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第五話 ヨハンと魔導師教授陣(一)

 鳴城獅賀(めいじょうしが)大学、魔法学部。初年度最初の授業の日である。


 朝の大教室に集合した新入生たちは、大いなる期待とささやかな緊張に包まれていた。


「――――えーっと、テステス。後ろの方にいる人、ぼくのマイクの声、ちゃんと聞こえてますか? 聞こえてたら、両手を挙げて大っきな丸を作って……はーい、オッケーでーす!」


 教卓の上には、赤い首輪をつけた一匹の小さな黒白猫が二本足で直立したまま、マイクに向かって話しかけている。世界初の「熟練魔導猫の大学教授」による、初めての講義だ。


「はい、ではあらためまして。魔法心理学担当のヨハン・(カッツェ)・シュレディンガーです。ドイツのベルリンから、船で三ヵ月かけてこの花東京市にやってきました。いまは、そこに座ってる田儂(たわし)司馬(しば)武悠(たける)くんのお家に下宿させてもらってます」


 その言葉に、学生たち側の長椅子に着席していたタケルとニナ、キースは手を振って応えた。


「そして、今日はぼくにとっても、教授としての最初の授業になります。ちょっと緊張しちゃうけど、これからもみんなと一緒に成長していければと思っています」


 聴講生たちから、拍手が鳴り響いた。タケルたち新入生にとっても、それは同じ気持ちであった。



「さて。これからはじまる魔法学部の初年度からの二年間で、新入生第一号であるみなさんには、通常の大学と同様の一般教養課程に加えて、いわゆる『初級魔法』の修得を目指してもらいます」


 ヨハンが口にしたその「初級魔法」という言葉に、学生たちからざわついた声があふれ出した。


「ふふっ。みんな、期待しちゃうよね! おもに、幻想境出身の魔法使いによって構成された『アルヴァルシア魔導師協会』は、魔法の難易度や効力ごとに初級から中級、上級、さらに超級魔法っていうレベル分けを行ってるんだ」


 講義を聞きながら、タケルは隣に座っているニナに小さな声で話しかけた。

「たしかニナは、カール博士から初級魔法を習ったって言ってたよね」


「うん。でも、ホントに初歩のいくつかだけね」

 ニナの祖父であるカール・ローゼンクランツ博士は、世界的にも著名な熟練魔導師(マスターウィザード)である。


「それでも、もう魔法が使えるってのはすげえよな。ああ、俺も早く使えるようになりてえよ!」

 カール博士から入学祝いにもらった魔導杖(シュトック)を手にして、キースが言った。聖騎士(パラディーン)を父親に持つハーフエルフであるキースもまた、魔法の素質はかなりのものと思われる。タケルはそんな二人を横目に、自分も置いてかれないようにしなきゃ、と気持ちを引き締めた。


「くわしくは、みなさんお手元の『初級魔法大全』を読んでくださいねっと。魔法学部の学部長である、ラドゥー・グリフォス教授の手による一冊です。書いた本人と同じで、ぶっきらぼうで小難しい内容だけど」


 頭上に一冊の魔導書(グリモアル)を掲げながら、ヨハンはそう言った。学生たちからは笑い声が起こったが、彼自身はこの本を、なかなかにすばらしい参考書(テキスト)だと評価しているらしい。




「じゃ、せっかくだからここで熟練魔導師(マスターウィザード)であるぼくから、みんなにちょぉーっとだけ魔法を披露しちゃおっかな?」


 講義も終盤にさしかかり、ダレかけた学生たちに対して、ヨハンはちょっとしたサービス精神を発揮することにしたようだ。大教室内の期待は、いやが上にも高まっていく。


「まずは初級の初級。――――火球魔法(ファイアボール)!」


 短い呪文(スペル)の詠唱の後、ヨハンの掲げた右前肢の上に、小さな炎が燃え上がった。その火はゆらゆらと揺らめきながら、魔導猫の目の前で静かに燃えている。


「すごい……なんだかキレイだな……」

 今までに目にしたことのない、(まばゆ)くも神秘的な輝き。タケルはその美しさに、心を奪われた。


「この火は、自然界に存在する『マナ』と呼ばれる魔法力を具現化したものなんだ。魔法力(マナ)を自在に操ることこそが、魔法の極意だよ」


 やがて火の玉はいくつかに分裂し、ゆっくりとヨハンの周りを回りだした。その様子は流麗にして荘厳で、学生たちは息を呑んでそれらを見つめていた。



「さあて、つづいてはこれっ、炎壁魔法(ファイアウォール)!」


 ヨハンがそう叫んだかと思うと、つぎは教壇の前を覆うように炎の壁が出現したのだった。


「おおっ? すげえ!」

 キースは、目の前に突如として現れた炎のカーテンに驚嘆の声を上げた。教室内でこんな魔法を使って、安全に問題はないのだろうか。


「そして炎の絨毯(じゅうたん)爆撃、中級の焼夷弾魔法(ファイアナパーム)だ!」


 すると天井から、今度は無数の火の玉が降り注いだ。着席していた学生たちのそばにも、つぎつぎと着弾していく。


「ちょ、ちょっと、やりすぎよヨハン!」

 あわてたニナが悲鳴を上げる。それは、周囲の学生たちも同様だった。


「おまけに食らえ! さらに格上の誘導弾魔法(マジックミサイル)っ!」


 さらにヨハンの手元から光弾が放たれ、教室内を縦横無尽に飛び交う。


「とどめだ! 最強の超級魔法、業炎魔法(インフェルノ)!」


「熱っちい!」

「助けてぇ!」

「いやあー!」


 いまや、大教室は完全に業火の渦に席巻されていた。学生たちはみな、これまでに体験したことのない地獄のような爆炎と熱風に、なすすべなくただ平身低頭して必死で耐えていた。




パンッ!




 それは、ヨハンが前肢を叩いた音だった。それとともに、大教室を覆いつくしていた業火は跡形もなく消えた。怪我をした者も、焼け落ちた物も皆無だ。というより、そもそも炎の魔法などまったく発されてはいなかったのだ。



「ごめんね、みんな。いまのはただの幻覚魔法(イリュージョン)だから」


 騒然としていた大教室は、ヨハンの言葉でようやく落ち着きを取り戻した。タケルやニナ、キースたちも周囲の無事を確認し、安堵のため息を漏らす。


「ちょっと乱暴だったけど、これから魔法の授業を始めるにあたって、最初にみんなに覚えてほしいことがある。それは、魔法を使うことには大きな責任を伴うってことなんだ」


 教壇の上のヨハンは、静かに語り続けた。


「魔法は、使いようによってはものすごい力を発揮する。いまぼくが見せたのは幻覚魔法(イリュージョン)だけど、実際に魔導師が使うことができるものばかりだよ。そしてそれは、ときには多くの破壊を生み出したり、たくさんの人を傷つけることも」


 学生たちが目指す、魔法使いという存在。その覚悟について、ヨハンは身をもって教えようとしたのだった。


「ぼくが担当する『魔法心理学』では、現実社会で魔法を使うということの是非や心構えについてもちゃんと学んでいきます。みんな、これからしっかりがんばっていこうね!」


 学生たちから、大きな拍手が沸き上がった。いちおうは自分も手を叩きながら、タケルは小さくつぶやいた。


(でも、今のはちょっとやりすぎでしょ、ヨハン)




続く



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