第47話 Take The Wave (2)
「なんで お前 おるねん 石斧女。」
薄闇の空。黎明の刻。
主だった者を集めての作戦説明。
皆で顔を突き合わせ、地面に置いた石ころと木の棒で引いた線にて説明する。
場の角にて所在なさげに佇む鬼女ユウに目を留め思わずでた言葉だった。
「どうしても、ちゅーからさ。鬼人族も無関係じゃ居られんだろ?」
ハクの言葉に部族、氏族の関係とは、そういうものか?と一考するも人手は有るに越したこと無しとマレは傍らに置いていたフルフェイスヘルメットを手に取った。
「ほら、石斧女、これ使えこれ。」
突如放られたヘルメットに焦り数度のお手玉の後に受け取るユウ。
「あ、あの、石斧女じゃなく、ユウです。鬼人族のユウです。」
「ほーそうか、そうか。タン、弓隊左翼マクの方に回ってくれ。タンの代わりは石斧女にやらせるわ。」
「おーけぇー。」
「あの、ユウです。」
「華麗にスル~。石斧女は俺の横。弓隊右翼はセンとホウ。左翼、マク、タン。俺の後方、充分距離を空けて槍隊のハクは岩陰に身を隠せ。」
「今なら向こうは寝入ってる、仕掛けないのか?」
センの提案にハク達のみならず若衆の主だった者達も同意の反応を示した。
「そやな、今仕掛ければ余裕をもって蹴散らせる。たださー、それじゃ足り無いと俺は思うんだよね。」
「足り無い?」
「劇的な勝利演出。」
「あーわかる。こー我等此処に有り!みたいな」
「いやハク、、、分から無くていいような。」
ハクの浪漫とセンの慎重がせめぎ合うのを暫し皆が傍観した。
「地の利はある。皆の士気高く人の和も此方が上。天の刻、夜襲に代わる演出は俺がする。」
ここ迄話しマレは皆を見廻した。
「戦とは前準備で勝敗は決しているんだ。やってみなければ判らんなどという戦はするな。この戦は俺達が勝つ。考えるべきは此方の被害を最小限に、そして戦後如何にすれば我々が有利に立てるかを考えろ。」
一拍の間がおかれた
「勝つべくして勝った戦を劇的な逆転勝利であったと皆に錯覚させる必要がある。皆とは敵、味方共にだ。“兵は詭道” 戦とは騙しあいだ。」
参加した者、生き残った者、帰りを待つ者、関係あった者、全てを騙す。
男は詐欺師 自分さえも騙すのだ。
「皆、握り飯を食え。水を飲め。時間迄体を休めろ。」
ルワイ侯一団は天幕を片付け、ゆっくりと朝食を摂って後にアル峡谷を抜けるべく進軍を開始した。
前方をルワイ家、寄子の混成部隊四百、後方を農民兵と輜重隊五百に分かれ進んでいく。
最後尾、輜重隊馬車の後方で縄に引かれる猫人二人。
ルワイ・ランシールは前方部隊中央にて一際大きく立派な全身黒色の馬に跨る。
黒毛、黒狼人センと同じメラニン過多で産まれてきた希少で美しい黒馬。
ルワイは全身鎧を纏い黒馬の横を従僕が槍を抱え並走する。
見るからに重量のある全身鎧であった。
実際、馬を降りれば一人で歩く事ままならず、馬の乗り降りは一人では行えず。椅子に腰を下ろせば立ち上がるのに介助を必要とした。
脂肪まみれの中年女には過ぎた鎧を見栄の為に着用する。
それがレキ女王国、大貴族ルワイ・ランシール侯爵であった。
バシネットヘルムと呼称される密閉型兜の前面を開け大きく欠伸をする。
天を仰いでは明日は良い狩り日和になるだろうと寄子貴族と会話する。
ルワイの前方、騎馬の歩みが徐々に鈍りだす。
“ゴーーーーーーーン”
どこからか鐘の音が鳴り響いた。
遂には騎馬の歩みが止まり前方寄り軽装の兵士が駆け寄って来る。
「ルワイ様、前方に怪しきものが、二匹。一匹は鬼の牝、もう一匹は不明、何かの雄だとは思われますが奇妙でして。」
