公爵令息
8話一時間毎に投稿です(7話~14話の13話目です)
キーマラス女公爵ヨシュアには三人の息子がいた。
長男アーサー・十八歳は、祖母ナイダの金髪の髪に父カール譲りの瞳をしている。成人しており騎士として軍に所属していた。国境の警備に行っているが半年間の任務が終わるため、もうすぐ帰ってくる予定だった。
次男ケルサ・十五歳は、父カールの栗色の髪に母ヨシュアの緑の瞳をしている。十五歳になる年から十七歳になる年まで通う学園のもうすぐ二年生になる。
三男イリウス・十二歳は母ヨシュアの蜂蜜色の髪に祖父ランスの青い瞳をしている。寄宿学校を今年卒業し、来年からは騎士見習いとして修行に入ることになっていた。
その三男イリウスは今の状況に困惑と戸惑いしかなかった。
マクラシミン家の客室で肩身狭く祖父母が母ヨシュアに叱責されるのを聞いていた。
母ヨシュアが怒るのは仕方がないとは思う。その怒る理由も十分理解できる。次兄ケルサも冷静に見えるが今回のことを凄く怒っている。イリウスも今回のことには思うことはあるが、それよりも聞いたのと違う話に戸惑っていた。
始まりは突然の従妹の訃報だった。キーマラス家にとってマクラシミン家の双子の従妹は可愛い妹で癒しの存在だった。可愛いが我が儘で勝ち気なミアと大人しく甘え下手なノア。そのノアが事故で死んだという報せだった。
急ぎ弔問に訪ねたマクラシミン家では葬儀の準備の真最中だった。至るところに死者を偲ぶ白い花が飾られ、本当にノアが死んでしまったことを教えていた。
マクラシミン家当主ガリレイに挨拶をした時、イリウスの目はガリレイの隣に立つ少年に釘付けになった。それは従弟のカイルと同じ顔をしていた。だが、カイルはイリウスと同じ蜂蜜色で、イリウスよりも濃い青色の瞳のはすだった。カイルと同じ顔の少年は銀色の髪に青みがかった銀色のとても冷たい瞳をしていた。そしてなによりその少年が醸し出す冷たい雰囲気はカイルと正反対だった。
「カイル、部屋に行っていなさい」
「はい、父上」
カイルと呼ばれた銀色の髪の少年の声を聞いて、イリウスはブルリと体を震わせた。イリウスの知っているカイルと同じ声だけど全く違う。カイルの声は体の奥が冷たくならなかった。
ヨシュアたちに一礼して部屋を出ていく少年にイリウスは声をかけられなかった。
「…、彼はカイルなのか?」
ヨシュアの問い掛けにガリレイが頷いている。その理由はここでは話せないようだ。
弔いの挨拶をして後は当主同士の話になり、イリウスたちもヨシュアを残して部屋を出ることになった。父カールは長兄アーサーと入れ替わるように国境の警備に旅立ったばかりでいなかった。その長兄アーサーはまだ戻って来ていない。次兄ケルサはノアの死を知ってから不機嫌で一緒に居たくなかった。イリウスはノアの双子の姉ミアの所にいくことにした。ミアには叔母のラミラが付き添っており、二人ともノアの突然の死に憔悴しきっていた。そこでイリウスはノアの事故の真相を知った。涙ながらにラミラが語る内容にイリウスは怒りを募らせた。
泣き出したミアを同じくナミダを流したラミラが必死に慰めている。祖父母が部屋に来たこともあり、イリウスは部屋を飛び出した。そして抱え込んだもやもやとしやものと一緒に吐き出した。
何かおかしい。
イリウスが最初にそう思ったのは、葬儀が行われる墓地に出発する時だった。ノアの母親のラミラと双子の姉ミアが葬儀に出席しないと聞いた時。ミアの体調が悪いかららしいけど、それならミアだけ欠席するのが普通じゃないか、と。
葬儀の途中で祖父母がいなくなった。ラミラが急用だと呼び屋敷に戻した。ミアの具合が悪くなったのかと思ったけどそうではないみたいで。すぐ戻ると言ってその場を離れた祖父母は最後まで帰ってこなかった。祖父母がいなくなってから少し経った頃だった。まだ葬儀の途中だというのに参列者たちが次々と馬車で去っていったのは。ラミラか祖父の名前で去っていく。ヨシュアの所にも喪主のガリレイの所にもラミラや祖父からの使いの者が来ていた。
まだノアの葬儀中なのになんで?
