第86話 Beginner's luck 瓢箪から駒 (1)
一日空いてしまった事をお詫びします
m(_ _)m 万記
誤字脱字矛盾あちましたら後日修正するかもです
「今後の労役には幾ばくかの賃金を払ってみてはと意見します。」
アルウルは朝議の席、母である女王アマノと居並ぶ重臣高官貴族を前に公共事業の重要性を訴えた。
女王は瞳を閉じ聴き、一部貴族達は失笑する。
「殿下、御無礼を承知で申し上げます。ロレ国など小国の政策を真似るなど大国であるレキ女王国には不要かと。」
高位貴族の言葉に同意と頷く臣下が過半数を占める。
「此の先おこなう蛮地狩りに向けての準備で金は幾ら有っても足りません。我が領地もその様な余裕はありませんな。」
複数の貴族から続々と反対の声が挙がりアルウルはチラと女王を見る。
女王は臣下から意見出尽くしたかと目蓋を開け。
「アルウルが政に関心を持つは良い事。しかし此度の政策に国益が視えぬ、諦めるが良い。今日は此処までとす。」
女王から朝議終了の言葉がでた。
此の場で表立ち王女殿下を支持する者は皆無であった。
朝議で何の成果も得られぬまま王宮廊下を肩を落とし歩く王女。
通路には文官達の執務室が並ぶ王宮の一画。
アルウルは何気無くある扉の前で足を停めた。
扉には“国史編纂書庫室”の札が掛かる。
「殿下!此の様な所に足を御運び頂けるとは光栄の至りッ」
部屋に一歩足を踏み入れると満面の笑みを湛え初老の女が駆け寄った。
初老の女は此の部署の室長。
「うむ、邪魔をするぞ。なにか良い書は無いかと思い立ち寄らせてもらった。」
邪魔などと滅相もないと今にも揉み手せんばかりの、いや揉み手し満面の笑みで対応する室長。
“国史編纂書庫室” 此処は左遷部署、室内の文官は全て此の先出世望めぬ末端下級役人ばかり。
レキ国が保有する書架を流し見る程度の心積もりであったアルウルは室長を筆頭に文官達が各々手に本を持参し殿下この書などと此の国の王女の目に留まろうと王女を囲み人垣が直ぐ様できあがる。
少し離れた場所にいた独りの下級文官がアルウル達に声を掛けた。
「室長、仕事終わりました。次の指示を」
「見てわからぬかッ!今忙しいのだ勝手にせよ」
此の国の王女を一顧だにせず仕事の報告と次の仕事を確認する女に室長は雑な対応で返すも女は気にした風も無く場を離れ独り机に向かい書類の整理を始める。
周囲の胡麻すりにうんざりしたアルウルは書庫が見たいと人を遠ざけるも何かにつけ跡を付け話しかける室長と良い所を見せようと引っ切り無しに王女の下を代わる代わる訪れる文官達。
流石に辟易したアルウルは一考し、
「そこの文官、本を探している私に付き合え。他の者は自分の仕事をせよ職責を果たせ。言葉の意味、理解っておるよな。」
幾らかの怒りを込め室長以下に応対し、独り机を前に仕事をする下級文官を指名した。
黙って私の後に付いておけとだけ女に告げ書庫を周り本を手に取ってはパラパラと頁を捲り戻すを繰り返す。
しばしの探索を経て過去の賢人、名君の歴史書一冊を手に端の机と椅子を占拠する。
書に目を向ける王女、机横に立ち尽くし手持ち無沙汰で王女を眺める文官独り。
「立っていても仕方あるまい。貴様も座るがよい」
無言で横に立たれるのが居心地悪くから出た言葉に自身の対面席を促す王女。
暫くは本を捲る音だけが続くも、
「殿下」
「なんだ 邪魔をするな」
「私も暇です。殿下がお持ちの本を読んでもいいですか。」
下級文官は指差すのは机上端に置いた最近持ち歩く三冊あるロレ富国論のうちの一冊。
女は言うや否や持ち主の許可も得ずに富国論弐を手元に寄せ本を表紙を繁々と眺め始める。
図々しいのか物怖じしないのか、アルウルは変な奴程度に留め好きにせよの一言で済ませば女は嬉しそうに本をを開いた。
対面に王女が居ないかの如く本を読み始める女に無害とばかりにアルウルもまた本に目を通す。
明かり取りの木枠から射し込む茜色。
殿下、そろそろ御時間がと恐縮し申し出る室長。
「そうか、邪魔をしたな」
「えッ えッ え!? 待って下さいッ! まだ半分、まだなんです。」
室長の顔すら一瞥しなかったアルウルは対面から挙がる狼狽の声に顔を上げ、そして、絶句した。
眼の前にはロレ富国論弐を広げ木簡に必死に模写する下級文官の女が独り。
「カーベルうううッ! 殿下を前に無礼であろうがあああああッ!」
黄昏の国史編纂書庫室に室長の怒声が響き渡った。
顔を真っ赤に染め怒り狂う室長を横に、
「壱と参もあるが書き写すか?」
何の気無しにアルウルは眼の前の小柄で貧相な下級文官に告げていた。
そう、何の気無く、只の気まぐれであった。
色付き硝子を通し夕闇が室内を包む。
側仕えが複数の油灯に火を灯す。
