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第五話 ヨハンと魔導師教授陣(三)

「それでは皆様、拙者は一足先に。これにて御免ッ」

「ああっ、ちょっと兄貴! 置いてかないでよっ!」


 そう言い残して御影丸(みかげまる)疾風(はやて)とその双子の妹、旋風(つむじ)が森の奥へと姿を消した。今日の二人の服装はいわゆる忍び装束ではなかったが、さすがに現役の職業(プロ)忍者。身のこなしはさすがのものである。


「あっという間にいなくなっちゃったわ。やっぱりニンジャってすごいのね!」


「うむ。彼らにとって、山の中は幼い頃から慣れ親しんだ修行の場なのだそうだ。私も、負けてはいられないな!」


 深く感心するニナに声をかけてきたのは、日本古来の剣術宗家「牙刀(がとう)流」末裔にして免許皆伝の腕を持つ現代の女剣士、薪村(まきむら)(かたな)である。大学から正式に学内帯刀の許可を得ている彼女は、自慢の愛剣「牙竜(がりゅう)」を鞘から抜くと、長い黒髪をなびかせつつ駆け出していった。


「グロマス教授からは、班ごとに行動するようにって言われてたのに……。協調性のない学生(ヒト)たちだなあ」


 呆れたようにため息をつくヨハンの背後から、また別の声が聞こえてきた。


「ほんまですなあ、()()()()()


 それは、日本有数のIT・ゲーム企業「京宝堂(きょうほうどう)」CEOの一人娘にして、京都屈指の大財閥のご令嬢、宝天寺(ほうてんじ)耀子(あかるこ)であった。耀子は専属の侍従(スタッフ)が前後で支え持つ豪華絢爛な駕籠(かご)から顔をのぞかせると、ヨハンに微笑みかけた。


「る、耀子(ルコ)はん! またキミはそんな駕籠なんかに乗って!」


「いややわあ、ヨハンはん。お()はんに、富士の樹海で校外実習があるっていうたら、うちのこと心配してわざわざ用意してくれはったんどす。ほな、お先ぃ」


 広げた鉄扇で口元を隠しながら、耀子の駕籠は悠々と去っていった。

 彼女の服装は、ふだんの学内でのものと同じく(きら)びやかな和服に袴姿。そしてその後ろには、最新の狩猟(ハンター)装備を固めた数十人の屈強な侍従たちが続いてゆく。どうやら耀子は、最初から自分自身の手で野草を採取することなどさらさら考えていないらしい。


「ちょ、ちょっと! ねえグロマス教授、いいの? あれ」


「うーむ…………。まあ……よろしかろう」


(いいんだ)


 口をとがらせて耀子を指さしたヨハンに、しぶしぶとうなずくグロマス教授。そんなやり取りを、首を傾げつつ見つめるタケルであった。



「ところで、グロマス教授。魔法薬の元になる材料が、ホンマにこんな富士の樹海なんかで集まるもんなんでっか?」


 旅人のランプによって、ようやく元気を取り戻した猫車(ねこぐるま)英吉(えいきち)が、グロマス教授に質問を投げかけた。この実習前に配られた要項に列記されている野草は、そこまで希少なものではなく、どれも小学生の図鑑に載っているようなありきたりの植物ばかりであったからだ。


「そうなんだよな。もっと、いかにも『魔法』っぽい植物のほうがいいんじゃねえの?」


「ほっほっほ。猫車君にキース君。『魔法』っぽいというのが(わし)にはようわからんが……。重要なことは、植物そのものの持つ生命力じゃ。そしてそれは、生息する環境によって大きく左右されるでの」


「環境、ですか?」


「左様、ニナ君。耳を澄ませ、風を感じてごらんなされ。この森は、生命の息吹に満ち(あふ)れておる!」


 グロマス教授の言葉に、学生たちはゆっくりと目を閉じると、しばし樹海の冷たい空気に身を任せた。すると彼らは自分たちの周りに、(ほの)かな温かさを持つ粒子が集まってくるような不思議な感覚に触れたのである。


「これは、魔法の元となる魔法力――――『マナ』だね、グロマス教授!」


「うん! なんか……わかった、ような、気がする!」


 ヨハンの声に、そっと目を開けたタケルたちが口々に応えた。樹海の魔法力(マナ)を肌で感じとることのできる彼ら魔法学部の学生たちは、やはり魔法使いの素養を十分に持つと言えるのだろうか。


 グロマス教授は満足そうにうなずくと、ドワーフならではの真っ白な長い顎髭(あごひげ)をしごきながら言った。


「それではヨハン教授、こちらの学生たちをしっかり見守っていてくだされ。儂は向こうのグループを受け持つでの」


「わかりました!」


 学生たちはあらためて装備を確認したのち、班ごとに分かれて樹海の奥へと入っていった。




 かつて遭難者を多く出し、「自殺の名所」とまでも呼び慣らわされた青木ヶ原の樹海。近年では遊歩道も整備されており、実際には「一歩足を踏み入れたら最後、帰ることは不可能」などといったことはない。

 だが彼らが目指す森の奥は、得体の知れない何かが息を潜めているような、不気味な雰囲気を醸し出していた。


「――ふう。そっちのほうはどう? キース」


「おう、バッチリあったぜタケル。猫車パイセンは?」


「うーん、ちょこっと足りへんかな。ニナちゃんはどうや?」


「こっちは大丈夫。ねえヨハン、そろそろ戻ったほうがいいのかな」


「そうだね。……おっと、いつの間にかこんな時間だ。そろそろ周りのみんなにも声かけよっか」


 ヨハンは、懐から取り出した携帯(スマホ)の画面を見てからそう言った。順調に集められていく野草の山に、学生たちの疲れも吹き飛んでいくようだった。


「ま、始まる前は正直どうかと思ったけど、富士の樹海って言っても暗いだけで、べつに大したことねえよな」


「せやな。この寒ささえなければな」


「……ねえニナ、そう言えばデュランってどこ行ったかな」


 同じ班のデュランの姿が見えないことに、タケルは心配の声を上げた。


「私は知らない。キースも猫車センパイも、デュラン見てない?」


 首を振るキースと猫車に、タケルたちは不安を募らせた。


「どこ行ったんだろ……」




「うわああああっ!」


 そのとき、茂みの中から息を切らせて飛び出してきたのはジャン=クリストフ・デュラン。フランス・パリから来たアフリカ系の留学生だ。

 新入生のだれよりも背が高く、筋骨隆々の体型が自慢。ユーモアを好み、将来は黒魔導師(デーモニスト)を目指す成績優秀(エリート)な彼だが、その顔は恐怖に満ちている。ずれたメガネを整える余裕もなく、デュランはタケルたちに向かってたった一言、大声で叫んだのだった。


Ours(ウルス)!」


「そこにおったんかいな」

「どうしたのデュラン?」

「なにかいたのかしら?」

「ウルスって、なんだ?」


 デュランの言葉を聞いて、思わず息を呑んだヨハン。そして、彼の背後からゆっくりと姿を現した黒い物体を見ながらこう言った。


「ウルスは、フランス語で『破壊者』。日本語で言うところの――――」



ウオオオオオオオオッ!



(クマ)だっ!」




続く



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