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第39話 西方交易路 蛮地と呼ばれし我等が大地

 

 馬車、家畜の牛と山羊、馬車の編成にてロレ国内を商隊は進む。


ホウは牛につけられた綱を牽きながらニコニコ顔で山羊複数を先導するマレに尋ねる。

「この牛?食べるの?美味しいの?」

狼人にとって最高の娯楽の一つは食である。故にマレは先に残念なお報せから伝えておく。

「当面は食べれません!食べたら美味いけどな~。」

 山羊、牛更には鶏。当面の目標は繁殖させる事。育て増やす、畜産、酪農、更には牛による耕作補助を説明するマレ。

 同様に家畜を牽くハク、セン、タン、マクも男の話しに耳を傾ける。そして旅路の雑談がてらの質問と回答時間。


「なあ、こいつ等の食事はどうすんの?」

「牛と鶏は大麦を与えつつだな~。貝殻、海藻粉末、昆虫、魚の捨てる部分を粉末にしてを食わせる。更に山羊、牛は雑草を与える。」


鶏卵と生乳が如何に素晴らしく、今後の生活が如何に変わっていくかを力説するマレだった。






 一行の歩みは遅い。しかし小国ゆえ領土の狭いロレ国。

夕暮時にはロレ国北端の村へと入った。

村の北には村人が薪集めに通る程度の放置され荒れた旧道が一本残るのみ。

この先、山と山に挟まれた隘路を抜ければ蛮地に入るはずである。


 村長自らの出迎え。

本日は一晩、村長宅に世話になると告げるローレライ。

 腰を折り丁寧に王女を出迎える老婆、村長の家族に続き、少ない数だが村人全てがローレライに挨拶に来る。

王女様御一行、御歓迎。

村人に馴れた様子で話しかける王女の姿は、どうやら毎度のことらしい。

 翌日、見送りに来た村人の前でローレライは村長に謝礼金を渡し礼を述べた。

その額、銀貨十枚。碌な収入源を持たない辺境の村人にとっては大金。

何時でもいらしてくださいと深く頭を下げる村長。村人全員が手を振り商隊の荷馬車を見送った。



 暫く進み村が視界から消えた時分。山羊を追いながら荷馬車を操るローレライに声をかけた。


「村人の、国民の、ロレ王家への信頼、厚いな。」


初めてのロレ国領内、自分の眼と耳と肌で実感した現実リアルを、そのままに伝える。

男の褒め言葉が気恥ずかしかったのだろう。

ローレライはぶかぶかなベレー帽から覗かせる紅髪を掻き上げる。

数瞬の照れ後、気持ち切り替えハハハと笑いドヤ顔を男に向ける。

マレもまた、フッと吐息し微笑と共に答えが解っている質問をしていく。


「なあ?謝礼など支払わ無くとも長老も村人も滞在を歓迎してくれただろ?」


問われたローレライは前方の荒れた旧道を見据え、手綱を握りながら、なんだ?そんな事か?とでも云う風に。


「行商の経費をどんだけ切り詰めてても、ロレ領内では、お金を落とさなあかんのや。此れはきた金や。長老も分かってくれとるで村の為に使ってくれる。」


少女の言葉にマレは拍手で応えるとローレライは釈然とせず男に半眼を向けるがマレはにこやかに。


「素晴らしい経済観念。国を纏め率いていく者として、実に正しい。」


拍手と共に真面目な表情でのたまう男に少女は思わず脱力し眉をハの字に下げ。

「そやな。」

当然と思い、今迄、行なってきた。

国民から感謝の言葉は幾らでも聞いた。

初めて、外国そとくにの、それも男に褒められた。

気恥ずかしさに前を向き直り、眼深に帽子を被る。

 想いもよらず、口から零れ出た言霊。

「あほう。」

照れと愛しさに悪態をつく。

その言葉が男に聴こえる事は無い。






 蛮地へと続く道へと入る。

