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月のみず ー心を凍らせた月の騎士と陽だまりの娘  作者: はるあき/東西
二章 葬儀
12/14

老夫妻の後悔

8話一時間毎に投稿です(7話~14話の12話目です)

「父上、母上、何故あのようなことを」


マクラシミン家の客室でキーマラス前公爵ランスとその妻ナイダは身を小さくしていた。

 情けないと首を横に振りながら問いかけてくるのは、二人の長女であるキーマラス現公爵ヨシュアだ。ランスと同じ蜂蜜色の髪が左右に揺れている。ナイダと同じ緑の瞳には呆れた光が宿っていた。

 その問い掛けにランスもナイダもうまく答えることが出来ない。二人ともヨシュアと十歳離れた次女ラミラを溺愛し、その願いに嫌とは言えなかった。


「あなたたちは、ノアの死を祝ったようなものですよ」

「「私はそんなつもりは」なかった」


 ランスもナイダもそんなつもりは全くなかった。ただ、悲しむ娘ラミラを慰めたかっただけで。だが、今考えるとやり過ぎていた。そう言われても仕方がないことをしてしまった。



 葬儀の途中でラミラに呼ばれた時、用事が終われば墓場に戻るつもりでいた。ノアも可愛い孫娘だ。最後の見送りはきちんとするつもりだった。

 マクラシミンの屋敷に着くと、ラミラは使用人が仕事をしないと訴えてきた。ガリレイが使用人たちに大広間はラミラが何を言っても変更するなと言いつけてあったらしい。


 ラミラは大広間の正面に飾られたノアの肖像画が見るのが辛いと泣いていた。偲ぶ会もあり、肖像画が必要性なのは分かる。だが、小さいのに変えるくらいはいいだろう。無理矢理使用人たちを動かし肖像画を退かせた。ノアとの思い出の品も見たくないと言うから、厳選して少しだけ並べることにし一旦片付けさせた。飾ってある花が寂しいというから、色とりどりの鮮やかな花に変えさせた。静かすぎるというから音楽家を呼び、寂しいというからラミラに友達を呼ばせ、気がついたら盛大なパーティーが始まり酒を片手にしていた。

 肖像画はランス自ら選ぶつもりだった。選びに行こうとする度にラミラに新しい頼み事を言われすっかり忘れてしまった。思い出の品もそうだ。箱に入れて片付けたが、その箱が人が増えて邪魔になってしまったから、他の部屋に移動させたら忘れてしまった。忘れないようにその箱を大広間に置くよう指示したのは他ならぬランスなのに。

 ラミラを慰めるのに懸命になりすぎて、優しいノアなら少しくらいなら許してくれるだろうと免罪符にしていた。これくらいならとラミラの要望を聞いていた。いつの間にかノアのことが抜け落ちてしまっていた。


 今思えばどれだけ間違っていたのがランスもナイダもよく分かった。だが、あの時はどんどん明るく元気になっていくラミラの姿が嬉しかった。


「だが、ラミラはノアのためだと…」


 ランスの言葉にヨシュアは呆れた表情を崩さない。


「なら、どうして墓場に来なかった? 母親として見送るのが一番ノアのためだろう」

「そ、それは、辛いと言って…」 


 ナイダが庇うように言うがそれをヨシュアは大きく息を吐いた。


「辛い? そうだろうな、自分が見殺しにしたのだから」

「ヨシュア!」


 ランスが立ち上がってヨシュアを睨み付けた。


「言って良いことと悪いことがあるぞ。ノアは事故だった。悪いのはノアに付いていなかった侍女だ」


 ランスの叱責をヨシュアは鼻を鳴らして一蹴した。


「ノア付きの侍女はミアの看病に駆り出されいなかったそうだ」


 ランスは、言い訳だなと言い捨てた。


「ミアの看病に人がいるからと毎回駆り出されるらしい。だから、毎回カイルが一人でいるノアを心配して部屋に行っているそうだ」

「それがどうだというのだ。仮にノア付きが居なかったとして、何故ラミラがノアを見殺しにしたなどと…」


 先ほどのカイルの態度を思い出してランスは落ち込んだ。カイルとラミラの間には深い溝が出来ている。その溝をますます深くしてしまった。


「ノアが部屋にいないことを報告したら、探さなくていいと言ったそうだ。ミアの看病に人手がいるから人員を避けない、とな」

「ノアは人の気を引くために色々騒動を起こしているらしい」


 はぁとヨシュアの次男ケルサが父カール譲りの栗色の髪を左右に振ってわざとらしく大きな息を吐いた。


「お祖父様、五歳にならない子供がこの水差しから水をコップに移せますか?」


 ランスはケルサが持ち上げた水差しを見た。十五歳のケルサは軽々持ち上げているが、五歳のそれも小柄なノアはうまく持ち上げられないだろう。


「侍女がいないから落として割ったそうですよ。水を入れたコップを置くようになりましたが、それも落として割ってしまって。厨房まで飲みに行っても小さなノアがいるのに気がつかなくてミアの部屋に急ぐ者とぶつかったり、それで騒ぎが起きていたそうです」


