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第四話 ヨハンと奇妙な新入生(八)

「それではみなさん、つぎは私の杖もご覧ください!」


 文字通り、魔導師(ウィザード)の相棒たる「魔導杖(タクトシュトック)」に関する談義は続いていた。午後一時を回ったカフェテリアの店内は、ヨハンと新入生ら一行を除けば、客はわずか数人ほどしかいない。


「すごいねデュラン! その杖はキミが?」


はい(ウイ)教授(プロフィサ)。素材の入手から製作、仕上げまですべて自前です」


 黒魔導師(デーモニスト)を目指す、フランス・パリ出身のアフリカ系留学生、ジャン=クリストフ・デュランは白い歯を見せて得意げにほほ笑んだ。高身長の彼に匹敵する長さを持ち、細く真っ直ぐに伸びたその黒い杖はおそらく金属製。そして先端には、紅く輝く宝石があしらわれている。


「もしかして、それってルビー?」


 タケルの問いに、デュランはうなずきながら言った。


「とびきり純度の高い逸品なんです。最高の『魔法使いの赤(マジシャンズ・レッド)』にこだわりました。どうです? 美しいでしょう?」


 その一言に、デュランの実家の持つ財力の高さも垣間見えていた。



「つぎは、うちの番でっしゃろか?」


 いつしか、「魔導杖(タクトシュトック)」の披露大会の様相を呈してきたカフェテリア。世界にその名を轟かせるゲームメーカー・京宝堂(きょうほうどう)の一人娘「ルコはん」こと宝天寺(ほうてんじ)耀子(あかるこ)は、懐から取り出した扇をパッと開いて見せた。白地の扇面には、華やかな桜吹雪が舞っている。日本人の母親を持つドイツ娘、仁和(ニナ)・ローゼンクランツはその(あで)やかさを称賛した。


「それは扇子ね! とっても優雅で、ステキな絵柄だわ」


「いや、ひょっとするとそれ……鉄扇(てっせん)じゃない?」


「さすがヨハンはん、お目が(たこ)うていらっしゃいますなあ。これはうちが幼い時にお()はん、宝天寺(ほうてんじ)京光(たかあき)から譲り受けたもんどす」


 耀子が口にした彼女の父親、宝天寺京光の名前を聞いて一同は驚嘆した。彼こそがまさしく、京宝堂株式会社の三代目代表取締役社長であったからである。中でもゲーム好きのヨハンは、昔から大の京宝堂マニアを自認している。


「テッセン? なんのこった?」


「骨の部分が、竹とかじゃなくて鋼鉄製の扇子のことよ。私、見たことある」


「その昔、やむを得ず刀を携帯できぬ時などに、武士らが護身用として身につけたものにござるな」


「そうだな。鉄扇の中には扇子として開く機能を省いた鉄塊として、完全に武器のごとく使用するものもあったようだが……」


 キースの疑問に、御影丸(みかげまる)旋風(つむじ)とその双子の兄・疾風(はやて)、そして薪村(まきむら)(かたな)が口々に答えを述べる。現代を生きる本職(プロ)の忍者であり剣士である彼らにとって、この手の品物はきわめて身近な武器のようだ。


「いややわあ。武器やなんて。うち、そないな無粋なもん使わしまへんえ。あくまで、手に馴染んだものが魔法には何よりええと聞いたもんやさかい」


「そうだよね、あぶないもんね」


「まあ昔、気に入らんお人を、ちいと小突こづいたことはありますけどな」


 そう言って耀子は、開いた鉄扇で口元を隠すようにして笑った。タケルはその無邪気すぎる微笑みに、ふと背筋が凍るような気配を感じ取っていた。



「……ね、ねえ、疾風(はやて)くんと旋風(つむじ)さんは?」


「いや、タケル殿。拙者らは忍びゆえ、杖の(たぐい)は持たぬ」

「え? そうなんだ!」

「うん。私たちが精神集中するときは、もっぱらコレね」


 疾風と旋風はすっと立ち上がると、両手の指を目前で組み合わせる「印」を結びながら、九字の呪文を唱えたのである。


(りん)(びょう)(とう)(しゃ)(かい)(じん)(れつ)(ざい)(ぜん)!」


 双子の忍者兄妹たちの、なんとも堂に入ったポーズとフレーズに対し、デュランが興奮気味に問いかけた。


「それは、もしかして九字(くじ)護身法(ごしんほう)では? オウ、本物のニンジャが九字(くじ)を切るのを見るのは初めてです! 素晴らしい(トレビアン)!」


「さすが日本通! くわしいね、デュラン」

「九字切りに魔法の呪文を組み合わせる、忍びならではの作法にござる」


「ほぉーう。ほんまにそういうのもええんでっか? ヨハンはん」


「そうさ、ルコはん。集中さえできれば、かならずしも杖は必要じゃないんだよ。だって、ぼくだって持ってないし」


 ヨハンの言う通り、魔法の使用時に杖を持たない魔導師も存在する。だが、そもそも忍者の類が魔力を操ることは、幻想境アルヴァルシアでも例がないことではあった。御影丸兄妹は、魔法界に新風を巻き起こす存在となるのか。