左右を鬱蒼とした森に挟まれる、荒れた道。

道の状態を注意深く観察していくマレ。


「なあ?此処らへんに山賊でたりしないのか?」

「居らんやろ。まずロレ領内に賊が居らへんし、更に北とか山賊商売も成り立たへんで?」


 ロレ国民は貧しい、しかし国民皆が食べて生ける生活の結果ゆえ賊に身を貶す者は極稀。


「この街道名は?」

「無い。正確には分からん、昔々の旧道の名残りとしか分からんのや。今は誰も利用しとらん。」


 踏み固められた土を突き破り所々に生える雑草、嘗て此処が道であった名残。


「では、ロレ国との要、外要道と呼ばせてもらうか。」


外要道か、とハク等五人も納得し後にロレ国と狼人族により此の道は外要道と正式に命名された。


「資金に余裕ができたら此の道の整備もロレ国に依頼だな。」


陶器、陶磁器、香辛料で得た外貨にてロレ国にインフラ整備、公共事業を依頼する。

持ちつ持たれつ、両共同体による依存関係。

弱者の生存戦略と蜜月。

小国と一部族が急接近していく。

この小さな変化が後に大陸を巻き込む大きなうねりを生むことになろうとは、まだ誰も気付いていない。






 陽が落ちると共に街道脇にて野営をする。

「この先、山間の道抜ければ平原出るはずや。

ここ迄で、ざっと半分か?明日からは緩い登りになるで。」

夕食後の話し合い。ここ迄での道程のメモをとるマレ。

この後、夜間の見張りを自分と狼人で先に担当する旨を告げロレの面々を先に休ませた。


焚き火を囲み、何時もの野草茶を淹れメープルシロップを加え皆へと配り確認したかった事を尋ねる。


「ケイ、シウ、サジは狼人族の集落について、レキ国が蛮地と呼ぶ場所について、どこ迄識っている。」


レキ国奴隷市場で身請けした狼人の少女、ケイとシウ。男児、サジに詳しい身の上を尋ねる。

三人は生まれた時から奴隷であった。

知識、情報の類を与えられるはずも無く、北に土地がある事、同族が住む共同体が存在する事も識りはしなかった。

そして核心部分はハクとセンが語った。

狼人族は昔から、あの地に住んでいる。

あの地は蛮地でな無い。

ましてやレキ国の土地では無いと怒りと共に話す。

 自分達が子供の頃は、もう少し集落の狼人の数も多かった。

多分だが千人は超えていたはずだと。


「奴隷にする為に狼人を捕らえに来る者がいるんだな?」

「いる。秋頃。去年は来なかった。一昨年は来た。来たり来なかったり、理由は分からん。」


黒くテカる鼻先に皺を寄せ犬歯剥き出しにて苦々しい表情で答えるハクにマレは小さく頷き。


「成る程な。初めて俺と会った時、あの警戒心と威嚇も納得だ。」

「マレは、、、違う。違うよ。」

「うん、マレのことは好きだ。」

「同族以外の者から何かをしてもらったのは初めてだった。」


ホウ、マク、タンの言葉にマレはフッと頬を緩め。


「いや、責めてる訳じゃない。それに、ローレライやロレ国のような立場、立ち位置の人族がいる事も理解してもらえただろうしな。」


皆が頷くのを見て、今回のロレ国訪問の意義は充分にあったと確認し話を戻す。


「一昨年の襲撃に狼人は、どうしたんだ?」

「鬼人の集落から大規模な煙が見えた。気づき皆で山に入り北上した。村は焼かれたが皆は無事に済んだ。」


センの説明にマレは顎の剃り残した無精髭を撫でながら納得の表情で。


「で、その後、鬼人族の儀式とやらで俺が呼ばれたわけか。当面は今年の秋、襲撃があるか否か、情報収集が必要と。」


()の人数、武装はと問うマレ。

センは子供の頃の記憶だと前置きし。


「馬に乗りが数百。槍持ちが千を超えて、、、んー、千の十倍?万はいなかった。五千かと。」


