第四話 思いがけない出会い
この島には、三カ月に一度の商船が来る日がある。
島で採れた海産物を物々交換という形で、底値にも近い安さで買い取るためだ。
久しぶりに港に人が溢れる中、アッカは、干物にした魚を箱に詰めていた。
その時、船から降りてくる男達の中に、トゥオーノにそっくりな、しかし、かなり若い青年を見つけた。
アッカは、必死に驚きを隠し、何食わぬ顔で聞き耳を立てる。
仲間の船員は、彼をソラティオと呼んだ。
まだまだ下っ端のようで、荷物運びから甲板の掃除まで、次から次へと命令されている。
時折悔しそうな顔をするが、決して手を抜かない。
そして、周りをキョロキョロと見ては何かを探している素振りを見せる。
アッカは、直感的に思った。
彼は、トゥオーノの身内だと。
しかし、安易に話しかけては周りの目もある。
焦らずとも、商船は、一度来ると十日ほど停泊する。
その間に、トゥオーノとも話をし、ソラティオに繋ぎを取ってよいのか確認しなければならない。
その日の夜、アッカは、闇夜に隠れて森の中に入った。
慣れた足取りで洞窟までたどり着くと、中で寛いでいたトゥオーノが難しい顔で彼女を出迎えた。
「若い娘が、不用意に夜中出歩くものじゃない」
まるで父親のような物言いだが、アッカは、それを華麗にスルーして焚き火の前に座った。
「子供、息子だったんだね」
「何の話だ?」
あまり喋ることが好きではない彼女は、言いたいことを端的に言う癖がある。
一瞬わけが分からず困惑したトゥオーノのだが、言葉の意味を理解して、
「あの、馬鹿」
と呟いた。
アッカの予想通り、ソラティオは、トゥオーノの息子だった。
父の行方不明を長年不審に思った彼は、いよいよ我慢できず、自ら島に乗り込んできたのだ。
しかし、他の船員達も、ソラティオがトゥオーノの息子だと知っている。
変な行動を起こせば、直ぐにでもトゥオーノと同じように傷を負わされて森に捨てられるかもしれない。
「これを、アイツに渡してくれるか?」
トゥオーノは、首から下げたネックレスをアッカに手渡した。
ペンダントトップが写真を入れられるロケットになっており、中には赤ちゃんを抱く妻の絵が入っている。
どんな時も肌身放さず持ち続けたのは、家族に会いたかったからだろう。
これを形見と思い、下手に詮索せず逃げて欲しいとトゥオーノは言うが、それをアッカは、鼻で笑った。
「トゥオーノ、あんたの息子は、父親を探しに、ここまで来た。帰るわけがない」
生きているのがわかっているのに、みすみす救わずに逃げ帰るのなら、最初から来てなどいない。
『心の強い息子だ』
と、アッカは思う。
彼女は、自分の父と母を、家族と思ったことはない。
妹ばかり大切にされたからではなく、最初から、この島には家族愛などという温かな感情はない。
使う者と使われる者。
虐げる者と虐げられる者。
小さなコミュニティにおける上下関係は、男尊女卑を根底に骨の髄まで染み込んでいる。
もし、自分達が、もっと大きな存在から奴隷扱いされ、魚を捕るだけの便利な道具として使われる側だと知ったら、男達はどう思うだろう。
理解することすら拒むのか?
反乱を起こして戦うのか?
どちらにしても、負け戦であることは間違いない。
アッカは、これは良い機会だと思った。
トゥオーノを連れて、この島を出るのにソラティオは手を貸してくれるだろう。
それには、まず、計画を立てなければならない。
アッカは、冷静に、しかし揺るぎのない声で、
「三人で逃げよう。それに、トゥオーノは、長い間苦労をかけたと奥さんに謝らないといけない」
と言った。
最初は取り合わなかったトゥオーノだが、アッカの一切退かない覚悟の訴えかけと、息子が自分を探して島まで来た熱意に心を決めた。
二人は明け方まで話し合い、今後の方針を決める。
先ず、アッカが、ペンダントをすれ違いざまにソラティオのズボンのポケットに入れることにした。
たとえ目撃されても、若くて美しい船員に恋をした馬鹿な島娘が、気を引こうと何か贈り物を渡したとのだと思われるだろう。
しかし、ロケットの中には、小さく折りたたんだ手紙が入っていた。
父が息子に宛てた、初めての文だ。
生きていること。
今夜、月が真上に昇ったら、森の入り口に来ること。
そこにいる娘についてくること。
小さな文字に込められた思いは、無事にソラティオの元に届いた。
夜寝る前に、服を脱ぎ下着姿になったソラティオは、ポロリと床に銀色の何かが落ちたことに気づいた。
同室の男達が、未だに外で酒を酌み交わし、大声で叫んでいるのを聞きながら、彼は、ソレを拾い上げた。
「ん?ネックレスか?」
どこかで見たことのあるような形。
