番外編 魔導猫ヨハンの日常生活(一)
とある日曜日の朝。花東京市、司馬家の居間にて。
「ヨハン、見て見てこれ! じゃーん、免許証!」
「へえ、取れたんだ。すごいじゃないかタケル!」
「これまでずっと、キースに先を越されてたけどさ。ついにぼくも車を運転できるようになったよ」
「ステキね! タケル。合格おめでとう」
「ありがと、ニナ。それでさ、今からちょっとこの辺りを軽くドライブしてこようと思うんだけど。家の車借りてさ。二人も一緒にどう?」
「ぼくも連れてってくれるの? 行く行く!」
「えっと、私はちょっと……やめとこっかな」
「どしたのニナ?」
「なんかイヤな予感がするというか……ヨハンと二人で行ってきたら?」
「大丈夫だよ。まだ免許取りたてなんだから、ちゃんと安全運転するし」
「ううん、いいの」
「なんだよ。だったら、ぼくたちだけでいいよタケル。行こ!」
「それじゃ、行ってくるね、ニナ」
「くれぐれも気をつけてね。……ヨハンも」
「これ、軽自動車ってやつだよね。いつもは佳織さんが?」
「そう。父さんは仕事用に、もうちょっと大きいのに乗ってて……。あ、ヨハン。助手席ではちゃんとシートベルトしてね」
「シートベルト? 猫でもやんないとダメかな」
「うん。いちおう、安全のためだから」
「でもほら、このナナメの帯がちょうど顔の前にきて」
「あー、そっか。じゃあ、腰だけ締まってればいいよ」
「よいしょっと。それで、どこ行くの? タケル」
「うーん。最初だし、近くのショッピングモールでいいかな。じゃ、行くよ」
「日本ではこう言うんだよね、『しゅっぱーつ、しんこーう!』って」
「いや、あんま言わないけど」
「うん、順調順調。なかなか上手いじゃない、タケル」
「ありがと。ところで、ヨハンは車運転したことって、あるの?」
「バカにしてもらっちゃ困るな。ぼく、もう二十六歳だよ? 運転免許のひとつやふたつ」
「あるんだ! へー?」
「まあね。ニナは、あんまり隣に乗りたがらないけどさ」
「でもさ、ちゃんと手足が届くの? ハンドルとかペダルとか」
「あ、それはね。まずステアリングは前肢で握るんだ。アクセルとブレーキの操作は念動力魔法でちょちょいっとね。慣れたもんだよ」
「そうなんだ。すごいねヨハン」
「……ああ、もうモールに着いちゃったね。初ドライブお疲れさん。そこのパーキングに停めてさ、カフェでアイスコーヒーでも飲もうよ」
「オッケー」
チッカ チッカ チッカ……
「――――さて、じゃ帰ろっかタケル」
「いやヨハン、そっちは運転席だから」
「あっれー? ハハッ、ドイツとは通行が左右逆だから、てっきり。――――まあいいじゃない。すこしぼくにも運転させてよ」
「えっ? なんで?」
「いや、タケルが運転してるの見てたら、ぼくもやってみたくてさ」
「ダメだよ! 日本では運転したことないでしょ? 危ないじゃん」
「大丈夫、ちょっとだけだから。この駐車場の中だけ! お願い!」
「…………ちょっとだけだよ?」
「ダンケ!」
「おおー。ホントにちゃんと運転できてるね、ヨハン。やるなぁ!」
「あったりまえでしょ? まかせてよ。ぼく、ベルリンでは通学にも使ってたんだから」
「ほらヨハン、そこで曲がらないと。このまま行くと、車道に出ちゃうよ?」
「いや、あそこの警備員のおじさんがこっちに進めっていうから」
「ああ……。じゃあ、そこ出たとこでいったん停めて。ぼく運転代わるよ」
「いや、大丈夫だから。座っててタケル。……よーし、ノッテきたノッテきた!」
ウイイイイン!
「……ちょ、ちょっとヨハン。これスピード出しすぎじゃない?」
「いやいや。アウトバーンでのぼくは、こんなもんじゃないから」
ウイイイイイイイイン!
「いや、ここは高速道路じゃないし! とにかくスピード落として、ヨハン!」
「見ててよタケル! ぼくはサーキットの王者、ミハエル・シューマッハだ!」
ウイイイイイイイイイイイイン!
「ヨハーーーーン! 止めーーーーてーーーー!」
ウイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ
―――― ピーポー ピーポー ピーポー ピーポー
「ん? なんか後ろからついてきたね。あれって、もしかして警察?」
「やばっ、パトカーだよヨハン!」
《そこの車、左側に寄せて停まりなさい!》
キイイイイイイイイッ
「ごめん、タケル。――『転移魔法』!」
「えっ? ヨハン? ……あっ! なにこれ、いま魔法使って、ぼくらの位置交換したの?」
コンコンコン!
「……ちょっとキミ! 百キロ近く出てたよ? こんな街中で、いったいどういうつもり?」
「いえあの、お巡りさん。運転してたの、ぼくじゃないんです!」
「じゃ、だれ」
「この人です」
「にゃーん?」
(ちょ、ヨハン! こんな時だけズルいよ!)
「何言ってんのキミ? 猫が運転できるわけないでしょ。とにかく免許出して」
「ええっ、そんなあーーーーっ!」
かくして司馬武悠は、運転免許証取得の翌日に時速四十キロオーバーで免停処分となったのである。
本編に続く




