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完結 生贄の小舟  作者: ジュレヌク


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第一話 生贄の少女アッカ

そよぐ風に暖かさが混じりだし、硬い蕾がほころびを見せ始めると、


『もう少しで春が訪れるのだ』


と人々の気持ちは明るく前を向くものだ。


しかし、ある小島が迎えた朝は、なんとも形容しがたいものだった。


その日は、海一面に濃い霧がたち込めており、重苦しい空気が流れていた。


そして、浜辺に集まった者達の顔もこころなしか暗く、皆、一様に足元ばかり見ている。


それはそうだろう。


今まさに、沈みそうなほどくたびれ果てた漁船に、一人の生贄が乗せられ沖に向かって流されようとしているのだから。



プォ~



気の抜けたラッパが鳴らされた。


それを合図に流れの速い海流に乗せられた小舟は、呆気ない程あっさりと遠ざかり、真っ白な霧の中に消えていった。


生贄の少女は、名をアッカと言う。


歳は、十七。


日焼けによりできた無数のソバカスと、細身な割に逞しい二の腕を持つ彼女は、一つ違いの可憐な妹の代わりに生贄として海に流された。


彼女の背中には、一本の太い三つ編みが垂れ下がっている。


元は麦の穂を連想させる薄茶色だったが、長年解かずにいたせいで、毛先に行くほど焦げ茶色になっていた。


決して清潔とは言えず、女らしいとは間違っても言えない。


悲しいかな、常に屋敷の奥に住まい、日に当たったことすらない色白で艷やかな髪を持つ妹とは大違いだった。











彼女が生まれ育った島は、漁業を生業としている。


その為収入は天候に左右されやすく、不幸なことに、春になると、この海に住む魔物が活発に動き出す。


その前に、海の神に生贄を捧げ、無事に漁に出られるように祈るのだ。


かと言って、毎年娘を奉納したのでは、ただでさえ少子化が進む過疎の島で子を産む者がいなくなる。


故に、これは、二十年に一度行われる特別な行事だった。


長子が選ばれることはなく、生贄のためにもうけられた子供が幼い頃から隔離され、男女の交わりを経験せぬまま清い体で海に送り出される。


そう、その生贄こそ、妹キキの役割であった。


そのお鉢が自分に回ってくる前から、アッカは、常々、



『二十年に一度……残りの十九年は生贄なしでも海に出るくせに、本当に大人は勝手だ……』



と思っていた。


島内には学校もなく、親から口伝で家事や漁のやり方を覚える。


読み書きもできず、計算もできないことに誰も違和感を感じていない。


こんな小さな島に、何故か三カ月に一度、魚を引き取りにかなり大きな商船が立ち寄る。


通貨が流通していない島とは現金取引が出来ないためか、魚を引き取る代わりに肉や布や酒を置いていってくれた。 


これが唯一の交易で、島民達は誰一人外の世界を知らない。


品物を選ぶ決定権は、命懸けで魚を獲ってくる男達。


どんなに家事を頑張り家庭を守ろうが、女は、媚を売らなければ新しい服すら与えてもらえない。 


身体的にも不利な立場。


誰しも、殴られるのは怖いのだ。











しかし、アッカは、そんな女達の中で、一人異質だった。


十歳くらいまでは、他の女と同じように覇気がなく、何処を見ているのかわからないような子供だった。


しかし、ある大雨の日、数日間行方不明になった後から様子が変わった。


先ず、胸のあたりまで伸びていた髪をキッチリと三つ編みにし、決して解こうとしなくなった。


母親が髪を切ろうと手を伸ばしただけでも暴れ周り、どんなに殴られても髪の毛だけは死守した。


風呂すらろくに入れない島では、月に二度沸かした湯をかぶる以外、水で濡らした布巾を固く絞り体を拭くことしかできない。


ただでさえ、髪の毛は臭う。


それなのに湯をかぶる時すら髪を解かないアッカの頭は、悪臭が漂い文字通り鼻つまみ者となった。


更に、アッカは、縫い物や食事の用意という女の仕事が苦手だった。


何をやってもヘマをする為、叩かれたのは一度や二度ではない。


だから代わりに、山奥の湧き水から生活用水を汲んでくることを率先して行うようになった。


無論、力仕事を嫌う女達は、これ幸いと押し付ける。


表面上は、


「ありがとう」


「助かるよ」


と声を掛けるが、日に焼けて黒くなっていくアッカの肌を、内心嘲笑っていた。


ボロを身にまとい、何故自ら厳しい選択をしたのかと、皆が首を傾げるほどアッカの生活は辛いものだった。


それでも黙々とはたらく姿は、薄気味悪さすら感じる。


成長するにつれ、骨格に似合わぬ体力と筋力を手にした彼女は、気付けば、男に混じって網を引き上げ、魚を捌いて干物にするまでになっていた。


実に働き者で、それでいて、口答えしない。


