表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
完結 生贄の小舟  作者: ジュレヌク


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/8

第二話 師との出会い


七年前、十歳のアッカは、大雨の日に数日間行方不明になった。


本人は、その間のことを決して口にしない。


神隠しだと騒ぐ者もいたが、日々の生活の忙しさに、次第に誰もが気にすら留めなくなっていった。


ただ、妹のキキは、いつも何か言いたげにアッカを見てくる。


何故なら、この騒動の発端がキキだからだ。



『ウサギが、みたい』



そう姉に訴えると、面白いほど簡単に、



『まかせて』



と言って飛び出して行った。


幼い頃から、生贄用の豪華な屋敷から一歩も外に出してもらえない可哀想な妹。


憐れまれていることを知っていたキキは、時々、それを逆手に取って無理難題をアッカに命じるのを楽しんでいた。


そうとも知らず願いを叶えようと、アッカは、無謀にも一人でウサギを探しに出たのだ。


森には悪霊が住み着いており、湧き水を取る為に作られた道を踏み外せば死んでしまうと語り継がれていた。


しかし、中に入らなければ大丈夫だと、幼子の浅知恵で入り口近くの草むらをあちらこちらと覗き込む。


そして、やっと白兎を探し出し、喜び勇んで後を追っていくと、いつの間にか森の奥深くに入り込んでしまっていた。


帰り道も分からず、雨も降ってきた。


どんどんと暗くなっていく森を彷徨い、なんとか見つけた洞窟に飛び込むと、そこには、先住者が居た。



「お前は、誰だ?」



声を掛けられ、心臓が飛び出るかと思うほどビックリした。


そして、その人物が、三カ月に一度、魚を仕入れにくる人達と同じ青い目をしていることに二度ビックリする。


更に、彼の足が片方無いことに三度目のビックリをすると、腰が抜けて動けなくなった。


それから、どれくらいの時間が経っただろう。


互いに無言のままだったが、男の方が、炙っていた肉をアッカの方に投げてきた。


それは、カエル。


形もそのままに、手足を大の字に広げた姿は、なかなかにシュールだ。


しかし、香ばしい肉の焼けた匂いは、めったに口にできない鶏肉に似ていた。


アッカは、それを拾い上げると土を払い、噛み付いてみる。


油は少なく、かなりパサついているが、いつもアッカに与えられる残飯のようなご飯に比べたら、上等な部類だった。


一生懸命噛んでいると、あっという間に食べ終わってしまっていた。


残念ながらお腹は全然満たされておらず、名残惜しそうに残された骨をしゃぶる。


年端もいかぬ子供が、ここまで飢えるとは、普通では考えられない。


チューチューと骨の髄まで吸い取ろうとする姿を、男は、余程哀れと思ったのだろう。


今度は、足元にコロコロと真っ赤な果物が転がってきた。


アッカは、ソレを手に取ると、目をキラキラとさせて匂いを嗅いだ。


見たことはある。


キキが、食べていた。


しかし、アッカの口に入ったことはない。



何度もソレと男を見比べていると、クイッとあごを上げて、



「リンゴだ。食え」



と命令された。


言われると同時に、噛み付いた。



サクッ

 

