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第45話 Never Let Me Go

 

 その日、ルワイ侯爵家、ルワイ・ランシール卿はマキウス砦を訪れていた。


「母上! 蛮地に獣狩りに行かれるそうで、私も連れていってください。」


卿の一人娘にしてマキウス砦の将軍職を務めるルルエールが駆け寄り同行を願い出る。


「ルルエール、お前には将軍としての務めがあるだろうに。ならん、おい、貴様、至急パプスを呼べい。」


 けんもほろろ、実母の素気ない返答に三十半ばのルルエールは歯噛みする。

 蛮地の獣狩りは大規模な狩猟、逃げ惑う獣人を追い立て殺す、生け捕るは貴族にとっての娯楽。


 小走りに駆け寄ってきた兵が敬礼する。

ルワイ侯爵様が応接室にてお待ちです。至急出頭するようにと告げられパプスは兵の前にも関わらず露骨に顔を歪めた。

馴れたものなのか伝令の兵士も苦笑する。

マキウス砦の副官を拝命してはいるがパプス・ルブールの仕事は馬鹿ボン(ルルエール)の子守とルワイ侯爵家の雑用係であった。


「パプス・ルブール、お呼びにて参上致しました。」


 三回のノック、扉を開け恭しく一礼するパプス。侯爵と娘の将軍は砦の豪奢な応接室の柔らかなソファーに深く身を沈めふんぞり返る。


「パプス、蛮地にて獣狩りを行う。私の騎兵三百、あとは農民共を五百程徴兵しておけ。兵站の準備も抜かり無くな。期間は一ヶ月弱だ。私はタリア産の高級ワインしか飲まんぞ。ワインに合う極上のツマミもな。いつもの寄子共も呼ぶからな。私に恥をかかすなよ。」


 侯爵の一方的な宣言に、ハッと一言返し恭しくしく頭を下げるパプス。

しかし伏せた顔の下で目元がピクピクと痙攣する。


 この、おデヴがッ! 一ヶ月、北の地で狩猟だ?兵站だけでも余裕を持って見積ったら千人弱じゃねーか!?

 それをマキウス砦の関所税収で賄えってか!?

頭沸いてるだろ! 


    ( # °д°) 蛮地で逝ってヨシ!!


 今も侯爵の対面にてルルエールが私も私も蛮地狩りに、貴様はパプスと留守番だと母娘が言い合いを演じているのを無視し退室するパプス。


 パプス・ルブールは有能、優秀であった。

全ての準備を整え二週間後、総勢九百名の軍がマキウス砦を出発した。






 その日も朝からハク達、若衆、子供達に勉強を教えるマレ。

授業を昼前に終え、そろそろかと考えアイに話しをする。


「アイちゃん、今迄の授業、ケイ達に教えた事を年長組の皆と相談しながら和紙にまとめてくれるかな。今後、下の子達が学ぶ為の教本作り。」


「はい、マレ様頑張ります。」


元気良く返事をする少女の黒髪頭を撫でれば、アイははにかむ。

 各仕事場周りをしてくると告げ場を離れていくマレ。


 浜辺では大工仕事にれてきた者達数人を集め舟を造らせていた。

 いよ〜どうよ?と片手を挙げ気さくに話しかけるマレ。

皆もまた手を挙げ返し、休憩するかと作業の手を止めた。

砂浜に車座になり進捗状況を尋ねる。

冬場のうちには仕上がりそうだと反応が返ってきた。

「そっか〜、あとは数が欲しいよな。」

建造中の舟は二十人程で櫂を漕ぐ、日本の昔々でいうところの小早舟、まだ荒削りで未熟な出来ではあったが筏や丸太舟で漁をしていた狼人族からすれば大進歩、大躍進であり、初の大型舟である。

