大広間
8話一時間毎に投稿です(7話~14話の11話目です)
「ガ、ガリレイ、遅かったではないか」
マクラシミン侯爵家当主ガリレイは呼ばれた声を無視した。格上の元公爵、王の従兄弟、妻の父親だとしても今は関わりたくなかった。
ガリレイはゆっくりと頭を垂れた。葬儀の参加に感謝していると。これが嫌味だと分かる者は何人いるだろう?
ガリレイたちが遅くなったのは玄関のホールで帰って行く者たちを見送っていたからだ。最後まで葬儀に参列出来なかったことを詫び馬車に乗り込んで行った者たち。この大広間に馴染めず、簡素な待合室で娘の死を悼んでくれた者たちにガリレイの頭は自然に下がった。
聞こえてくる軽快な音楽や楽しげな笑い声にガリレイはもう重い息を吐くことしか出来ない。義父のランスたちがラミラの願いで屋敷に戻り何かをしたのは分かっていた。使用人たちにはラミラの指示に従わぬようきつく言い渡してあったが、ランスの権力で押し通したのだろう。解雇を通告された者もいるかもしれない。そうしないことは使用人たちには説明してあったが…、嫌気がさして自ら辞めることを望む者も出るかもしれない。もちろんそう願い出た者には出来る限りのことをするつもりだ。
静かに娘の死を悼むことが出来ないことに苛立ちながら、ガリレイはカイルと共に大広間に急いだ。聞こえていた音楽も笑い声も止んでいる。多分、先に大広間に向かった義姉のヨシュアがランスに苦言を言っている。彼女はこの状態を良しとはしない。それは有り難く、だがそれはガリレイに妻を御しきれていない事実を突き付けていた。
大広間の扉を開け、ガリレイは目を見張った。ノアの肖像画がまず目を入るはずだった。忙しなく視線を巡らすがノアを偲ばせるものが何一つ見当たらない。明るく華やかに様変わりした内装に愕然とする。喪に服すには相応しくない音楽はまだ許そうと思った。だが、これは…。死してもまだノアを虐げるのか。それをしている本人にその自覚がないことがまた腹立たしい。
「ガ、ガリレイ、遅かったではないか」
案の定、中央にランスがヨシュアと対峙していた。何を言ってもヨシュアに正論を返され、どうにもならなくなったのだろう。ランスが縋るようにガリレイを見てくるがもう失望しかない。ノアはあなたにとって可愛い孫ではなかったのか。
「ガ、ガリレイ、ラミラが呼んでいたのに…」
「喪主が葬儀の場を離れられるはずがないだろう」
ランスの言葉をヨシュアが正論で冷たく切り捨てている。
ランスはガリレイが戻っていたら大広間はこの状態になっていなかったと言いたいのだろう。確かにガリレイがいたら止めてさせていた。ランスの怒りを買ってもノアのために、いやノアのために何かしたという自己満足のためにこんなことを許しはしなかった。だが、ガリレイは喪主としてではなく父親としてノアの最後をきちんと見送るほうを選んだ。
今は喪主として最後の務めを果たそう。そして、さっさとこの茶番を終わらせ、静かにノアを偲びたい。
ガリレイはゆっくりと頭を垂れた。
「本日は、娘ノアの葬儀に参列いただき感謝いたします。
ノアは天と地に還りましたことご報告いたします」
最後まで参列してくれた者、参列したくても出来なかった者たちを思って頭を下げる。決して前で実の娘に責められている男たちではない。ノアを思ってくれた者たちに深い感謝を込めて頭を下げた。
「これで葬儀はお仕舞いね」
場違いなほど明るい声がした。
「ラ、ラミラ」
「ラミラ!」
戸惑い声を上げるランスと冷たい声のヨシュア。呼ばれた者は気にせず話を続け出す。
「今からはお祝い。悪いことは善いことで消さないと」
「そうね、ラミラ」
な、なにを言った?
ガリレイは妻ラミラを凝視した。ラミラの隣で義母はナイダがその通りだと同意する姿も信じられない。
「な、なにを考えている。ノアが死んだばかりだぞ」
ガリレイは思わずそう言った。口調がきつくなるのは仕方ない。
「だからですわ。だから、祝うのですわ」
それではノアの死を祝うようではなないか!