ジュワッ



口の中に広がる甘さと程よい酸味。


アッカは、天国に来てしまったのかと思った。


神様が、最後の晩餐を与えてくれているのだと。


しかし、リンゴを食べ終わってもアッカは死なず、男も消えなかった。


それどころか、



「名前は?」



と聞かれた。


しかし、聞き慣れない単語に、アッカは、首を傾げる。



「なまえは?」


「はぁ……そんなことも分からないのか。じゃぁ……なんて呼ばれてる?」


「…………アッカ?」




会話と言うには心許ない。


しかし、アッカは、一言も聞き逃さぬように一生懸命男の言葉に耳を傾けていた。



「いくつだ?」


「いくつ?いくつ……いくつ……」



オウム返しに言葉を発し、その意味を理解しようと考える。


そして、両手を広げて男に見せた。


彼女に歳の概念があったわけではない。


ただ、生贄である妹の年齢は、島の中でもとても重要であり、皆が指折り数えていた。


それよりも、一つ多いのが自分なのだ。



「そうか……十歳か……」



男は、何かを思い出したかのようにウンウンと頷くと、優しい眼差しをアッカに向けた。



「リンゴ、美味かったか?」


「ん!リンゴ、うまい!」



必死に感謝と感動を伝えるアッカと、ほほ笑ましげに見つめる男の距離は、徐々に縮まっていく。


そこから、二人は、ポツリポツリと言葉を交わした。


彼は、やはり、商船に乗ってきたらしい。


そして、仲間に裏切られ、片足を切られた上に、ここに捨てられたのだ。


彼の名は、トゥオーノ。


商船の長をしていた。


彼は、アッカに、外の世界のことを話した。


そして、この島が、搾取されるだけの奴隷島だということを知らされた。


この辺りの海は、海流が複雑に入り組んでいる上に、多くの魔物が生息する為魚を捕るのは命がけだ。


そこで、島民に魚を捕らせ、最低限の物資と交換する。


この方法が取られるようになったのは、かなり昔かららしい。


新たに船長になったトゥオーノは、人を人とも思わない最悪なやり方に納得がいかず、対等な取引を始めようとして、逆に仲間に捨てられた。


皆、下等な種族を使い、甘い汁を吸うだけ吸って、何が悪いのだと思っているらしい。



「お前は、島を出ろ」


「わたし………むり」



言葉すらまともに教えられていないアッカは、彼の言う事の半分も理解できなかった。


ただ、自分達が、獣以下の扱いをされていることは理解できた。



「言葉と知恵を授けてやる。先ずは、強くなれ」



何故、こんなことをトゥオーノが言ったのかは、わからない。


不自由な体の代わりに、食べ物を持ってこさせたいのかとアッカは思った。


しかし、よく聞けば、彼には、故郷に彼女とあまり歳の変わらない子供がいると言う。



「せめて、お前だけでも逃げさせてやりたい」



足を片方失い、こんな衛生面の悪い場所にいれば長くは生きられない。


トゥオーノは、アッカに、自分の分も自由に生きて欲しいと思ったのだ。


それから数日間、雨が止むまでアッカはトゥオーノと過ごした。


その間に、簡単な文字を教えてもらった。


自分の名前が文字になる様子に、アッカは、打ち震えた。



「アッカ!わたし、アッカ!」



地面に書いては、消して、また書く。


初めておもちゃを貰ったかのような反応に、トゥオーノは、この娘の頭の良さを感じた。


それから、アッカは、変わった。 


まず、護身用にとトゥオーノから貰った小刀を、三つ編みの中に隠した。


森の中には、獣がいる。 


いざという時に身を守るためにも、絶対に奪われてはならない。


だからこそ、髪に触れられようものなら、火を吹くように暴れ回るようになった。


頭がおかしくなったと言われようが、立てなくなるほど殴られようが、相手に噛み付いてでも髪だけは死守しなければならない。


そうして、いつしか、大人の方が音を上げた。



『放っておけ』



相手をすることすら面倒になったのだろう。


なにせ、殴る方も、手は痛いのだ。


そこから、アッカは、『出来ない子』のフリを続けた。


先ず、彼女は、手先が器用だ。


しかし、それを隠し、最初に台所に立たされた時に、わざと鍋をひっくり返し、包丁で手に怪我を負った。


家事は苦手なのだと、印象づけるためだ。


まだ、十歳。


できることと言えば限られている。


そこで、しおらしく森の中の湧き水まで、水汲みに行くことを自ら申し出した。



「まぁ……そういうことなら……」



ただでさえ人手不足。


力仕事を嫌う女達からは、家事を手伝わなくとも文句を言われなくなる。


まさか、それが、トゥオーノに文字を教わる為だとは誰も知らない。


アッカは、文字を知ると、自然と数も覚え、数を覚えると簡単な計算も覚えた。


そして、罠を教えてもらい、小動物を狩っては、トゥオーノに持っていった。


少しでも彼の足の痛みを取ろうと薬草も摘んだし、甲斐甲斐しく世話をした。


そのかいあってか、トゥオーノは、死ななかった。


足が生えてくることはなかったが、アッカお手製の義足を履き、杖をついて歩くまでに回復した。


悪霊が住むと信じ込まれている森には、島の人間は水汲み以外では入ろうとしない。


魚を獲って、商船と物々交換をすることで物資を手に入れるよう長年に渡って洗脳されている。


それ故に、森で狩りをするという発想はない。


そんな中、アッカは、密かにウサギ肉を女達にだけ分け与えた。


餌付けと言っていい。



「これ、どうしたんだい?」


「とった……」



森を指さすと、皆が、アッカと距離を取ったのが分かった。


悪霊にでも取り憑かれているのだと思ったのだろう。


しかし、焼けた肉の匂いは格別で、皆口の中はヨダレで一杯だ。


彼女達は、アッカに、ウサギ肉のことは男達に言わないように口止めをした。


なにせ、知られれば、奪われ、二度と口に入らない。


それは、今までの経験で、嫌と言うほど味わってきた。



「男達は全員、漁に出たよ!」



見張りが港から走って帰ってくると、皆で火を起こし、小さく切り分けた肉を焼いて食べた。


島の支配者達の目を盗み、皆で密かに食べる味は絶品だった。


常に虐げられる者が、虐げる者の鼻を明かしたような気分になったのも一役買っているのだろう。


こうして『共犯者』になった彼女達は、アッカにもっと森に入るよう指示を出すようになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