ペンダントトップを開けると、小さな紙が入っている。
それをどけると見慣れた女性の顔が目に飛び込み、慌てて手で口を押さえた。
「なんだよ……これ」
ここに来ることを最後まで反対していた母の顔に、視界が涙でかすむ。
きっと今頃、彼女は、自分とこのペンダントの持ち主を心配し、神に祈る毎日を送っていることだろう。
しかし、感情に浸っている暇はない。
ペンダントを素早くポケットに戻し、部屋に鍵をかけると手紙を読んだ。
短いが、的確な指示が書かれている。
「やっと会えるのか……待ち遠しいな」
記憶の中の父は、軽々と自分を持ち上げるほどの力持ちで、日に焼けた顔は、子供の頃のソラティオにとっては憧れ以外のなにものでもなかった。
今も生きていると信じられるのは、父が強く凛々しい人だったと母が毎日語ってくれたからだ。
ソラティオにとって、父は、離れていても身近に感じる人だったのだ。
彼は、ベッドに体を滑り込ませ眠りについた。
一大事を前に熟睡できる辺り、なかなか肝が据わっている。
そして、酒臭い面々が戻り、皆が寝静まった頃に、まるで時計で測ったかのようにパチリと目を開けた。
そっとベッドを抜け出し、靴を手に持ち部屋を出る。
月明かりが照らす森の入り口まで来ると、よく港で見かける薄汚い少女が立っていた。
「君が、父の所まで連れて行ってくれるのか?」
その問いには答えず、少女は、スタスタと森の中に入っていった。
無駄口を叩く暇が勿体ないと言わんばかりだ。
しかし、下手に耳聞こえの良い言葉を多く話すより、信頼できると本能が告げていた。
森の中を突っ切り、真っ直ぐに洞窟へ向かう道すがら、ソラティオは少女を観察する。
よく鍛えられた筋肉は、靭やかで伸びやか。
足元の悪い森の中を、飛ぶように走る姿は野生の鹿のようだ。
時折前髪の隙間から見える瞳は、髪色と同じ薄茶色。
一見地味な色合いだが真っ直ぐ前を見る視線は力強く、鼻から顎のラインが教会に飾られる女神のように美しい。
どんな理由があるのかは知らないが、身奇麗にすれば、男が振り返るほどの美貌だろう。
それを封印するような不潔極まりない姿。
その理由を知るためだけでも、付いて行く価値があるような気がした。
「ここだ」
洞窟の前まで来ると、少女は一言だけ言葉を発し、自分は入り口に背を向けて周りを警戒し始めた。
追跡者が居ないか、見張りをするつもりらしい。
手に持っている小刀は、小さいながらも良く研がれている。
頸動脈くらいなら、スパッと切られそうだ。
ソラティオは、肩をすくめて洞窟の中に入った。
中では、1人の男が焚き火をしている。
立ち上る煙が天井に向かって伸び、部分的にできた亀裂のすき間に吸い込まれていった。
どうやら、何処か外に繋がっているらしい。
自然にできた排煙口のお陰で、洞窟の中なのに空気は澄んでいた。
ソラティオは、改めて男の顔を見た。
向こうも、こちらを見ている。
何も言わなくても親子だとわかる容姿を持つ二人は、無言で涙をこぼした。
そこに一通り洞窟の周りを確認してきたアッカが現れる。
感動の再会に心打たれるわけでもなく、スタスタとトゥオーノの傍まで行くと、
「時間ない!」
と彼の頭を軽く殴った。
「痛っ!アッカ、直ぐに殴るのは止めなさい」
まるで娘を叱るような口ぶりに、ソラティオは、少し妬けた。
自分には、父との思い出はない。
会えない間、父親とこの娘との間に絆が生まれていたことに腹を立てたと言っていい。
しかし、トゥオーノの足が片方ないのを見て、その考えを改めねばと自分を諌めた。
『多分、この子が居なければ、親父は死んでいた……』
踏ん切るように一度目を閉じ、大きく息を吐いたソラティオは、先ず、トゥオーノの話に耳を傾けた。
何故、足を失ったのか?
どうやって、生き残ったのか?
この後、どうすべきなのか?
「三人で、この島から逃げ出すためには、お前の力が必要だ。助けてくれるか?」
離れた時は、見上げるほど大きな存在だった父。
そんな彼に頼られ、胸が熱くならない男はいない。
それに、上手くいけば、父親の受けた屈辱と少女の背負う過酷な運命を一度に晴らす事ができるのだ。
「やるよ………親父」
もう二度と、こんな風に呼びかけてもらえると思っていなかったトゥオーノは、再び泣き出した。
ヒックヒックと声を上げる姿は、四十を超えた大人とは思えない。
ソラティオも、どうすればいいのか困惑していたが、
「煩い!」
とアッカに殴られて、トゥオーノは嗚咽を引っ込めた。
まるで大道芸の喜劇のような掛け合いに、ソラティオは、クスクスと笑い出した。
これから起きることは、なにもかも上手くいく気がした。