「ノア、ノアは私たちの可愛い子供のだぞ」
「ノアは優しい子だから分かってくれます。それにノアが大好きなカイルのお祝いです。自分のことのように喜んでくれますわ」
ねぇ、お父様とランスに笑いかけるラミラには何を言っても届かない。自分が正しいと思うことは周りが何を言ってもランスの力で黙らせ、その通りにしてしまう。だから、自分が間違っているということを知らない、分からない。
「お断りします」
ガリレイは肌が粟立つのを感じた。その声はガリレイの斜め後ろから聞こえた。
「あなた方に祝っていただくことはありません」
その声の主はガリレイから一歩前に出でカイルははっきりとそう言った。
「カイル、失礼ですわ。謝りなさい」
「礼儀を欠いているのはどちらでしょうか? ノアに対しても、ノアを悼んで来てくださった方たちにも」
ラミラは叱責するが、カイルは表情を一切変えず淡々と言い返した。ランスやナイダは孫から非礼だと言われたことにショックを受け真っ青な顔をしている。
ガリレイは外見だけではなく内面も変わってしまった息子を見つめた。なんの感情も読み取れない冷たさを感じさせる横顔。
ノアが死んだ日、カイルが倒れた直後にそれは起こった。窓から射し込む月の光がカイルまで伸び、カイルを包み込んだ。月の光に包まれたカイルの蜂蜜色の髪は目の前で銀色に変わってしまった。変化はそれだけではすまなかった。翌朝、目を覚ましたカイルの青い瞳は冷たい光を放つ青銀になっていた。感情を表さないようになり、何事も冷たく淡々と話すようになってしまった。
「お祖父様が素敵な婚約者を探してくださったのよ」
ラミラは仕切り直すように声を張り上げた。
ガリレイには初耳だった。確かにカイルの婚約者を決めても良い頃ではある。だが、それは今ではない。
「私には身に過ぎた話です。直ぐにお断りしてください」
即座にカイルの冷たい声が響く。
「そんなことないわ。それにとっても素敵なお嬢様なのよ」
ラミラがチラリと視線を向ける。一人の可愛らしい少女が強張った顔でラミラの側に来た。
ガリレイにはどこの令嬢かすぐに分かった。ラミラの腰巾着の伯爵家の令嬢だ。ラミラの思い通りになる娘をカイルの婚約者に据えるつもりなのだろう。
「それに…、母上、私はあなたが選んだ者を婚約者とするつもりはありません」
ラミラが目を吊り上げた。ラミラが叫び出す前にカイルを守らなければならない。
ガリレイは一歩踏み出し、カイルの肩に手を置いた。
「ランス様、我が家はノアの喪に服します。そのようなお話は喪が明けてからにしていただきたい」
ガリレイは口を開いた。まず打診という形でお願いする、と。貴族の婚姻は勢力も関係してくる。本人たちの希望ならともかくラミラの都合だけで決めることではない。それも当主のガリレイを無視して。
「あなた、お父様に恥をかかすおつもりですか!」
「ラミラ、お前はノアを侮辱し、家と私に恥をかかしている」
ラミラはガリレイたちが葬儀に出ている間に思い付いたのだろう。良い考えだと思い今日発表することにした。それがどれだけノアを蔑ろにし、この家に恥をかかせたのかを分かっていない。
ラミラはガリレイに反対されるとは思っていなかったようで、驚いた顔をして目を見開いている。それに良かれとしたことを恥と言われたことに不快感を露にしていた。
「あなた、反対するの? それに恥だなんて…」
ガリレイは頷いた。カイルのことはラミラに好きにさせない。
「私は余程のことがない限りカイルの意思を尊重する」
ラミラは助けを求めるようにランスとナイダに視線を向けた。ランスはラミラの視線を避け、ナイダが意を決したように顔を上げた。
「ガリレイ様、このような場で話すことでは」
「最初からこの場でする話ではない。ここはノアを偲ぶ場だ」
ナイダが取りなすように口を開くがヨシュアの言葉に再び俯いてしまった。話を始めたのはラミラだと。
「お祖父様、お祖母様、私は妹ノアの喪に服します。このような華やかな催しはお祖父様のお屋敷でお願いします」
では、失礼させていただきます。カイルは踵を返すと一度も振り返らずに大広間を出て行ってしまった。
「なぜ? なぜなの? わたしは良かれと思って…」
ラミラがハラハラと涙を流してランスの胸の中に飛び込んだ。ランスは何か言葉をかけようとするが、ギロリとヨシュアに睨まれてだだラミラの背を撫でることしか出来ない。
ミアがそんな母親を心配そうに見て、ナイダの腕にしがみついた。
「お父様がお母さまを苛めた」
「そうだな。私は静かにノアを偲びたいだけだよ」
ガリレイは、手を伸ばしてミアの頭を撫でると大広間を見渡した。
「本日はありがとうございます。心ばかりの品が用意してありますのでお持ち帰りください」
そして、ゆっくりと頭を下げる。今日はもう終わりだと静かに宣言した。