「俺はこれや」


 そう言って二浪の関西人、猫車(ねこぐるま)英吉(えいきち)がポケットから出してきたのは、爪楊枝ほどのちっぽけな棒だった。


「なにこれ?」


「ガチャガチャで当てたオモチャやな。ほら、あの魔法使いの映画に出てくる登場人物が使(つこ)うてたミニチュアの」


「えー? こんなんでいいの?」


「べつにええんちゃう? 指揮棒とか杖とか、長すぎて正直(ショージキ)持ち運びに邪魔やろ」


 呆れるニナに、平然と答える猫車センパイ。そして彼らの視線は、自然とヨハン教授のほうへと向いていった。


「うん……まあ…………アリっちゃアリ……だけど…………」


 アリなんだ。悩みながら小声でつぶやいていたヨハンを、タケルは興味深く見つめていた。



「それで? 薪村(まきむら)ちゃんのはなんなん?」


「うむ。よくぞ聞いてくれた猫車センパイ。私の魔導杖(タクトシュトック)は、ズバリこれだ!」


 古風な女流剣士・薪村(まきむら)(かたな)は手元にあった布製の長い袋の紐をほどくと、満を持してその中身を披露した。鞘から抜かれた鋼の刀身が、鮮やかに光を反射させる。


「それ、本物の日本刀じゃないか!」


「無論、まごうことなき真剣だ。私の愛剣で、銘は『牙竜(がりゅう)』。しばらく検分のため大学に預けていたが、本日より正式に学内での帯刀が許可された」


「でもよマキムラ、危なくねえか?」


「そうよ。よく、許可が下りたわね」


「剣は、我々剣術家の魂だ。つねに肌身離さず持っておくべきであるし、精神統一にこれほど適した道具もない」


 その言葉に、ヨハンは前肢をポンポンさせる拍手しながら賞賛を贈った。


「その通りだよ、カタナくん。キミら新入生たちの魔法に対する意識の高さには、魔法学の教授として感服するよ!」


「はい。ありがとうございます、ヨハン教授!」


 手慣れた仕草で牙竜の刃を元の鞘に納めながら、薪村刀は深く頭を下げた。



 自慢の魔導杖(タクトシュトック)を仲間たちに披露し終えた彼らは、いつしか感動的なあの掛け声を言ってみたいという衝動に駆られていた。そう、先ほどタケルやニナ、キースがやった時のように。


「ほな、ぼちぼち俺らもやらへん?」

「うむ、そうだな」

「いいね!」

「承知した」

「やりまひょ!」


「いや、みんな、ちょっと待っ――――」

 何かを感じ取ったヨハンが、掛け声を止めようと立ち上がる。しかし、そんなこともお構いなしに、デュランが揚々と音頭を取った。


「それではご唱和ください。行きますよ?

 ――――イードゥ・アルヴァルシア!」

「――――イードゥ・アルヴァルシア!」


 持つ者は自分自身の魔導杖(タクトシュトック)を、持たざる者はその素手を頭上にかざして。新入生たちが一斉に声を合わせたその時である。周囲の魔法力(マナ)の揺らぎが生じたかと思うと、期せずして彼らの頭上に強い衝撃波を形成したのだ。

 そしてあろうことか、つぎの瞬間――――



パリンパリンパリン! パリンパリンパリン!



 なんと、カフェテリア中の天井に備え付けられていた蛍光灯が、一斉に割れてしまったのだ。飛び散ったガラスの細かな破片が店内中に降り注ぐとともに、この事態を引き起こした新入生たちはあまりのことに呆然と立ち尽くしていた。


「あ、あなたたち、いったいなにをやってるんですか!」


 キッチンの奥から、カフェテリアの店長が血相を変えて駆け寄ってきた。


「いや、ぼくらはわざとやったわけじゃ……」


「あなた、魔法学部の教授の方ですよね? ……あーあーあー、とにかく、ちゃんと片付けてもらわなきゃ困りますよ! それから、割れた照明の弁償費用も、事務室に請求しときますからね!」


 ヨハンは店内を見回して、また大きなため息をつかずにはいられなかった。



Oh(オー) , mein(マイン) Gott(ゴート) !」




第五話に続く



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