瑞樹との出会い
〈病室〉
病室のベッドには、一人の女の子が横になっていた。様々な機器に繋がれ、重症であることを物語っている。
「この黄色の3番の傷を癒せ」
病室の中に居た研究員から命令される。
決して珍しい事ではない。
しかし、ここまで重症の患者に【力】を使ったことがない。
入口の所から、すぐ傍まで近寄って、はっきりと顔を見る。
柔らかそうな髪がふわりと散らばっていて、ふっくらとした顔には苦悶の表情が浮かんでいる。
「瑞樹!」
この子は僕の妹だ。
どうして妹がこんなことに?
「くっそ!」
考えるよりまずは、傷を治さないと!
手をかざして全力で【力】を使う。
辺りが白い光で埋め尽くされ、目が開けれない。
それでも、傷が治っている感覚がしなかった。
三十分以上経っても、僕は力を使い続けた。
吐き気。頭痛。倦怠感。節々の痛み。
連続で使い続ける事による副作用がどんどん出てきた。
それでも止めない。止めれなかった。
光は最初より小さくなっていたが、僕は休まず癒し続け、三時間を超えた辺りで僕の意識は無くなった。
目が覚めると、布団の中に入っていた。
消毒液の独特な匂い。
ピッピッピ、と一定のリズムを刻む機械。
自分の部屋ではない。
ここは、病室?
そう思いつつ、隣を見ると、別のベッドの上に瑞樹が寝かされていた。
ベッドから降りようとするが、体が思うように動いてくれない。
「動けぇ……」
必死の思いで瑞樹の傍まで行く。
瑞樹は少し微笑んだような表情をしている。
どうやら少しは回復したようだ。
「よかった」
安心したら、急に眠たくなってきた。
やっぱり、かなりの体力を消耗したかな。
そう思いつつ、ベッドの端に顔を伏せて、眠った。
「大丈夫、私達が絶対貴方を守るから」
優しく頭を撫でられる。
『うん!』
元気よく返事をしたのは、小さい僕だ。
この人は、僕の、お母さん?
まぶしくて、よく顔が見えない。
温かくて、幸せな記憶。
「んっ」
温かい手が僕の頭を撫でてくれている。
夢の続き、かな……?
ずっとこのまま、撫でていて欲しい。
そんな事を考えていたら、だんだん目が覚めてきた。
ゆっくりと体を起こす。
目の前には、上半身を起こして、こちらを見ている瑞樹が居た。
「あら? おはようございます」
瑞樹は目が合うと、ゆっくりとした口調で微笑みかけてくれた。
ボッと、顔が熱くなるのが感じられる。
「うん……体調は、どう?」
顔を逸らしながら聞く。
「大分いいです……貴方が看病してくれたおかげ……かな?」
少し体を動かしながら、首を傾げる。
「そう……よかった」
心底ほっとした。
妹を助ける事が出来た喜びが、僕を満たしていった。
「ごほっごほっ……はぁはぁ」
「瑞樹! 無理しちゃダメだろ。ちゃんと横になってるんだ」
激しく咳き込んだ瑞樹をベッドに横たえて【力】を使う。
白い光が瑞樹を包む。
ガタガタガタ。
揺れる車の中。
窓から外を見る。
黒い窓からは、黒い景色しか見えない。
外の世界は、どんな色をしているのだろう。
生まれてからずっと、外に出た事は無かった。
一度でいいから、自由に外を歩き回りたい。
小さな小さな願い。
でも、そんな願いさえ叶わない。
籠の中の鳥。
誰かがそう言っていたが、まさにその通りだと思う。
閉じ込められたまま、外の景色を知らないまま、外に出るのを夢見て、朽ちていく。
そんな、鳥。
誰かの為に死ねるのは幸せな事。
でも、知らない誰かの為に死ぬ事に、私は幸せを感じるのだろうか。
急に引っ張られるような感じがして、現実に戻ってきた。
孤独と不安。
それらが瑞樹を支配している。
そんな風に感じた。
「ごめんなさい……でも、もう大丈夫です」
本当は苦しいだろうに、そんな様子は出さずにこちらに笑顔を向けてくれる。
「あの……貴方の事、何て呼んだらいいですか?」
おずおず、と云った感じで聞いてくる。
「それは……昔のように……」
昔のように? 昔、どんな風に呼ばれていたっけ?
「昔? 以前、どこかでお会いしましたか?」
「え? な、何を言って……」
瑞樹は冗談を言っているような顔ではない。
鼓動がどんどん早くなっている。
背中にジトッと、嫌な汗も出てきた。
どうしてこんなに動揺しているんだ?
「ほ、ほら、瑞樹、兄だよ、忘れちゃったのか?」
「お兄さん? 私はずっと、一人っ子です……」
嘘……だよね?
じゃーこの記憶は何?
僕は誰と勘違いしてるんだ?
いや、僕には兄妹なんて居なかった。
何で瑞樹を妹だと思ったんだ?
そもそも、瑞樹って名前を何で……。
そこまで考えたところで、目の前が真っ暗になった。
〈手術室〉
「急に意識を失ったそうだな」
「はい。恐らくは黄色の3番が自分の妹ではないと気づいたのでしょう」
話し声が聞こえる。
「まさかこんな風になるとはな」
僕を囲んで、誰かが話をしている。
「しかし、目的は達しました。それを喜びましょう」
「そうだな。面倒な事にならないように、植え付けた記憶を消しておけ」
「はい」
ピッ。
機械音と共に、また、僕の意識は暗闇に沈んで行った。