算数の授業で習った数を思い出し説明するセン。

マレは真剣な表情で聴き入り今後の予定を決めた。


「ローレライにも頼んで行商中に情報を集めてもらう。俺も夏の終わりにレキ国に一度入ろう。」

「Brotherマレ、頼りにしている。」


真剣な眼差しで見つめる白狼に義兄弟は口端を吊り上げ笑み返す。


「帰ったら槍の穂先打つか。出来て五十てとこか。」


足りない玉鋼、この秋を乗り切れば余裕もできるかと思考する。


「重籐弓がある。次は必ず守る。」


普段、慎重冷静なセンが口にした決意。

狼男若衆皆が一人一張の重籐弓を所持し、暇があれば狩猟にて日々腕を磨いている。

口に出さずとも狼人の若い世代皆がセンと同様の思いであった。

次こそは、必ず。


「なあ?何故、人族は村を焼いていくかわかるか。」


マレなりの確信を持ち、義兄弟に尋ねる。

「逃げられた腹いせでは?」


村を焼く理由。

深く考えた事が一度も無かった彼等を代表しマクが答えマレは否定する。


「彼女達、人族は貧弱、とても弱い存在だからだよ。」


マレの端的な言葉は五人には理解できずタンが答える。


「昔々は狼人の大人達でも戦いを挑んだらしいよ。で、勝てなかった。」


「いや、貧弱だ。タン、お前、人族と一対一で殺し合いして負けるか?」


その問いに、この場の誰もが首を横に振り否定する。

一対一の殺し合い、自分達が負ける要素が見当たらない事に気付かされる。

マレは言う。

それは鬼人、虎人も同様だと。


「集団戦闘でも同様だ。同じ武器、同じ防具。同じ人数で同じ能力の指揮官に率いられれば狼人が必ず勝つ。」


人族は狼人、虎人、鬼人に対し圧倒的に身体能力で劣っている。

ましてや男女比の大幅な偏りで繁殖力も劣っている。


「だから()()()んだよ。衣食住を得れば焼くんだよ。文化、文明、知識を持たせない。持つ前に焼き払う。」


何故に狼人に教育を施し、弓を作らせ、鉄を打たせ、農業をさせるのか。

弓一張、鋼の槍一本、狼人の文明を二年足らずで千年以上進めた神騙る男の真意を彼等は知る。






 荒れた道、緩やかな登り坂を進み続けた。

目の前、その光景にマレは感嘆におおと声を漏らす。

 視線、遠く先は草生い茂る平原。

その手前から今、マレ達が立つ眼前迄、山脈と山脈の切れ目が両側で断崖絶壁を形成していた。


「天祐。」


天然の関を前にまろびでた言葉、天は我に味方したと。

男の頭の中でいくつもの計画が立ち上がる。

「ローレ、暫くここで休憩したい。」

「あいよ。」

馬車を停め、牛、山羊に草を食ませ、ハク達を伴いマレは周囲の地形把握に努める。






 平原が茜色に燃える。

本日の野営地で遠く山々に沈む夕陽に照らされる平原を前にする元奴隷の狼人三人。


「ケイ、シウ、サジ。わかるか、この地、この大地の先には、お前達の祖先が住んでいた。今、帰って来たんだ。俺は誓おう、お前達に奴隷以外の生き方をさせると。」


マレが指差す先には広大な森と息吹山。

ケイ、シウ、サジが見つめる先には狼人の集落、隣に立つハクが決意を胸に続く。


「我もここに誓う。祖父母、曾祖父母、我等が全ての祖霊に。」


続き誓いを立てるセン、ホウ、マク、タン。

 我等が大地。

そして誰からともなく掌を掲げた。


  “「HEY BROTHER」”


互いに手を叩き合う乾いた音が茜に燃える平原に響きわたった。

時代が動く。星火燎原。大地の誓い。

 

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