第三話 共犯者と妹の真実
アッカに餌付けされ、知らず知らずの内に『共犯者』にされていた女達。
新鮮な肉の味が忘れられず、アッカが足繁く森の中に消えても、文句の一つも言わなくなった。
それどころか、男達にアッカの居場所を聞かれても、口裏を合わせて庇うようになる。
「アッカの姿が、見えないな」
「今は、水汲みに行ってるよ」
「はぁ?朝から、ずっとか?長すぎだろ!」
「違うよ、朝は、洗濯を手伝わせてたんだよ」
この島の女が、初めて男に逆らったと言っても過言ではない。
肉の焼けた匂いに気づかれないよう、食べた日は、わざと匂いのきつい薬草を煮詰めたりした。
そのお陰で、今のところは、気づかれていない。
こうして、アッカは森を自由に歩き回り、トゥオーノから様々な知識を手に入れた。
保存食の作り方。
火の起こし方。
獲物の捌き方。
そして、最も重要なのは、地理だった。
トゥオーノが言うには、この島は、決して大陸から遠く離れているわけではないらしい。
ただ、漂流すると、流れの速い海流に乗せられ、遠く離れた外海へと運ばれ 戻れなくなるのだ。
「この島は、海上の監獄だ」
二百年程前、この島は流刑地だった。
罪人も居れば、政争に負けた王族もいた。
様々理由で不要となった人間は、大陸の人間に魚を供給する道具として使われるようになったのだ。
長い年月の中で、文字を失い、思考することも忘れた。
その事をトゥオーノから教わったアッカは、それを全て理解した上で、馬鹿を装うことにした。
わざわざ太陽の日差しで肌を焼き、どんなに怒られても三つ編みを解かない。
ただでさえお湯で体を洗うのは月に二、三回。
それも、合同で釜に湯を沸かし、浴びるだけの簡素なもの。
髪など伸ばせば洗いきれない垢が溜まり、匂いを放つ。
その油臭い体臭は、文字通り皆の鼻つまみ者となるのに十分値するものだった。
それでも、初潮を迎えた体は丸みを帯び始める。
女らしさを極力抑えるために、それを布で締め付けて、棒のように凹凸のない体を維持した。
その上着る服は、人が要らぬと捨てたボロばかり。
その甲斐あって、男達は、見目の劣るアッカへの興味を失った。
男に混じって網を引くようになっても、誰も手出ししてこない。
それどころか、雑務を押し付けられる相手ができたと喜んでいるくらいだった。
いつしか、アッカが何処を歩いていても、誰も気にしなくなった。
彼女が、男達から船の動かし方を見て盗み、浅瀬に潜って泳ぎも覚えたことにすら気づかない。
まさか、馬鹿にしている人間に馬鹿にされているなどとは思いも寄らないだろう。
こうして月日がすぎるとともに、アッカは、前髪を長く伸ばし、目元を隠すようになった。
ある日、トゥオーノに言われたのだ。
「ワクワクしてるな?そんなに感情を溢れさせたら、直ぐにバレるぞ」
と。
鏡のない島では、自分の顔を見ることはできない。
しかし、トゥオーノの表情が日に日に明るくなっていくのを見ていたアッカは、
『なるほど。私は、今、こんな顔をしているんだな』
と、彼の言う意味を正しく理解した。
この時、トゥオーノと出会って、七年の月日が流れていた。
十七になったアッカは、島の女としては、適齢期を超えていた。
だが、誰も彼女を娶りたいと言わなかった為、今にも壊れそうな小さなあばら家を一人で建て村の住みに居を構えた。
そして、数ヶ月後、とうとう一つ年下の妹が成人し、生贄として海に捧げられることになる。
可哀想だと思っていたのは、十歳の時まで。
行方不明とされていたアッカが戻ってきた時、キキは、残念そうな顔を見せた。
その時、やっと気付いた。
キキは、ウサギが見たかったのではない。
アッカに居なくなって欲しかったのだと。
生贄になるということが、どんな事なのか理解し始める年齢に達し、キキは、アッカを妬ましく思い始めていたのだろう。
どれだけ甘やかされ、贅沢な生活をさせられたとしても、自分の寿命は、十六歳まで。
自身が海の藻屑と消えなければならない運命だと思えば、他の生きるもの全てが憎くなっても仕方ない。
それが、一つしか歳の違わぬ姉ともなれば、その憎しみは計り知れない。
怨念にも似た暗い眼差しを向けられて愛せるはずもなく、アッカはキキへの思いを全て捨て去ることにした。
こうして、しがらみを無くして改めて周りを見ると、今まで見えなかった事が見えてくる。
近頃のキキは、運命にあらがうべく、その美しい容姿と女らしい体つきを最大限に生かして、取り入る人間を決めたようだ。
島の長の息子は、親が生きているため、四十を過ぎても実権を握らせてもらえず燻っている。
子沢山だが、女児ばかりで跡継ぎ問題にも影をさしていた。
妻は新しい子供を産める歳ではなくなり、親族の中から養子を貰えないかと画策するも、皆男子は貴重だからと首を縦に振らない。
そんな先の見えない男に、美しく若い娘が身を差し出せば、どうなるかなど火を見るより明らかだ。
夜な夜なキキの屋敷に足繁く通う男を、アッカは、あばら家の隙間から見ていた。
『馬鹿な子だ。好きでもない男を頼りにして、いつ捨てられるかも分からないのに……』
本当に、キキには他の手は残っていなかったのだろうか?
もっと早く、この状況から逃げ出すことは、出来なかったのだろうか?
答えるのは、難しい。
アッカとて、トゥオーノに出会ったからこそ道が開けた。
なんとも言えない嫌な気分で、アッカは、目を閉じた。
キキが処女を捨てたことで、きっと、生贄のお鉢は、自分に回ってくる。
この場合、キキが子をなしていなかろうが、妊娠したということになるだろう。
しかし、アッカは、絶望などしない。
いつの日か、島から抜け出すために、トゥオーノから近海の潮の流れや船の動かし方等を事細かに教えられてきたのだ。
生贄として捧げられる日こそ、この島との呪いにも近い縁にケリを付けるのだ。
ただ、アッカの心残りは、トゥオーノだ。
一人で歩けるようになったからと言って、一人で生きていけるとは言えない。
なんとか食料は手に入れられたとしても、病気や更なる怪我をした時に助けてくれる人は居ないのだ。
だが、トゥオーノは、全てを分かった上で、アッカに知恵と逃げる術を授けてくれている。
その思いに応えるのが、トゥオーノへの恩返しなのだとしたら、アッカは何を捨てても成さねばならない。
しかし、
『それでもやっぱり………悔しい』
アッカは、両手で自身を抱きしめてポロリと涙を零した。
正しいことをなそうとして、悪しき者に追いやられたトゥオーノが、一人で死ぬ。
それを運命と諦めるのは、アッカにとって負けのような気がしてならない。
それでも日々の恩返しと思い、次の日、貰った小刀でトゥオーノの伸びた髭と髪を切りそろえてやった。
輝く碧眼。
黄金のような髪。
歳は、島の長の息子と変わらないぐらいだろうが、トゥオーノの方が余程男前で若々しく見える。
きっと、彼の家族も養い手を失い、困っていることだろう。
自分と同じ年頃の娘は、元気にしているだろうか?
そんな風に思いを馳せていたアッカだが、ある日、思いも寄らない出会いをすることとなる。




