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第五話 ヨハンと魔導師教授陣(二)

「――――であるからして、えー、今回の特別校外学習においては、じゃな。みな周囲への注意を怠らず、安全に留意することをくれぐれも肝に銘じて――――」


 鳴城獅賀(めいじょうしが)大学魔法学部、魔法薬毒学を専門とするグロマス教授が担当する授業の朝は早い。魔法学部の新入生たち総勢百余名は、もうかれこれ三十分以上もグロマス教授の訓示を寒さに耐えながら聞いていた。


 異世界アルヴァルシアの最北端に位置する極寒の地、ホドヨォド村の出身というグロマスは、(よわい)数百歳という老ドワーフの熟練魔導師(マスターウィザード)だ。

 マグラドゴアの災厄(カラミティ)によって転移してくる前は、王立魔法学術アカデミーにおいては知らぬ人のない魔法薬毒学者であったという。その顔に刻み込まれた深い(しわ)の年輪は、彼の並々ならぬ経験と知識をそのまま表していた。

 性格は温和でおだやか。語り口も丁寧で学生思いなグロマス教授だが、話が少々長いのが玉に(きず)である。


(ちょっとヨハン、教授のお話、まだ終わらないの? もう寒いよ!)

(知らないよニナ。ぼくだって、まさかここまでとは……)


 現在、朝の七時。四月も中旬となるのに、気温は摂氏五度以下という真冬のような冷え込みとなっていた。それもそのはず、ここは山梨県(みなみ)都留(つる)富士(ふじ)河口湖町(かわぐちこまち)。俗に「富士の樹海」と呼ばれる青木ヶ原(あおきがはら)である。


 大学のある花東京市から直線距離で百キロ以上はゆうに離れている富士山の(ふもと)で行われる校外学習に、魔法心理学の教授であるヨハンもなぜ参加させられる羽目になったのか。それは、三日前にさかのぼる。



「校外学習、ですか? グロマス教授」


「左様。魔法薬毒学の基本となる、野草採取の実地訓練じゃ。学生たちを観光バスに分乗させるんじゃが、引率の手が(わし)だけではちと足りんでな。ヨハン教授にも、ぜひ同行してもらいたいと」


「はあ(ようするに、『猫の手も借りたい』ってことかな)。えっと、ほかの教授(せんせい)は?」


「みな外せぬ用事があったり、他学部での授業があるらしくての。当日空いてそうなのは、もうお前さんくらいじゃて」


「あー。でもぼく個人的に、バスの運転はちょっとキビしいかも」


「べつに運転する必要はござらん。儂とともに、学生たちの安全を見守ってくれるだけでの」


「それならまあいいけど……。で、どこ行くんですか?」


「富士山じゃよ。(ふもと)の森じゃ」


「富士山って、あの日本一の標高を誇る名峰の? わあ! いちど行ってみたいと思ってたんだ!」


「ではヨハン教授、悪いが一緒に引率を頼もうかの」


「はい、ぜひ!」



(というわけでついてきたんだけどさ。まさか、こんなに寒いなんて……)


 ヨハンは、あらかじめペットショップで購入していた猫用のダウンジャケットと猫耳型のニットキャップで装備を固めていたが、ほとんど陽光の差し込まないこの樹海では到底十分とは言えなかった。ニナの腕に抱っこされながら、ヨハンは想定外の寒さにぶるぶるガタガタと震えていた。


(ねえヨハン、なんか暖かくする魔法とか知らないの?)

(そんなのあったら、こっちが教えてほしいよタケル!)

熟練魔導師(マスターウィザード)も、青木ヶ原の樹海じゃホント役立たずね)

 ヨハンはニナの憎まれ口にも、反論する気力さえ失っていた。


(もうアカン。俺、寒さだけはホンマ耐えられへん……)

(お、おい、ヤバいよ。猫車(ねこぐるま)パイセンが死にそうだぜ!)

 寒さでぶっ倒れそうになっている猫車英吉(えいきち)を心配したキースが、タケルたちに口伝えた。そして一方、グロマス教授の話はようやく終わりにさしかかっていた。


「――――それでは、みなの手元に配布した要項に記載された魔法薬の材料となる薬草を、それぞれの班で分担して夕刻までに採集すること。以上じゃ」


「ふー、ようやく終わった。それじゃみんな、ぼくの火球魔法(ファイアボール)でも使って焚火(たきび)してあったまろっか」


 そんなヨハンの行動を見透かしたように、グロマスの声が聞こえてきた。


「あー、言っておくが、樹海の中では火気厳禁じゃ。森林火災にでもなったら大変じゃからの」


「えー! じゃあどうすんのこの寒さ。もう、今からでも東京に帰ろっかな……」


「そこで、みなにはこれを配るので、今日の探索に役立ててほしい」


 グロマスの手元からふわふわと飛んできたのは、数十個の古ぼけた提灯(ランタン)だった。ガラス窓の中には小さな炎が赤々と灯っており、空中に浮かんだまま薄暗い樹海の中を明るく照らしていた、


「わあ、キレイ! これなに? ヨハン」


「ああ、『旅人(たびびと)のランプ』だよニナ。迷宮探索する冒険者には必携の魔法アイテムさ。ぼくも、昔使ったことあるよ」


「へえ、そうなんだ。すごくない? これ」

「こういうの見ると、冒険のはじまりって感じがするよな、タケル!」


 タケルやキースも、はじめて見る探索者用の魔法の道具に興味津々である。


「旅人のランプは、魔法の力で探索者の後を自動的についてくるんじゃ。暗がりを明るくするだけでなく、周囲を適度な気温に(あたた)めもするでの。一人にひとつずつというわけにはいかんが、各班で分け合って使ってくだされ」


「ホンマや、なんや(ぬく)うなってきたわ! エラいもんやでグロマス教授」


 両手のひらをランプにかざしながら、感心したように猫車が言った。


「でもさ、こんないいものあるんなら、長話の前に配ってほしかったね」


 ため息とともにそう独り言ちながら、ヨハンは目の前に広がる深緑の森をゆっくりと見上げていた。


「……じゃ、そろそろ行こっか、みんな」


 ヨハンのその言葉にうなずくと、タケルやニナ、キースたちは意を決して歩みを進めていった。



「富士の樹海は、鬱蒼(うっそう)とした樹々の生い茂る天然の迷宮(ダンジョン)じゃ。新入生諸君すべての無事の帰還を、心より祈る。イードゥ・アルヴァルシア」


 グロマス教授の声とともに、鳴城獅賀大学の魔法学部の学生たちにとって最初となる探索(クエスト)がはじまった。




続く



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