メイドが淹れた熱い紅茶一口、咽を潤し王女は尋ねる。
「その本、それ程に良い物か?」
マキウス砦副官に薦められ三冊のうちの一冊。
はっきり言えばアルウルは本の内容に懐疑的であった。
それでも指標持たぬ少女には富国論しか縋るべき指標が無かった、だから何気無く何とは無しに眼の前、王女に顔を向ける事無く必死に木簡に模写する女に尋ねた。
「大変良い本ですッ。巷では余り知られて、いえ、全くの無銘。此れ程の良書があったとはッ、今官吏になって初めて良かったと思いましたね。今ロレ国の躍進も此の下地在っての事でしょう。分かりますか殿下、今殿下が飲む茶は最下級官吏の私じゃ一生かかっても飲めませんよ。その頃、ロレ国の民は大麦煎り茶を飲んでいた。そりゃ〜殿下の飲むお茶に比べたら味も薫りも貧相ですが平民が茶を嗜むんですよ最近私も飲み始めました。安く皆が飲める茶、素晴らしいッ!」
模写の手を停める事無く熱弁する女を眺め、そして疑問を口にする。
「カーベル、そなたの眼の前の人物が此の国の王女と理解って話しているのか。」
「それくらい知ってます官吏ですから。まあ自分は木っ端役人ですし一生をあの編纂室で終えるんです。雲上人?何それ?美味しいの?ど〜せ殿下と今後会う事も無いですし気にもなりません。今、私の眼の前に素晴らしき知識の一端が在る、それだけで十分です。」
変な奴の感想のままに自身の周囲の人間の態度言動を思い返す。
皆が肯定し皆が自分を持ち上げる。
今日の朝議が初めてであった、貴族高官が隠れて笑い、面と向かって否定する。
そして今、下級官吏カーベルの態度。
あの日、あの時、あの愛人と出会ってから自分が自由にできないものに出会ってから何かが変わっていった。
「カーベル、知識を得てどうする」
「何も無いですよ」
深く考えず問うた、返ってきた答えに、はぁ?と困惑の声が漏れた。
困惑する王女に仕方無いとばかりに補足する。
「正確にはレキ国では使う機会が与えられませんんので学んでも無意味です。」
下を向き写本を続けながら答えるカーベルにアルウルは詳しく話せと問うも、
「今、忙しいンです」
「明日も模写に此処へ来れば良い。なんなら室長に言って明日は仕事扱いで休みにしてやろう。」
アルウルはハンドベルを一振りしメイドを呼ぶ、夕食は此処で二人分と申し付ければカーベルは手を止め顔を挙げた。
彼女は語る。
レキ国では家柄や縁故、王家大貴族に大金を寄付できる大商人が力を持つ。
何かしらの提案を通すにも金か権力が必要。
権力を振るえる地位に就くのは有力貴族とその子女または継続して大金を積める大商人。
高位を得た者は更に自身の縁者に下の地位を与えていく。
此の連鎖が続く為、自分の様な家柄、金、コネの無い者は言われるままに与えられた仕事をこなすのみ、提案する機会さえ無い。
「私は此の国の王女だが今日の朝議で提案が通らなかったぞ。―――」
一通り午前の朝議の内容を話して聴かせればカーベルは微妙な表情を造ったかと思えば、
「あほですか」
「きききッ 貴様までヨシツネみたいな事を良いおって」
下級官吏の忖度無きツッコミに目尻に涙を溜める王女に構うこと無く。
「ヨシツネって誰ですか、まずですね貴族の利権に手を突っ込めば王女殿下であろうが反対されて当然です。殿下の権力で無理強いするのもお勧めできませんね貴族を敵に回します。何よりですね、殿下は政事での実績が無い。今迄一度も結果をだした事の無い人間の言葉など誰も聴いてくれません。」
下級官吏カーベルの言葉に熱が籠もり過ぎたからだろうか、一度口を停め卓上の高級茶葉で淹れられた紅茶を飲み一息つき、次にはゆっくりと眼の前の少女を見ながら言葉を続ける。
「殿下はまず、小さな提案から積み上げていくべきです。私など小市民ですから小さな細やかな提案も通りませんが王女の地位と権力、殿下が運用できる資金で提案をしていくのです。それも複数、幾つも幾つも小さな提案と実行と結果。一つの結果は点に数個の結果で線に無数の点は何時しか面になります。面とは大望、何も成し得ていない今の殿下は零、まずは一つの点から始めねばなりません。」
眼前、自身と歳の頃二つ三つしか変わらぬ女の言葉はアルウルに小さくない衝撃をもたらした。
短く纏めれば、何も成していないお前が大言を吐くな、今迄言われてこなかったが故に初めて気付かされる。
そうか、、、そうだな、
今からでも、、、
私は、変わっていけるんだ、な
小さな提案、、、か
レキ・アルウルは小さくクスリと笑いを漏らした。
眼の前の最下級官吏を見つめ、
「カーベル、今日で貴様は国史編纂書庫室を首だ」
「ちょ!?まッ!? 巫山戯るなあああああッ!!」
更ける夜、無礼な下級官吏の叫びが何故か心地良い。
「今日は、私と共に食事をせよ」