最後の別れの時には簡単に数を数えられるほどにしか参列者は残っていなかった。
カイルがラミラとミアの分の花を足元に捨てた時、イリウスは足を踏み出した。が、ケルサにがっしりと肩を掴まれて花を拾いに行くのを諦めた。来られない二人の花を捨てるなんて、カイルは見かけだけじゃなく心までも冷たくなってしまったんだと実感した。
「母上、あの花を使うのは癪ですが」
「後で詫びをいれる」
小声でヨシュアとケルサが話をしている。ケルサが参列者たちが返していった花が入った篭を持ってきて、ヨシュアが花を取るとノアの棺に向けて投げ入れ始めた。
イリウスもヨシュアに負けじと花を投げ入れようと棺を見て愕然となった。ノアの小さな棺は、花で埋もれているはずの棺はその黒い色ほとんど見せていた。こんなことがなんで許されるのか、分からなかった。参列者たちがラミラたちに呼ばれなければ棺は花で埋もれていたはずなのに。
何もかも訳が分からない。
それはマクラシミン家の屋敷に着いても続いた。聞こえてくる軽快な音楽、楽しそうな笑い声。まるでパーティーでもしているかのよう。
ヨシュアとケルサの機嫌がまた一段と悪くなった。屋敷の中に入り出迎えた使用人たちに話しかけたヨシュアたちを置いてイリウスは祖父母たちがいるであろう大広間に急いだ。怒っているヨシュアたちの側には怖くていたくない。
大広間に着いて…、イリウスは目を疑った。墓場に向かう前はノアを偲ぶ会場としてそのように準備されていた。ノアの肖像画にノアの好きな物や思い出の品が飾られていた。目の前に広がるのは、本当に華やかなパーティー会場だった。そしてノアに通じる物は一つもない。そして祖父母もラミラもミアも誰も彼も楽しそうに笑っている。ミアは体調が悪かったのではないの? そのミアが心配だからノアの母親なのにラミラは葬儀に出席しなかったのではないの? 二人ともノアの死などなかったようにこの場違いなパーティーを楽しんでいる。
雰囲気に戸惑いながらも祖父母の元に急ぐ。こんなのおかしいと言いたくて。
「イリウスお兄様」
可愛く着飾ったミアがイリウスを見付けて駆け寄って来た。
薄紅色の可愛いドレス、晴れの日にぴったりな、喪に服すには場違いなドレス。
「可愛いでしょ」
クルリと周るとドレスの裾が広がり、花びらが舞っているように見える。そして期待に満ちた目でイリウスを見てくる。何を言わせたいのか分かる。けどそれはノアの葬儀の日にふさわしい言葉?
「…ああ、可愛いね。けど、なんでそんな服を?」
「カイルお兄様が戻ったらお祝いなの」
無邪気に笑うミアを知らない者のようにイリウスは見てしまう。
お祝いって、何の? ノアが死んだばかりなのに?
「来たか、イリウス」
お酒の入ったグラス片手に祖父がご機嫌で声をかけてきた。
「…お祖父様」
「どうした? 変な顔をして」
笑みを浮かべた祖父の顔をマジマジと見てしまう。
「ノア…、ノアの…」
棺に乗った花が少なったんだ。みんなお祖父様たちに呼ばれてしまって、花を送る人がいなかったんだ。
そう叫びたいのに声にならない。みんながあまりにも楽しそうで、そう言ってしまうと雰囲気が悪くなりそうで。
けれど、ノアの名前で祖父の顔が強張った。大広間を見渡し大きな息を吐き片手で顔を覆ってしまった。
「なんてことだ…」
遅すぎる呟きが聞こえた。
コツコツコツ
足音を響かせて近づいてくる影に祖父が顔を引き摺らせた。
肩を怒らせたヨシュアが、目尻を吊り上げたケルサがまっすぐに祖父に向かって歩いてくる。
やっと不似合いな音楽と笑い声が止んだ。
「あなたは何をしにここに来たのですか?」
怒りの籠った問いをするヨシュアにイリウスは自分に言われているわけではないのに隠れるようにその身を小さくしてその成り行きを見守っていた。
床に転がったイリウスは痛む左頬を押さえた。戻ってきたばかりの長兄アーサーが鋭い目でイリウスを睨み付けていた。
ノアの死を知って馬を飛ばして帰ってきたアーサーはつい先ほどマクシミリアン家に着いたばかりだ。ガリレイに挨拶をして、すぐにこの部屋に来た。イリウスの顔を見るなりいきなり殴ってきた。
「お前、カイルに言ったそうだな」
イリウスはビクッと体を震わせた。ラミラとミアの話からそうだと思った。カイルがどうしても家族で出掛けると拘ったからノアがあるかどうか分からない月の水を探しに行って怪我をしたのだと。
「カイルのせいでノアが死んだ、と」
ヨシュアは首を横に振り、ケルサはわざとらしく大きく息を吐いた。
「だ。だって、ラミラ叔母上が…」
「ああ、あの叔母上ならそう言うだろうな」
アーサーはイリウスを殴った右手を振りながら、哀れむ目をイリウスに向けていた。
「お前がカイルと一番仲がいい。お前にそんなことを言われたら!!」
イリウスはその言葉に眉を寄せた。あの冷たくなったカイルは、イリウスが何を言っても眉一つ動かさなかった。「そう」とだけあの冷たい声で言ってイリウスを置いたまま自室を出ていった。
「あのカイルは何とも思ってないさ」
墓地でラミラとミアの花を捨てたカイル。大広間で堂々とラミラを拒絶したカイル。イリウスは言えなかったのに。こんなパーティーおかしいと。




