番外編 魔導猫ヨハンの日常生活(二)
とある休日の午後。花東京市田儂、司馬家にて。
「ヨハーン! ねえ、なにしてんの?」
コンコン
司馬武悠は、ヨハンの部屋の前にいた。ドアの前には「ノックしてね ヨハン」と書かれているが、先ほどから何回かドアを叩いてみても、まったく返事がない。たしかに在室中のはずなのだが。
「もう開けちゃうよー! いいねー?」
そう言いながらタケルは、ヨハンの部屋のドアをゆっくりと開けた。
タケルにとって、ヨハンの部屋の中に入るのはこれが初めてではないが、それにしても中を見るたびにどんどん物が増えているような気がする。
(相変わらず、すごいなこれ……)
まず目に入るのは、本の山だ。古めかしい魔導書や巻物に混じって、書店で見かけるごくふつうの書籍や雑誌の数々。そこらに適当に積まれているように見えて、じつは崩れないよう絶妙なバランスで配置されており、持ち主のヨハンでなければこんな保管の仕方は不可能だろう。
あとは家庭用ゲーム機にゲームソフトのパッケージ、ジョイスティックなどの周辺機器。プラモデルやフィギュアの箱も、所狭しと置いてある。これではまるで、中古買取ホビーショップのバックヤードだ。
(ぷっ くすくす………… うふふふふっ…………)
部屋の奥から、笑いを我慢しているような、小さな声が聞こえる。現在パソコンの前で座椅子にもたれつつ、動画を観賞中の熟練魔導猫・ヨハンである。イヤホンを猫耳に挿入して音声を聴きながら、ヨハンは画面上で再生されている動画ファイルに夢中だった。
(くっくっくっ………… ははっ あっはははは!)
ついに、口を大きく開けて爆笑するヨハン。その後ろに立って、なんどか声をかけてみたが、ちっとも反応がない。業を煮やしたタケルは、彼の小さな肩にちょんちょんと触れた。
「ヨハン」
「わあ!」
驚きの声を上げ、ヨハンが振り向いた。
「なんだ、タケルか。……もう、ちゃんとノックしてって書いてあったでしょ!」
「なんどもしたよ? そっちがぜんぜん気づかないからじゃん」
「そう? まあいいけどさ。で、なに?」
「あ、コーヒー淹れたんだけど、飲む?」
「えっ、飲む飲む! ありがと、タケル」
タケルは、ヨハンにコーヒーカップを手渡した。これまでのやり取りのおかげで、ヨハンのカップの中身はほどよく冷めていた。
「ねえ、なに観てんのヨハン? これって、お笑いの動画でしょ」
「日本のコメディ。『ドリフ大爆笑』のシリーズだよ。DVD全集を通販で買ったんだ」
「ドリフ? ……ああ、ザ・ドリフターズね」
「知ってる? タケル」
「いやあ、あんまり。たまに、テレビの懐かし映像特集番組で流れたりするみたいだけどさ」
「懐かしいだなんてとんでもない! ドリフの笑いは今でも世界に十分に通用する魅力にあふれているよ。とくに主要メンバーのケン・シムラーは、希代のエンターテイナーと言うほかないね!」
「ケン・シムラー? ……ああ、『志村けん』か」
「そう。彼のギャグは、まさに珠玉の芸術作品さ」
「そこまで言うんだ。志村けんなら、田儂からほんの数駅のとこにある東群山駅前に、アイーンしてる銅像が建ってるよ」
タケルは下向きの右手の平をあごの下に添えて、ひらひらとさせながら言った。一世を風靡した、志村けん渾身のギャグである。
「お笑いタレントの記念碑が? ホントにアイーンしてるの? ……すごいなあ。やっぱり彼は、伝説的なコメディアンなんだね……」
ヨハンとタケルは、こんどの休みにかならず、かの聖地巡礼を果たすことを約束した。
「それにしても、ヨハンは日本のお笑いが大好きだったんだね」
「お笑いも好きだけど、やっぱり日本と言えばゲームの本場でしょ。ボードゲームなら、歴史的に見てもドイツに一日の長があるけどさ。日本製がすばらしいのは、なんといってもテレビゲームだよね!」
「うん。ヨハンは、昔から日本のテレビゲームやってるみたいだけど」
「もちろん! 歴代のハードはだいたい購入しているよ。ぼく的にお気に入りは、やっぱり京宝堂かな」