 ランスもナイダも呆然として聞いている。初めて聞く話だ。ラミラはそんなこと何も言わない。ミアが苦しんでいる時にノアは騒ぎを起こして困っているとしか。


「ラミラ叔母上はノアが人の気を引きたいがためと言っていますが、侍女を取り上げなかったら起こらないことばかりです」


 ケルサはランス譲りの青い瞳で残念そうに祖父母を見た。溺愛する叔母の言うことばかり聞いて簡単に分かる真実を見ようとしない。


「だ、だか…」

「ウォルフがノアが大怪我をしたと報告をしてもクルドックを行かせなかったらしい。様子だけでも見に行こうとしたガリレイもな」


 その間にミアに何かあったらどうするのか、と行かせなかった。

 ヨシュアの言葉にランスは力なく椅子に座り込んだ。ラミラは確かに自分がそうと決めたことを覆さない。ミアに手厚い看病をと考えてたなら、使える者は使い他に回さないだろう。


「ノアの事故現場にいた使用人が気を利かせて町医者を連れて来たが、ラミラがそれに気付きミアを先に診せたらしい。()()()を診に来たと言っても聞かず、な」

「代わりの医者が来たなら、クルドック先生が…」


 ナイダは続きが言えなかった。そうしたのなら、助けられなかったと言うはずだった。手当てが遅かったとしてもそこから最善を尽くしたはず。そうでないということは…。


「そうこうしている間にウォルフからノアが息を引き取ったと報告があった。カイルはずっと怪我をしたノアに付いていた。

 そのカイルにラミラはカイルのせいでノアが死んだとほざいたそうだ」

「なっ!」


 ランスは言葉に詰まった。ノアの死を目の当たりにしたカイルの心情を考えると言葉か出ない。


「ラミラ叔母上のことです。ノアの死に自分は関係ないと思っているのでしょう。ノアの侍女が居なかったのはミアの看病に必要だから仕方がない、医者をノアの所に行かせられなかったのはミアの容態が急変しそうだったから仕方がない、ノアが人魚像の所に登ったのもカイルがピクニックに拘ったからで自分には関係ない、てね。カイルがそのピクニックに拘ったのもラミラ叔母上のせいなのに」


 ケルサの口調が呆れたものから怒りが籠ったものに変わっていく。三歳下の生意気な血の繋がった弟イリウスと違い、素直にケルサを慕ってくるカイルは可愛い弟だった。我が儘で自分のしたいことだけを言ってくるミアと違い、さして面白くもないケルサの話を目を輝かせて聞いてくれるノアは可愛い妹でケルサの癒しの存在だった。癒しは喪われ、可愛い弟からは感情が一切なくなってしまった。


「カイルが誘わなければノアが外に出られなかったことくらい私も知っておる」


 ランスは憮然として答えた。それに「えっ!」と小さな疑問の声を上げた者がいたことに誰も気づかなかった。


「ほう」

「ふん。何度言ってもラミラは屋敷にミアしか連れて来ぬ。元気なノアはカイルたちに色々連れて行ってもらっているから、とな。

 会った時にノアに聞いても何処に行ったかをほとんど言わないし、カイルからはミアが行けなかったからノアも行かなかったとよく言っていたからな」


 意外だとヨシュアが声をあげるとランスは鼻を鳴らして馬鹿にするなと疲れた様子で椅子に座り直した。


「カイルが寄宿学校に入ればノアはますます外に出れなくなる。ナイダとノアを引き取ろうと話をしておったのだ」


 ランスたちはそれなりにノアのことを考えていた。娘ラミラは病弱なミアにかかりっきりで健康なノアはなおざりにしているのは分かっていたから。


「それはラミラ叔母上とミアが許さなかったでしょうね。特にノアだけずるいとミアが騒いだでしょう」


 それは叶えられなかったとはっきり言ったケルサにランスは反論しようとするが、ラミラの願いをただ叶え大広間をあんな状態にしてしまったことを出されると静かにならざるおえなかった。


「ラミラの願いを叶えるなとは言わない。夫、ガリレイの許可を取ってほしい」


 ヨシュアは何度も言ってきた言葉を繰り返した。ラミラの願いを勝手に叶えるな。夫のガリレイの意見もちゃんと聞くようにと。その言葉をランスたちは聞く耳を持たなかった。可愛い娘の言葉だけを聞き、ガリレイが何か言ってきても自分たちがするのだからと無視していた。

 ランスは大広間のガリレイの様子を思い出した。強い怒りと失望を宿した目を向けられたのを。ただ静かにノアを偲びたいと哀愁漂う声を。


「…、分かった。ガリレイかお前に相談するようにしよう」


 ランスはそう言うしかなかった。

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