第9章:残酷な初恋の終焉
何度も言いますが、ノンフィクション作品です!
痛み指数:[Pain Scale: ■■■■■■■■■□ 9/10]
ステータス:Heartbreak & Concussion(心の挫折と脳震盪)
小学校最後の夏休み。 海での「離岸流事件」以来、私は海を禁じられた。
その反動で、連日市民プールに通い詰めていた。
泳ぎの後は、ソーダ味の棒アイスが定番だ。もうメロン味への執着はない。重要なのは、木の棒に刻まれた「当たり」の文字、ただそれだけだった。
さて、ここからが本題だ。なぜ私が、快適な市民プール(ウヲータースライダー、50m、25mあり)を捨てて、わざわざ学校の25メートルプールへ向かったのか。そこには、ある「ウワサ」があった。
「七海が、学校のプールに出没するらしい」
悪友から届いたその一報が、私の運命を狂わせた。
当時、私には好きな女子がいた。七海だ。
彼女はクラスで一番の秀才。対する私は、勉強こそ冴えないが、授業中にクラスを笑わせる明るい性格から、担任に「灯台」というあだ名で呼ばれていた。
皆を明るく照らす番人か。悪くない。 胸を張っていた私だが、それが日本最高学府の名(東大:東京大学)を冠した強烈な皮肉だったと気づくのは、ずっと後のことだ。
実は、クラスでは彼女と私は「夫婦」と冷やかされる公認の仲だった。
彼女も私に好意を寄せている――。そんな甘い期待が、私を「Day 3」に及ぶ学校プール潜入作戦へと駆り立てたのだ。
Day 1: 賽は投げられた
学校のプールは市民プールに比べて設備も貧弱だ。だが、そこに彼女がいるならそこはパラダイスだ。
私は家から水着を履いて自転車を飛ばした。 到着するやいなや、プールサイドで目を凝らすが、彼女は見当たらない。小さなプールなら、偶然身体が当たっても不思議ではないという不埒な妄想を抱きつつ、人混みをかき分けて探した。
だが、結局この日は空振りに終わった。何とも言い表せない虚脱感が襲う。
あいつ、ガセネタを掴ませやがったか? と友人を疑ってみたが、いや、彼女は受験勉強の合間に来ているはずだと勝手に自分を納得させた。
Day 2:苛立ちと不審者
2日目も、当然のように学校へ向かった。だが、この日もプールは、市民プールへ行けない「有象無象のちびっ子たち」で溢れかえっていた。
「あー、こいつらはどうして市民プールへ行かないんだ!」彼女を見つけ出せない焦燥感から、ただ純粋に水遊びを楽しむ子供たちに、身勝手な八つ当たり的感情を抱いた。
「おい東大、お前は何をしているんだ」 監視員の担任教師に声をかけられた。
プール内をうろつきながら女子を執拗に追い求める私の姿は、誰の目にも不審者そのものだったのだろう。
しかし教師の声は全く気にとめなかった。彼女に会うことで、頭はいっぱいだった。
Day 3:Veni, vidi, vici? (来た、見た、勝った?)
ついに、その時が来た。
いた! 3日目にして彼女を見つけたのだ。
彼女も私に気づき、視線が交差する。私たちは運命で結ばれている――そう確信していた。教室の出入り口で偶然鉢合わせ、顔面を激突させて、唇と唇がぶつかる事故を何度も繰り返してきた仲なのだから。
高揚感で思考回路がショートした私は、あろうことか、最も無謀な行動に出た。
彼女にカッコいいところを見せたい。その一心で、飛び込み台から高く跳躍し、水面へとダイブした。 ――深さわずか1メートルほどの、歩けるほど浅いプールに向かって。
ゴンッ!
頭がプールの底を直撃した。
次に気づいた時、私は水面に浮かんでいた。
顔は水に浸かっているのに、息をしていない。
気絶すると溺れないんだな、と変な感心をしたが、直後、殺人的な激痛が襲ってきた。
私は目的も忘れ、腫れ上がった頭を抱えて逃げるように帰宅した。
己の愚行への恥ずかしさで悶絶し、二度と学校のプールへ行くことはなかった。
そのまま夏は去り、季節はものすごい早さで移り変わり、バレンタインデーがやってきた。
欧米の方には説明が必要だが、日本のバレンタインデーは、「女子が一方的に男子へチョコレートを贈り、愛を告白する」という、男子にとっては一世一代の審判の日なのだ。
私の試算では、チョコは2個もらえるはずだった。本命の七海と、例の猟奇的女子、明里から。
だが、放課後の教室で1人になっても、下駄箱を確認しても、何も起きない。
人前では渡しにくいのだろうと自分に言い聞かせ、クラスメイトが去るまで期待を込めて教室に残ったが、無情にもその重大な日の幕は下りた。
トボトボと力なく、敗残兵のように帰宅した私を待っていたのは、さらなる絶望だった。 居間には、戦利品のように3つものチョコを手にした兄がいた。
「……ジョー、一つ食べるか?」 兄が向けたのは、純粋な、しかしそれゆえに場違いな優しさだった。今の私には、それが「残酷な天使のささやき」にしか聞こえない。
「いらん!」 私は吐き捨てるように言うと、夕食も食べずにふてくされて布団を被った。悲しみと、行き場のない怒りがこみ上げてきた。
翌朝、学校へ登校する道すがら、1学年下の仲のよい従兄弟から、同学年の女子からチョコをもらったと聞かされた。
「あのかわいい子からか!」学校でも噂が飛び交うほどの1学年下の美少女。
「そうなんだけど・・・・・・」なぜか彼は鬱々としていた。
なぜ嬉しそうではないのだコイツは!
