第74話 猛き鷹 (5)
大切なのは必ずしも闘う犬の大きさではなく、犬の闘争心の大きさである
ドワイト・アイゼンハワー
軍人・アメリカ合衆国第34代大統領
犬の大きさではなく、その犬の中にある闘志の大きさが重要だ。
作家 マーク・トウェイン
代表作 トム・ソーヤーの冒険
赤髪に褐色肌、筋骨隆々な恵体。
赤い鬼が馬乗りになり拳を振り下ろす。
ドゴルの下で両腕にて頭と顔を守るしかないマレ。
防戦一方、一方的な展開。
最初に動きだしたのはドゴルだった。
巨躯を目一杯低くし全脚力を込め疾走った。
高速のタックル。
人種と鬼族。
身体能力優るドゴルの走りはまさに暴風。
飛び付く様に自身と比較すれば細すぎる腰に組み付く。
勝った。
確信するドゴル。
なぜ?対処しなかった!?
できたはずだ。
焦り心掻き乱されるハクと軍曹。
巨漢、加速、慣性。
巨大な力を内包した突進を受け止めきれるはずも無く。
吹き飛ばされ二人共に地を滑った。
激しく痛む背中、地に伏し腰に組み付かれ、それでも拳闘の構え解かず。
勢いに乗るドゴルは馬乗りにて好戦的な笑みと共に拳を振り下ろす。
腕による防御も構わず大振りの拳打を叩き込む。
一撃、二撃、三、四、五、、、
幾度も幾度も拳を振り下ろす。
此の先を想い囲む兵の幾人かは不安に目を逸らす
冗談じゃない 此奴が族長達の上にたつだと?
激しい連打、過ぎていく時間。
マレの防ぐ両腕が青紫色に変わり内出血する。
いつしか一方的に殴る側のドゴルの息が上がっていく。
はぁ ぜぇ
しつけえ
「うっとしいんだよおおおおおお」
切れる息、前のめりに放つ側面右拳打がマレの右腕を払う。
きた
「おおおおおおおおおおおお」
赤鬼が咆哮し
堅く握り締めた右拳を振り下ろす
男の顔面、鼻面に叩きつければ
拳がぬるりとした温かな血に塗れた
「おおおおおおおおおおお」
さらに吠え叩きつける左拳。
男の左腕が下がる。
顎を守る様に下げた左腕。
払われた右腕。
殴られる痛みに耐え右掌は地を掻いた。
「おおおおおおおおおおお」
ドゴルは殴る殴る。
息荒げ連打連打矢鱈滅多らに拳を叩きつけた。
派手に吹きこぼれる鼻血。
赤鬼の両拳が血に塗れる。
派手な流血に見守る兵の輪から不安の声が漏れ出す。
ハクがセンが軍曹が、
両腕を組み奥歯噛み締め不動にて見守った。
焦れる。
「おらあああああああ」
ドゴルのマウントからの掬い上げる様な左斜めからの左フックが遂には男の左腕を払った
「おらああッ」
ノーガードの顔面、叩き込まれる拳。
腫れ上がっていく男の顔。
マレは事前に口内に詰め込んだ麻布を強く噛み締め。
左手五指は大地を掻く。
すまん ホウ お前の“苦痛“こんなものじゃ
ないよな。
「ラル軍曹!もう殺っちまいましょう!」
一人、猫人の新兵が叫ぶ様に声を挙げた。
「ハク隊長!ぶっ殺しましょう!」
セン副長、ロロ軍曹、サク軍曹と自身の上官にドゴルを殺せと詰め寄る部下達。
決まって新兵。
予備役、アル峡谷で共に戦った狼達は組んだ腕、握り締める五指に力込め人垣闘技場を睨む様に見据え口を引き結ぶ。
いつしか、新兵による 殺せコールの合唱。
動かぬハク、セン、軍曹にプラノは不安になり隣りのソテツ軍曹に
「もう、、、これいじょうは」
腕を組みソテツは何も応えなかった。
自分を囲む狂騒に此処までかと左拳振り上げたまま停まるドゴル。
荒い息で
「おら お れの」
“黙ってろ くそどもおおおッ”
怒声一つ
血と汗と泥に塗れ
未だ男の闘志萎えず
黒瞳は眼前の敵を威圧する
沈黙の場。
「お前 馬鹿だろ」
言ってやったぞと荒げる息で告げ。
ドゴルは二ヘラと笑った。
ツッ
男の地に投げ出されていた左腕が挙がった。
ドゴルは下半身、腰に体重を乗せたまま軽く背後に身を反らす。
窮鼠、所詮ここから何もできや、、、
「テ」
男が真っ直ぐに突き出す左腕。
