その……わざわざ申し上げることでもないのですが、とある方のつま恋を受けようかと思っておりまして」
紫五家の女の口調がもとのやわらかさに戻った。
「そう。よかったね。おめでとう」
「はい」
しばらく後に黒髪の女は静かに去った。
紫五家の女にはもっと早い段階で次の出産の要請があった。出産実績のある紫五家の女は国として貴重な人材だ。しかし、不幸な事件で彼女は男性体を恐れるようになった。唯一怖がらない男がコウジだった。首をひねるコウジに対し、馬頭の頭領は
「あなたがやさしいからでもあろうが、おそらく真人類であることがいちばんの理由であろう」
と言った。確かに獣頭でないコウジは、この世界の基準で分類すれば亜人類でなく真人類だ。
――あなたはおんな? おとこ?
初めて会った時、柚子がそう言って首をかしげていたのをコウジは懐かしく思い出した。
「我が国の女性は強い。われわれゴメズの者をはじめ男など恐れもしないのが普通なのだが、紫五家の若衆はあの痛ましい事件で心が傷ついてしまったようだ。マレビトどの、あなたであれば彼女は恐れない。身のまわりの女性と同じように見えるのだろう」
つまるところ男らしくないということだ。コウジとしてはあまり嬉しくない。
「紫五家の若衆が望むならばマレビトどのへつま恋してもかまわない、とわがきみがおおせになったのだが、キ神が、その……反対されて」
「ああ、いいんです。ぼく、そういうのはいいんです」
「そうか」
馬頭の頭領は明らかにほっとした様子を見せた。
そんなやりとりもあった。
かつて播種船団を技術的に支えていたという機人類の複製人格であり、ナラク王国を科学技術面で支えるホストコンピュータでもあるキ神の意図は分からない。人間では簡単に理解できない、キ神なりの理由があってコウジへのつま恋を禁じているのだろう。
今もナラク王国では自然分娩に対する反対や乳児の生存率の低さからくる忌避感が根強く残る。それでも経産婦を中心に徐々に受け入れられるようになってきた。特に紫五家の若衆の貢献は大きい。新型水痘騒ぎで保育所が閉鎖されたときも、臨時に保育所を開くために諸方に働きかけた。それだけではない。男性体の乳児が新生児のうちに死亡してしまう現象は今も原因不明のまま続いている。同じ身の上の乳児を失った母体をフォローし、乳母として乳児保育に加わるよう説得している。物静かで穏やかな若者の熱心なようすは多くのナラクの女たちの心を動かした。
黒髪の女の好意だけでなくその熱意溢れる仕事ぶりにコウジは常に助けられてきた。どの男からのつま恋か知らないが、受ける気になってくれてよかった。コウジはあたたかな日差しに目を細めた。
しょう‐さ【証左】
事実を明らかにするよりどころとなるもの。証拠。「―を示す」
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/108404/m0u/%E8%A8%BC%E5%B7%A6/
ぼく‐せき【木石】
1 木と石。樹木と岩石。
2 情を解さないもの、人間らしい感情のないもののたとえ。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/203437/m0u/%E6%9C%A8%E7%9F%B3/
提供元:「デジタル大辞泉」