 設計、作業手順書作製はマレ。

彼等は狼人族、造船職人初代親方となり様々な事務仕事はマレの授業を受けた子供年長組が担う。



「マク、皆さん、お疲れ〜ぃ。子山羊ちゃんど〜よ?」

次にマレが訪れたのは家畜小屋。

マクと狼族婦人部有志が家畜の世話をする。

生まればかりの子山羊の世話をしながら


「問題無く育ってるよ。母山羊も飼葉与えて乳のでも悪くない。」

「そうか〜、だが山羊から採れる生乳の量はたかがしれてるしな〜。やっぱ牛乳よ。牛は今後も買い付けたいし、鶏は数をもっともっと殖やしたいな。」


酪農と養鶏。各家庭で鶏を飼い卵を食せるようにしたいと語るマレと頷くマク。

二人の想いは同じであった。


「家畜の世話に馴れたら次は羊も欲しいな。」

「へ?羊って。」

「毛の長い山羊を想像してくれ。羊毛って言ってな、服や布にできるぞ。で歳くってきたら食べる! ジンギスカーーン!」


マレの説明にマクは口をポカンと開け羊のいる未来に想い馳せたのだった。




「チヨさん、お疲れさまース。今日も可愛いっすね。あ、当然他の皆さんも。」

鍛冶場に入り今日も軽口を叩くマレに、私等はおまけかいなと職人のおばちゃんから突っ込みが入り皆で笑い合う。

マレはタンに近寄ると耳打ちする。


「そろそろ火縄銃の試射ができそうだ。鉛玉造っておいてくれ。」


男の言葉にタンは体毛を逆立て身を震わせた。

遂に、遂に、この時が来たかと。


「火薬は貴重だ、そうポンポンとは撃てん。耐久試験を経て問題なければ()()を加える。」



 村内を一周し皆に声を掛け終え一息つく。

「三割達成てとこか。一年、あと一年あれば形になる。そうなれば、」

独り呟き作業小屋へと足を向けた。




 陽が傾き始めた午後。

実験作業小屋での仕事を終えて片付け始めた時だった。

忙しない足音、次には小屋の扉は勢いよく開き足をもつれさせた少女アイが室内へと転がり込んだ。


「マレ様ッ マレ様ッたた、たいへ、大変なななんですッ。大変ッ!!」


 息を切らせ言葉にならない声で大変を連呼する少女、床に蹲る彼女に近づき、そっとその肩に手を置き男は柔和に微笑する。


「落ち着いて。大丈夫。ゆっくり、息を吸って、、、吐いてぇ〜。何を言うべきか、伝えるべきか一度頭の中で整理して。焦ら無くていいから。」


 アイは言われるままに呼吸を整える。

しかし、口から言葉はでてこず。思い余り少女の褐色の小さな手が、細い指が男の腕掴み引く。

ヨタヨタと立ち上がる少女に引かれ小屋をでたマレが見たものは。


「燃えている?」


 幾筋もの黒煙が茜色の空に立ち昇る光景。

そこは鬼人族の集落が在るはずの場所。

 次句を言えず言葉に詰まる男。

男の腕を掴む少女の手から伝わる震えにハッとし意識を現実へと引き戻す。

アイへと視線を向ければ、明らかな怯えに惑う瞳。

 マレは自分自身が冷静になるべきだと数度深呼吸を繰り返す。


「わかった。見てくるからアイは初やミミ、ミウ、皆を連れて海浜の村に避難しなさい。ハクに事情を伝え、族長の指示に従う事。ロレ国の皆さんとローレン王女には本日で仕事は終了。すぐに荷物をまとめて帰国して頂いて。」