体格差と腕の長さ、ドゴルの顔には届かず。
ましてや取ったマウントポジション、弱拳打なにするものぞと。
しかし、てめえ、お前、言いかけたドゴルのそれは言葉に成らず。
届かぬ拳
開かれた掌
五指に掴まれていた土がドゴルの瞳に入り込む
さらにだった
伸ばした指先が届いた。
狙った
狙っていた
顔を背けたドゴルの右瞳を中指の先が突く
それは指先が眼球に触れた程度
巨漢ドゴルの腰が僅かに浮いた
わずか ほんのわずかに 加重が減少した
“らああああああああああ”
黒髪黒瞳の獣が咆哮する
次に右腕を大きく薙いだ。
大袈裟な吠え声、大仰な右腕薙払い。
しかし、なんという事は無い。
またも右手に握った土をドゴルの顔面に向かって投げつけたのみ。
両眼に入った僅かな土、右眼を軽く突かれた事で眼を細めるドゴルは自身の顔を右手で覆い隠し、再度投げつけられる土を防ぐ。
僅かに浮いた腰。
顔を隠す右手。
一瞬の隙。
「クリンチ!?」
「ン?ンン? 違うっス」
ソテツが拳闘技術の一つかと声を挙げ。
横のシマルが否定する。
上半身を起こしドゴルの右腕を互いの体で挟み込むように抱き着くマレ。
「縦四方固に、、、似てるッス」
抱き着く事でドゴルの右腕を封じた抱きつき。
しかしだからなんだ、見守る周囲の新兵の不安不満が変わる事はない。
無様な男同士の熱い抱擁。
頬と頬を寄せ合う二人。
男の左腕は赤鬼の太い首に回され自身の右腕手首を掴み堅く極める。
ぬるり ぬるり
“ひッ! ひぃぃぃぃぃッ”
「やめ やめ やめろおおおおおおおおおお」
突如、叫びだす巨漢のドゴル。
状況が見えていない者達は困惑する。
きたぜ
応報するは我
ドゴルが左拳を幾度もマレの脇腹に叩きつける。
退ける腰。
もう馬乗りの態勢などあったものではない。
ドゴルの固定され自由効かぬ右腕の先で右手が宙を掻き。
マレの生暖かい鼻息がドゴルのうなじにかかる。
マレの生暖かい鼻血がドゴルの首筋を汚していく。
巨漢、巨躯の赤鬼が涙と鼻水を撒き散らし喚き叫び、必死に左拳を脇腹に叩きつけ腰を退く。
いつの間にか体勢は逆転する。
赤鬼の無様な姿に多くの者は理解追いつかず。
なにを怯える事がある。
ただ、組み付かれただけではないか。
地を這いずり離れようとするドゴル。
堅く極め組み付くマレ。
必死に宙を掻いていたドゴルの右手がとうとうマレの右手を掴んだ。
此の手を此の手を離せええええええええ
剥がせえええええええええええええええ
此処までか
マレは右手親指に力込める。
ぬるり
くちゅり
“あがががががががががががががが”
ドゴルの左眼球が潰れた。
さらに眼窩をマレの指先が掻き回す。
“あがが やめやめああああああああああ”
痛みと今も温かくぬめる己が右耳に怖気る。
グッ
ぶちッ
“あああああああああああああああああああああ”
マレはドゴルの右耳を食い千切った。
観るもの誰もが言葉失う。
粗野であまりにも原始的。
知性理性無き獣の暴力。
戦意失ったドゴルの腰に跨り。
右手親指で鼻を押さえ。
“ふんッ” “ふんッ”
鼻に溜まった血を吐く。
ふ〜っと吐息し
す〜〜と吸い
マレは右拳を振り下ろす。
左手親指はドゴルの残った右眼に添えながら。
男は口に食い千切った耳を咥え見せつけるかのように。
ドゴルの鼻に拳振り下ろす。
互いの血に塗れる男と男。
咥えた耳片をぷっと吐き捨て拳を振り上げる。
「やめ やめて くれ」
虫の息
掠れた声は弱々しく
潰れた鼻は血で詰まる
口からはか細い呼吸。
「なあ ドゴル 使者も狼人の使者もやめてくれと言ったのか お前はやめてくれたのか」
「なあ 使者は何を言った。お前は使者に何をし
た。全て話せ、全てだ。真実を全て話せば、お前を赦そう。」
「あ あ あの日、あれは、、、」
ドゴルが語る。
人垣の輪が狭まる。
ハクがセンが軍曹、プラノ、多くの兵士が聴いた