片膝をつき報告する兵士。
調度、退屈していた所に此の報告である。
「ふむ、見てみたいの。前進するぞ。」
兵に先導され騎馬群が左右に割れる中を下級貴族を引き連れ侯爵は悠々と進んでいく。
「ほう。」
左右を騎馬兵に挟まれ最前にて、それを見たルワイは小さく感嘆の声を漏らした。
遠目ではあったが雄らしき、それは顔髪に泥を塗りたくり、キラキラと輝く衣を纏っていた。
身丈は百八十程で体躯はガッシリとしている。
長さ二メートル程の槍の石突きを大地に突き付け仁王立つ。
何よりも目を引いたのは鬼人の男の様な容姿。
奴隷として、愛玩用としての若い鬼男の人気は高い。
奇妙な雄の横には、ありふれた鬼女一匹、奇妙な兜を被り手には鐘楼と木槌を持つ。
先程聴こえた鐘の音は、此奴かと納得する。
「珍しい獣よのう。生け捕りに致せ。陛下に献上しようではないか。」
“ゴーーーーーーーン”
ルワイの下知と鐘の音が重なった。
そして前方の兵達は、暫し動きを停め、その雄を観る事となる。
“我 此の地に住まう 八百万の神々が一柱
恵比寿 也 貴様等 我が口上を 聞けい ”
昇る太陽、晩秋の柔らかな午前の陽射しが降り注ぐ水涸れた峡谷の底に男の声が響き渡る。
“貴様等は神聖なる大地を無益なる血で穢した
それに飽きたらず 我に仕える巫女を殺めた
我 無知なる神にて 力無き神 也
我 無知にして無力の神 恵比寿が 此処に
奇跡を起こす也”
呆気にとられ男の言葉を聴いていた兵士達。
しかし次第に失笑が漏れだす。
只のイカレか。
やはり蛮地の物知らぬ獣よ。
役にたたぬ神とは笑わせてくれる。
「なかなかに面白い道化ですな。」
「ええ、ええ、是非捕らえて調教してやりませんとな。」
「うむうむ、良き獲物である。皆、傷はつけるなよ。此度は望外の土産ができたわ。」
ルワイとその周囲は今だ狩る側と余裕が崩れる事は無く。
“汝 神罰を受けよ
地獄の劫火に灼きつくされるがよい”
“ゴーンゴーーーーーーーン”
「ち、雨がふって、、、は?」
九百人の行軍、狭い隘路となっている峡谷の底。
行軍では無く行楽の列。
長く長く伸びきった隊列の中央で兵士は降り注ぐ僅かな雫に顔を顰め、次には、その匂いにギョッとする。
「あ?油か? い、いや、水だよな?雨だよな。」
サラサラとした灯油粒が降り注ぎ焦りだす兵士。
崖際の兵士がヒィィと叫んだ。
纏まった灯油を頭から被り恐れと共に見上げれば
崖上から油を撒く狼男と目が合った。
崖上からポリタンクを手にタンがニヤァ〜と笑みを向ける。
次には蒸留加工半ばの燃焼効率の高まった原油の雨粒が降り出す。
更には投げ込まれる松脂。
灯油36L 原油30L 松脂、獣脂、植物油若干。
「落ち着けえええい。少量の油だ。冷静になれば、どうという事は無いい!」
叫ぶ兵長、もろに頭から油を被ったものを除けば動揺も直ぐ様収まるかと思われたが。
“ゴーンゴーーーーーーーン”
またも鐘が鳴った。
アル峡谷に一足早い粉雪が舞った。
白、黒、黄色、茶色のサラサラとした粉雪。
硫黄粉末を吸い込んでしまった兵士が農兵が刺激に咳き込む。
咳き込みながら見上げれば崖上には百を超える狼男達が麻袋から粉末を谷底に向かって撒く姿が見えた。
それも両崖上からである。
兵士の一人が見上げた先では悲しそうな表情で麻袋からチョロチョロと白い粉を撒く狼男が見えた。
「ホウ!豪快に巻けえええ!」
葛粉を撒くことに絶望するホウを叱責するセンだった。
“ひぃぃぃぃぃぃぃ”
囲まれた!? 何だ!? この粉は??