 神、恵比寿の指示。

少女は不安そうな表情を拭えぬままに口を開く。


「姉さんが! ニケ姉さんが鬼人の集落へ行ってしまったの!」


 動揺に心臓がドクンと跳ねた。

大丈夫、大丈夫だと自分に言い聞かせる様にアイへと告げ、ケイ、シウ、サジ、初、ミミ、ミウを集め子供達を送り出す。

 自身は弓と矢筒を背負い原付のエンジンを始動させた。






 十月末日。もう寒くなり始めた頃だ。

陽が落ちてしまう前にと鬼族者達は、この秋獲れた僅かな米を煮炊きする。

 その日、鬼人族若衆筆頭のユウもまた脱穀を終えた玄米を素焼きの土鍋で煮ていた。

周囲では遊び駆け回る子供達。

何気無く横を見た。

見えた。そう自然の中で暮らす彼女達の視力は良い。

 それは見えた。


 舞う土煙。

 全速で駆ける馬の群れ。

 騎乗する黄金の鎧兜。


「皆ああああ 逃げろッ! 森へ森の中へ逃げ込めえええええええッ」


 ぐんぐんと近づいて来る馬影。

 悲鳴の様に叫ぶユウ。

 茜空、大地に長い長い影が伸びる。





 偵察斥候の騎馬隊三十騎。

皆が皆、馬上槍を握り締め青銅の鎧兜に身を包む。


「隊長、よろしいんですか!」


時速二十km。全速で駆ける馬上から部下が大声で叫ぶ。


「構わん!構わん! 少数で数百匹の鬼共を蹂躙できるのだぞ。貴様も楽しめ!」


 先行偵察の任。しかし本命、本番は更に奥地に住む獣人達。

軽い、一当てなど瑣末事。

 騎馬突撃にて鎧袖一触、鬼人達は蜘蛛の子を散らす様に逃げまわるを隊長は良く識っていた。

 そうこれは、狩り、狩猟なのだ。


「見よ! 生意気にも畑があるぞ! 踏み荒らせ! 獣小屋に火を放て! 蹂躙せよ! 者共! 雄叫びをあげよッ!!」


  “YAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH”


 




 土で固めただけの粗末な壁に小枝や枯れ草を乗せただけの屋根。

竪穴式住居に次々と火が掛けられる。

逃げ惑う数百人の鬼人達は森を目指し駆け出す。

 疾駆する騎馬が追う。

ある者は槍の柄にて強打され、ある者は馬の蹄踏みつけられ、蹴り飛ばされ血を流しぐったりと力無く倒れこむ。

そこかしこで悲鳴が挙がった。

僅か三十騎。しかし、その突進力と鉄製の槍に対し鬼人は、余りにも無力であった。

 石の猟具、農業具しか持たぬ彼女彼等。何よりも人族に刷り込まれた拭いきれぬ圧倒的な恐怖。

 襲われたならば逃げるが最良と幼き頃より経験

とう名の教育を施されてきたのだ。


 鬼人族、若衆筆頭ユウは動けなかった。

逃げようとして足を止めてしまった。

視線の先には隣に住む幼き姉妹。

姉妹に向かって突進して来る騎馬一騎。

恐怖に動かぬ体、只叫ぶ。


「レミ!ミレ! 逃げてぇぇぇぇ!!」


レミとミレ、迫りくる騎馬兵。

ユウの横をすり抜け駆けていく女が一人。


 レミとミレに飛びつき抱え幼女二人と共に大地を転がる女。


 討ちもらした獲物。馬上の兵は手綱を引き馬首を返す。


 “らぁぁぁぁぁ”


 挙がる雄叫び。

 突きこまれる槍。


「撤収するぞおおおおッ!」

斥候隊長の号令が響き渡る。


「なんで、、、あんたが。」

蘇る過去の記憶、走馬灯。

「ユウ」「ニケ」

互いの名を呼び合い無邪気に遊んだ幼少の記憶。

彼女の母親が早くに亡くならなければ、また違った未来があったのだろうか。





 宵闇を原付のヘッドライトが照らす。

男が駆けつけた時には全てが終わっていた。

今だ煙が燻る集落。転がる鬼人の亡骸、数十。

力無く項垂れ座り込む鬼人、数十人。


 原付を停め周囲を見廻し気付く。

早まる動悸、脳から引く血の気にふらりとし目の前が暗くなる。


「ニケ」


 ひと目でわかった。

鬼人の女に膝枕をされロレ国で購入して与えた綿の服を着た鬼人の女が横たわる。

 ふらつく足取り、しかし早足で近づき彼女の傍らで両膝をつく。

 隣りで泣く幼い姉妹を気に掛ける余裕は無い。

ニケを膝枕し、ごめんなさい、ごめんなさいと呟く女に気を回す余裕もない。


「ニケ」


「マレ  様 で す か」


 か細く男の名を呼ぶ女。


「遅くなった。すまない。帰ろう、みんなが待ってる。夕飯は俺が作ってやるぞ。」


「暗い です ね 今日 は とて も 寒い」


 彼女の言葉にマレはユウから奪うかの様にニケを両腕に掻き抱く。


「あたたかい」


力無く挙げられた右腕が宙空を彷徨う。


「マレ さ ま どこで す か」


「此処だ、すぐそばに居るぞ。」


 彼女の手を取り自身の頬にあてる。

 彼女の血塗れの掌が男の頬を汚す。

 彼女は僅かな力で男の頬を撫で。


「しばらく このま まで 起きたら ご飯 つく」


 彼女の血塗れの冷たい右手を熱い雫が伝う。

 彼女の体から温もりが徐々に消え去る。

 

 彼女の頬に男は頬を寄せる。

 彼女の血塗れの頬を熱い雫が伝う。


 月下。

 最愛の家族を抱きしめ、稀人は慟哭した。


 




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