「そんなに好きなの?」
「そりゃもう! どの作品もユーザーフレンドリーで、つねに新しい発明や発見があるところがたまらないね。ドイツ語ローカライズに時間がかかったり、そもそも輸入されないタイトルは、日本語版を直に購入したりしてるくらいさ」
「すごいな、ヨハン。だったら、ぼくらと同じ新入生の宝天寺耀子さんとは仲良くしといたほうがいいね」
「そうそう! 耀子はんって、京宝堂の社長の一人娘なんだよね。彼女って、やっぱり新作ゲームも遊び放題なのかなあ。ああ、うらやましいなあ!」
「ははっ、そうかもね。……じゃあ、ぼくらもなにか京宝堂の対戦ゲームでもやろっか」
「うん、えーっと……。じゃ、このカートレースゲーはどう?」
「車のゲーム? ぼく的には、ちょっと気が進まないんだけど」
ヨハンのせいで、つい最近取ったばかりの自動車免許の停止処分を食らったことを思い出して、タケルは思わず顔をしかめた。
「ごめんてタケル。交通違反の罰金なら、半額払ったでしょ?」
「どうせなら全額払ってよ! ぼくなんにも悪くないんだから」
「まあまあ。はい、2コン」
なんとかタケルをなだめすかして、ヨハンは対戦プレイを開始した。
ピンポーン
「ん? だれだろ」
玄関で呼び鈴を鳴らした後、家の者の返事も聞かずにずかずかと上がり込んできたハーフエルフの男。タケルの幼なじみで親友のキース・天ヶ宮・ドラゴンボルトである。
「おうタケル、ヨハン教授。いたか」
「やあキース、来たんだ。いらっしゃい」
「ヒマだからな。シュークリーム買ってきたぜ」
「わあ、気が利くじゃんキース! ぼく、この店のやつ大好き!」
尻尾を振って喜ぶヨハンの姿にうなずきつつ、キョロキョロ辺りを見回した後でキースがたずねた。
「……あれ? なあタケル、ニナさんは?」
「ニナなら、朝から出かけてるよ。ひとりで買い物だって」
「なんだ、そっか。そりゃ残念」
がっくりと肩を落とすキース。一方、あっという間に自分のシュークリームを平らげたヨハンが、菓子店の袋の中をのぞきこみながら言った。
「ねえ、シュークリーム四個あるけどさ、一個余るよね」
「それ、ニナに残しといてあげればいいじゃん、ヨハン」
「いや、ここにいないのが悪い! ぼくらで食べちゃお」
「ひでえなあ、教授。まあいいけどよ」
「で、どうするの?」
「決まってるでしょ? こういうのは、ジャンケンで勝った人のものだよ。ねえ、ぼくに掛け声やらせて」
「掛け声?」
それを聞いたタケルは、ああそうか、というような顔をした。
(どういうことだ? タケル)
(ヨハンは、志村けんの熱狂的マニアなんだよ。ほら、あの『最初はグー』っていうジャンケンの掛け声がやってみたいんじゃない?)
(ああ、なるほど。志村けんが考案したっていうアレな)
「でもヨハン教授、マジ猫の手でジャンケンできんの?」
「できるさ! これがグー、これがパー。で、これがチョキね」
ヨハンはそう言いながら、右前肢の指を器用に曲げてみせた。たしかに、ちゃんとグーチョキパーの指を再現できている。
(すげえな。俺、猫とジャンケンすんの、生まれてはじめてだぜ)
(ぼくもだよ。じゃ、やってみよっか?)
「じゃ行くよー! タケル、キース、用意はいい?」
「いいよ!」
「オッケー!」
ヨハンはタケルとキースの構えを確認してから、日本ではお決まりのジャンケンの掛け声を上げた。
「せえーの、……最初は、『パー』!」
「えっ?」
「なに?」
当然、「最初はグー」だと思って握りこぶしを出していた二人に、手のひらを広げてみせたヨハンは、そのまま勝ち誇ったように満面の笑みを浮かべた。
「はい、ぼくの勝ちぃー! おかわりシュークリームもーらい!」
「ヨハン、ちょっとぉ!」
「なにそれ、ズルくね?」
大いに不満を表明するタケルとキースを横目に、新しいシュークリームにかぶりつきながらヨハンは、天国にいる希代のエンターテイナーに感謝の意を捧げた。
「ありがとう、ケン・シムラー!」
本編に続く




