立ち込める暗雲
〈自室〉
目が覚めると、隣に琴梨が寝ていた。
昨日のことを思い出して、ぼっと顔が熱くなるのを感じる。
幸せそうな寝顔。ずっとこの顔を見ていたいと思う。
でも、赤くなってしまった顔を見られるのは恥ずかしいから、先に起きよう。
そう思って、僕は部屋から出た。
〈廊下〉
さて、何をしようかな。
今日も特に予定はない。夏美や琴梨と違って、僕の検診はめったに行われない。
「……らしいぞ……」
「ん?」
どこからか研究員達の声が聞こえてきた。
「あぁ、僕もその話は聞いた」
そっと、角に身を隠して廊下の奥を見ると、三人の研究者が話し合っている。
「なんでも、黄色の3番が来るらしい」
研究員達は僕達の事を名前では呼んでくれない。
いつも識別番号と、首輪の色を言うだけだ。
ぐっと白い首輪を握りしめる。
「どうして黄色がこんな所に来るんだ?」
首輪の色は【力】の種類を示している。
でも、黄色なんて聞いたことない……。
「ほら、……には白の2番が……だろ。そいつに……させて、……してくれれば、やっかい……出来て一石二鳥だろ?」
一番遠くに居る研究員の声が聞きづらい。もっと近づかないと聞こえないか?
少しずつ体を前に出していると、頭に鈍い痛みが走った。
「ぐっ」
三人の研究員に意識を集中させていたせいで、後ろから近づく人に気付かなかった。
「お前達! そんな所でそんな話をするな。聞かれていたぞ」
遠くで怒鳴る声が聞こえる。
薄れゆく意識の中、軍服を着た軍人が僕を殴ったんだ、と認識した。
〈手術室〉
ピッピッピ。
一定のリズムで機械の音が聞こえる。
「私達の実験も出来て、よかったではないか」
機械音に交じって研究員の声も聞こえる。
「新しい記憶の植え付け……まだまだ実用段階ではなく、何人もの被験者が記憶を失っていますが、いいので?」
「【力】の多用でも記憶は消えていくのだ。構わんだろう」
ピッ。
スイッチが入る音がした瞬間、頭の中に何かが流れ込んできた。
「ぐああああああああああああああ」
それは、頭の中をめちゃくちゃにかき回していく。
「そういえば、隣の手術室に運ばれた人は誰ですか?」
「白の2番を捕まえた者だよ……死んだがね」
その言葉が聞こえたのを最後に、僕の意識は遠ざかっていった。
〈自室〉
ふっと目が覚めると、僕は何かに包まれていた。
温かくて、甘い果物みたいな香りがする。
ぼーっとした頭で目の前の物をつかむと、簡単に形が変わるほど柔らかい。
「んっ……ぁ」
頭の上から声が聞こえる気がする。
それにしても、これは何だろう?
ぐにぐにぐに。
力を込める度に、上から声が聞こえる。
「にーくん?」
名前を呼ばれた瞬間、一気に目が覚めた。
上を向くと、涙目になった琴梨がこちらを見ていた。
「えっと? あー」
掴んでいた手をゆっくり放す。
「ごめん」
素直に謝ることにした。
「いいよ。責任とってもらうから」
顔を真っ赤にして琴梨が言う。
責任って、どうやって取ればいいのだろう。
冷や汗をかきつつ、この状況をどうしようか考えていると、
「にー! 大丈夫か!」
夏美が叫びながら部屋に入ってきた。
そして、ベッドの上で琴梨に抱きしめられてる状況を見て、口をぱくぱくさせたあと、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「夏美? とりあえず、落ち着け。まずは話し合おう? な? その拳を収めてくれ」
にこっと微笑むその笑顔がとてつもなく怖い。
僕の懇願むなしく、夏美に殴られた後――琴梨はお咎めなしだった――正座をさせられて説教を受けるはめになった。
「施設の入口で倒れてたって聞いて、人が心配して来てみれば、イチャイチャと……」
別にイチャイチャしてた記憶は無いが、同じベッドに琴梨と入ってたってだけでここまで怒られるとは。
「何で入口で倒れてたの?」
夏美が文句を言い続ける中、琴梨が疑問をぶつけてくる。
そういえば、昨日の事を何も思い出せない。
「……わからない」
首を横に振る。
僕が真剣に考えてるのを感じ取ったのか、琴梨も夏美も黙ってこちらを見ている。
ピンポンパンポーン。
突然館内放送を知らせるチャイムが鳴った。
「白の2番。至急、病室に来なさい。繰り返す。――――」
こんな時に、急な呼び出しか。
「にー……」
「にーくん……」
二人とも不安げな顔でこちらを見てくる。
「大丈夫、きっと倒れてたから検査するだけだよ」
そう、二人に笑いかけた。




