6。オタ友ができました
侯爵令嬢ユリアーナの朝は一杯の紅茶から始まる。
季節の果実の汁と少しの砂糖を混ぜた紅茶は子供にも飲みやすく、爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。
着替えとか朝の勉強とかなんやかんやがあって、用事が無ければ午後は好きなように過ごしている。まだ8歳だからね!お子様万歳。
で、おやつよりちょっと早めの時間に、 優雅に読書をしていると、扉が叩かれる。
「どうぞ」
と返事をしたら、執事の.......初老のセバスチャンに連れられて、お客様が入ってきた。
夕日色の髪をした、生真面目そうな女の子。
そう、さっそく呼びつけてみた。権力万歳。
「ユリアーナ様にはご機嫌麗しく。本日はお招きありがとうございます」
昨日よりは遥かに流暢に。でもこちらを伺うようにお辞儀をする。
「いらっしゃい。ライラさん」
にこっと笑うとほっとした表情を浮かべるので、セバスチャンに出ていって良いわと告げたら怯えた。
おもろい。
「どうしたの?おかけになって」
にじにじと近寄ると、じりじりと逃げてく。
前世にいたなあ、こういう子。あの頃は楽しかった。
っとと、部屋の隅に追い詰めたら、すごく困った顔をしている。からかいすぎたか。
「そんなに警戒しなくても。昨日みたいな事はしませんわ」
我ながら無垢な笑みを浮かべたら、うー、と唸って、私を迂回するようにして椅子にやってきた。素直だけど嘘が下手なこの性格、出世は向いて無さそうである。
「私、あなたとお友達になりたいの。ね?」
「......本当になにもしないですやね?」
「何?キスしてほしいの?」
上半身だけ近寄る。と。
「いやいやいやいやぎゃっ!」
後ろに仰け反って、椅子ごとこけた。
.......大丈夫か?この子?
「冗談よ。安心して良いわ。ちょっとからかっただけよ。あなたがおも......可愛くて」
軽く睨まれた。けど、ふう、と笑いを隠すためにちょっと横を向いて大げさに溜息をつくと、緊張がやっと解けたのか、ガタガタと椅子を直して、ライラは席に着いた。
「まったくもう。『リーダー』じゃないんだから」
ぼそ、微かに呟いた独り言が、妙に耳に残った。
「リーダー?」
思わず振り向くと、ライラはしまったという顔をした後、すぐに笑顔で小首を傾げた。あ、一応誤魔化せるんだ。
じゃなくて。
『リーダー』というのは、前世の『私』のあだ名だ。
大学のゲームサークルのリーダーだったから。ではなく、TRPGの長期キャンペーンで、パーティのリーダーだったから、いつしかゲーム外でもそう呼ばれてたのだ。
もちろん、この世界に和製英語そのままの『リーダー』なんて単語は無い。
つまり。
「君、ひょっとして......」
この子そっくりの後輩の名前を呼ぼうとして......
「やおい本持ってない?」
「あるわけ無いでしょうがっ!!!!!!」
全力で叫んだライラ。ああうん、この反応はあの子だ。
ライラはライラで、もう取り繕わずに、こっちをじと目で睨んでる。
「いやー。君も転生してたんだね。知らない世界で一人で心細かったんだよ。良かった良かった」
肩をバシバシやってついでに抱きつこうとしたら、手を振り払われた。
「リーダー?なんですよね?」
「ユリアーナ。ごく普通の8歳だよ?」
「いきなりやおい本を欲しがる普通の8歳児がいますか!!」
机をバシバシと叩くライラ。
いい反応だ。からかいがいがある。
「まぁ、それはともかく」
ふう、と溜息をついて、続ける。
「また、お会いできたことだけは嬉しいです、リーダー」
「うん」
こうして、私はユリアーナとして、初めての友達を手にいれたのだった。
やっとプロローグ終了。