突然の出来事と各種粉末で涙と鼻水で顔をグッチャグチャにし混乱をきたす隊列中央と周囲。
騒がしさに前列の多くの兵士、ルワイ、貴族達が後方を振り返る。
「なッ!?」
粉末煙る中央、崖上には数百の狼人に焦りだすも側近将官の言葉が皆の理性を引き戻す。
「大した被害はでておりません。ここは、まず落ち着かれるが宜しいかと。騒ぎも時期に収まりましょう。」
「う、うううむ。そうよな。」
「兵にもよい経験、訓練になったかと。」
気持ちを落ち着けようとしたまさに、その時。
“ゴーンゴーーーーーーーン”
またもや鐘が鳴った。
「「投げ込めえええ」」
「「投げ込めえええ」」
鐘の音の合図に左右の崖上でセンがホウがマクがタンが弓隊の皆に向かって叫ぶ。
皆が手にした火の着いた松の棒を峡谷に投げ入れる。
投げ込まれた松明。
落下の最中、大気を舞う粉に火が着いた。
大地に染みた油に火が燃え移る。
峡谷の底で苦鳴が連鎖する。
「ひぃぃぃ」
ある下級貴族はその光景に悲鳴を挙げた。
「馬鹿、、、な。」
ルワイ・ランシールは呆然とする。
視線の先で挙がる火の手。
将官はやられた、と小さく呟いた。
見事、火計にやられた。
混乱し右往左往し隘路を兵士、農兵が押し合い圧し合う、結果被害は拡大する。
損耗率三割に達するかもしれない現状に将官は青褪め撤退を覚悟した。
「あー駄目かぁ〜。」
視線の先、一瞬、粉塵爆発による炎塊が三箇所で上がったのを確認し失敗を悟ったマレ。
斜め後に立つユウへと顔を向ける。
「おーい、石斧、鐘、二回だ。」
「おーい?」
呼びかけるもユウからの返事は無い。
フルフェイスヘルメットを被り鐘と木槌を手にガタガタと身を震わすユウ。
マレは失敗だと判断した。しかしユウは、ユウだけでは無い。狼人も敵であるレキ国のルワイ達も現状に恐怖した。
百は軽く超えたであろう死傷者数。
彼等彼女等にすれば充分過ぎる戦果であったのだ。
「おいッ! 石斧女! 鐘! 二! 回!!」
「は! はひッ! はひッ!」
「しっかりしろよ〜。次ボケッとしてたらB地区引っ張るからな! プンスコ!」ヽ(`Д´)/
“ゴーンゴーーーーーーーン”
鐘の音
地獄の釜の蓋が開く。
「ホウ!皆!!伏せろッ!」
「おおっ!来るぞおおおお!」
「やるぞ! 全員気いいつけろおお!」
「皆あああ しゃがめええええ!」
左右、両崖上でセンがホウがマクがタンが叫んだ
両手に各一個握る紙包を峡谷の今だ火が燻る場所に向かって投擲する。
すぐ様に伏せる四人の狼人。
計八個の火薬玉が火中に放り込まれた。
峡谷全体が鳴動した。
破裂する火薬玉。
炸裂し爆発する。
爆発 爆風に飲み込まれる兵士、農兵。
隘路、左右は切り立つ崖。
巨大なエネルギーは前後と上へと向かう。
そして大地に積もった粉塵は爆風で巻き上がり
爆炎にて着火、発火した。
燃え盛る 此処は火炎地獄。
暴れ狂う大気が軍列前方後方へと押し寄せる
馬が嘶き暴れ騎乗者を振り落とす。
爆風 暴風に両足は大地を離れ吹き飛ぶ。
ああ、まさに人が塵芥の如く舞う。
空が青い。雲一つ無い。
耳鳴りがする。肺が酸素を求めあえぐ。
ルワイ・ランシールは落馬し重すぎた全身鎧の枷に大地に仰向け五体投地する。
馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な
何だあれは何だあれは、何なのだあああああ
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
死にたく無い
“ゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴン”
鐘が鳴る。忌まわしき音色の鐘が鳴る。
「おーい おーい 石斧ぉ〜」
ユウはその場にへたりこんだ。
眼前にには神罰の跡。
鬼人族が呼び出したのは神。
出来損ないなどでは無い。
「おーい マジ乳首つまむぞ! おーい」
真なる神をぞんざいに扱った過去に恐怖する。
眼前、立っている人族は皆無。
喚び出された地獄の劫火に灼かれた者達。
冥王 エビス
「くそ!」
「ひっ」
胸の痛み 気付けば 神が己の胸を抓りあげていた。
驚き神の手を振り払い、更に恐怖する。
「お お お お赦しを」
慌てふためくき地に額を擦りつけ赦しを乞う。
( ° д ゜) え?なんですのん?