愛想は良くないが、それなりに使い道があるため、島では重宝されていた。


そんな彼女が、長子でありながら生贄に捧げられることになったのは三日前。


生贄であるはずの妹が、妊娠していることが分かったからだ。


相手は、島の長の息子。


歳は四十を超え、既に妻との間にも多くの子供をなしている。


女の少ない島では、妻は、一生に一人とされていた。


その掟を破った上に、相手は生贄として処女であらねばならぬ娘だ。


本来ならば厳罰に処せられるところ、孕ませたのが出来の悪い我が子だということで、渋々、島の長が間に入った。



「息子も息子だが、お前の娘から誘ったと言うではないか。まぁ、別の娘を用意するというのなら、罪に問うことはせぬがな……」



その物言いに、アッカは、内心呆れ返っていた。


そして、両親が、すぐさま自分を代役として差し出すだろうと予想した。


なにせ、別に、失って惜しい娘ではない。


それよりも、今後、島の長の親族に身を連ね、あわよくば生まれた子供が次の次の長になれば将来安泰だとほくそ笑むくらいが関の山だ。 


こうなると、キキも両親も、最初からそれを狙っていたのではないかとすら思える。


それでも、アッカは、何一つ文句も言わずに船に乗った。


流石に気が引けたのか、普段よりも多くの貢物が船に乗せられた。


食べ物、酒、上等な絹。


衣装だけは高価なものに着替えさせられ、腹一杯食事を取らせてもらえた。


綺羅びやかな服が、余計、アッカの見窄らしい三つ編みを強調させる。


身代わりとなった姉を見る妹は、悲しむどころか、笑いをこらえて目元にシワを寄せていた。


この島で、アッカを惜しむものは、誰一人居ない。


そして、今、ユラユラと揺れる漁船は、沖へと続く海流に乗り、島からドンドンと離れていっている。


太鼓や鐘を鳴らしていた島民たちは、アッカの姿が見えなくなると、興味をなくしたように我先に家に帰っていった………。


  










濃い霧の中、漂うアッカは、耳を澄ました。


そして、遠くから聞こえていた音が止んだことを確認し、そろそろと動き出した。


先ず、着ているものを全て脱いだ。


日焼けした部分と違い、彼女の体は、きめ細やかな白い肌だった。


次に、三つ編みを解くと、



ゴトッ



髪の中から、小刀と蝋燭と火付け石が転がり落ちた。


船に乗る際身体を調べられるため、私物を持ち込むには、この方法しかない。


一体、何年前から、こうなることをアッカは予想していたのだろうか?


彼女は、徐に小刀を鞘から抜くと、



ジョリジョリジョリジョリ



髪の毛を顎のあたりの短さで切った。


腰のあたりまであった髪がなくなると、とても頭が軽くなった。


次にアッカは、手元に残った長い髪を幾本かに分け、それを固く結んで一本の綱のようにした。


ギシギシと痛んだ髪は、やや切れやすいものの結び目が解けることはなかった。


その両端を自分の体と櫂を取り付ける部分に結びつける。


こうして身の安全を確保すると、何の躊躇もなく、



ザパン



海に飛び込んだ。


まだ春の来ない海は、とてつもなく寒い。


ブルリと震えたアッカだが、大きく息を吸うと一気に水中に潜った。


昨夜のうちに、船底に忍ばせた櫂を取るためだ。


痛さをこらえて海中で目を開けると、ぼんやりとだが目的の物を見つけることができた。


それを手に取り、二度三度と引っ張るも、女の力では、なかなか外れない。


流石に四度目で取れなければ、もう一度息をするために海面に出なくてはならない。


体力を使いすぎると、溺れる可能性すらある。


アッカは、ありったけの力で櫂を引っ張った。


すると、大きく船が揺れて、なんとか二本の櫂を確保することができた。


冷え切った体にムチを打ち、なんとか船によじ登ると、上等な絹で体を拭いた。


勿体ないなどと言っていられない。


これは、命がけの戦いなのだ。


アッカは服を再び着込むと、更に、食べ物をズタ袋から全て取り出し、小刀で三つ穴を開けて頭から被った。

 

両手を出すと、胴体だけだが、先ほどより暖かくなった。


それでも体内まで冷え切っていたため、少しだけ酒を口にし、果物を咀嚼する。


生まれて初めて飲んだ酒は、喉を焼くような刺激とともに腹の中を温めてくれた。


今の彼女の目は、ランランと輝き、死を覚悟した人間のものではない。


どんな手を使っても生き延びてやるという気概が見えた。 


彼女は、生贄に出されたとは思っていない。


重い足かせだった島から抜け出せたと思っていた。


何年にも渡り、彼女は外の世界に飛び出す為に計画を練っていた。


その最初の一歩を踏み出すことになったきっかけは、七年前に行方不明となっていた時期までさかのぼることになる。

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