(´・ω・`)セクハラしたら土下座されたでゴザル
「いや、あのよう、鐘叩け、連打♪連打♪」
「はははは はい! 今すぐに!」
“ゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴン“
“うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお”
鐘の音に呼応し全ての狼人が雄叫びを挙げた。
マレの後方、槍を手に白狼に率いられた男達が駆け出す。
崖上左右、重籐弓を握る男達が立ち上がる。
「蹂躙せよ!」
神騙る男が無慈悲な号令を下し自らも槍を握り締め駆け出した。
「狙うは大将首。」
瓦解した軍列、後方防具を持たぬ農兵に黒曜石の鏃矢が降り注ぐ。
大地を這いずるようにして逃げ惑う農民兵。
高所からの一方的な射撃は射てば当たる状態であった。
右翼センが、左翼マクが指示を出す。
全ては殺すな 幾らか見逃せ。
アル峡谷での惨劇をレキ国全土に伝える為に。
槍を手に駆けるマレ。
マレの後を追うハク。
ハクの後ろを狼人五十人が続く。
駆ける狼達、中には涙する者さえいた。
今日、この日より変わるのだと。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお」
吠える。マレは一際豪奢な鎧を纏い大地に倒れつつも藻掻き足掻く将に向かって槍を突きこむ。
開放されたバシネットヘルムの前面、突き入れた槍の穂先がルワイの歯を砕きながら口内奥深くへと侵入していく。
丸く肥えた体がビクンビクンと幾度も跳ねた。
「隊伍! 五人一組であたれええええ!」
ハクが叫ぶ様に指示を出しながら、ふらふらと足取りおぼつかぬ全身鎧の将校に、その剛腕にて槍の太刀打部分を叩きつけ吹き飛ばす。
全身鎧の将兵は爆風爆音にて馬から振り落とされた程度、精神的動揺は計りしれないが肉体は軽症。
対する狼人は防具など無い。
五人一組にて全身鎧の兵士を相手どり内腿や兜、鎧の隙間を狙い皆で幾度も突き刺す。
ルワイの兜を手間取りながらも取り外したマレ。
ベルトに差した黒曜石包丁を抜き取り絶命したルワイの首に当てる。
「くそッ なっかなか落ちねええ。」
返り血が手を腕をスカジャンをデニムを汚す。
ぼやきが漏れるが流石の切れ味を魅せる黒曜石。
包丁が折れると同時だった、ルワイの首が胴体を離れた。
血に汚れたルワイの金の長髪を掴み天へと掲げる。
「敵将、討ち取ったり!」
男の響き渡る討ち取り宣言。
此処が一つの区切りだった。
崖上の弓射が止む。
ハクと五十人の狼男は槍の穂を納める。
今だ息ある敵は去れ。
神罰が下ったのだ、生きて帰りこの惨劇を伝えよ。
前列、最前線、僅かに生き残った兵士が体を引き摺る様に南下していった。
その数は十人にも満たず。
最後尾に居た農兵の生き残りを合わせても百と生き残ってはいないだろう。
終えてみれば開戦から終了迄、僅かな時間であった。
昇る太陽は今だ中天に届かず。
正午を前にして決着した。
天降元年 11月1日
狼人族 308名 レキ国 1000名 (すいてい)
アルキョウコク にて げきとつ す
狼人族 てき を げきめつ し 勝利 す
太陽ノ昇ル連合国 正史