だが、彼が浮かれず、むしろ沈み込んでいた理由は納得がいった。
教室のクラスメイトが見守る中、学校一の美少女からチョコを渡された彼。もちろん嬉しかったが、他の男子の嫉妬がひどすぎて、無視されるようになったそうだ。
やはり彼の人生も一筋縄ではないようだ。従兄弟だけに血は争えないといったところか。
後日、私は残酷な真相を知ることになる。明里の親友から呼び出され、バレンタイン事件の真相を打ち明けられたのだ。
「実は、二人ともあなたに渡すつもりだったのよ。でも、明里が七海さんに相談したの。『私、ジョーが好き。でも選ばれるのは私じゃない。だから、二人とも渡さないことにしましょう』って。七海さんは別の中学へ行くから、結局離ればなれになるし……それで二人で決めたのよ」
絶句した。恐るべし、女子! ロシア文豪ツルゲーネフの小説『初恋』で主人公の父から遺言とも呼べる息子への助言が頭に浮かんだ。
「女の愛を恐れよ……」
明里の「独占欲」と、七海が下した「静かな別れの選択」。私は途方に暮れた。以来、明里を許せず、高校まで続いた彼女のつきまといを一切無視し続けた。彼女の初恋を私もまた残酷に終わらせたのだ。
今では後悔している。歪ではあったが仲がよかった明里とは、せめて友人関係を続けてもよかったと。
七海とは、その後何度か「運命」のように再会した。
卒業後の夏祭り。人混みをかき分けながら歩いていたら、提灯の明かりの下、浴衣姿の彼女とバッタリ出会った。目が合った瞬間、喧騒が消え、2人だけが漆黒の宇宙に浮かんでいた。
「……誰と来た?」 絞り出した勇気はたったの一言だった。
「兄と……」 偶然の再会で声を失ったのは七海も同じだった。
「俺も」
「同じなんだ」七海は、はにかむような笑顔を見せた。
これだけの会話で私の胸はときめいていた。
刹那、宇宙は消え、祭りの雑踏が急に出現した。そして七海と私は反対方向へ人混みに流された。彼女を必死に探したが、やがて立ちすくんでしまった。
直後の夏の終わり、またしても偶然、いやもう運命としかいいようのない出会いをした。それはテニスの大会で彼女の中学を訪れた時のことだ。
トイレから出てきて濡れた手でコートへ戻ろうとする私に、彼女はそっと自分のハンカチを差し出した。
「拭いて」
「ああ……」
周りの女子たちが冷やかす。
「あの子でしょ。七海が好きな子は。かわいいじゃない、付き合っちゃいなよ!」
私は赤面し、無作法に手を拭くと、「はい」とだけ、礼も言わずハンカチを返して、坊主頭だが後ろ髪を引かれるような複雑な気持ちを整理できないままその場を離れた。
去りゆく私の背中に、彼女の声が響いた。
「――ばーか」
それが、私が聞いた彼女の最後の言葉だった。優秀な彼女の隣に立つ自分を想像できず、ただ彼女の成長の妨げにはなりたくなかったのだ。私には彼氏になる資格はないと。
初恋は叶わなかった。それ以来、二度と彼女と会うことはなかった。
けれど、彼女を忘れたことは一度もない。彼女は今も私の中に居続けている。少女の姿のまま、永遠に。「ばーか」という、あの透き通った声とともに。
後日談だが、高校生になった私は、クラスでたまたま後ろの席だった女子の名字が七海と同じだったので、彼女に尋ねた。
「君の名字と同じの女子と小学校の頃仲が良かったんだ」
「七海さんのこと」
「彼女を知ってるの?」
「ええ、親戚なの」
「頼みがあるんだけど」
「なに」
「俺が会いたがっていると伝えてくれないか」
「・・・・・・別にいいけど」
「ありがとう。頼んだよ」
天にも昇る気持だった。こんな偶然があるのか。まだ、2人に結びつけられた赤い糸はつながっていたのか!
しかし、1週間たっても後ろに座る女子から何も言ってこない。業を煮やして、本当に七海に聞いてくれたのか、周りにクラスメイトがいないタイミングで尋ねた。
彼女はバツが悪そうに視線を逸らした。
「会いたくないって」
「は?」
「だ・か・ら、会わないって」
「どうして」
「察しが悪いわね。七海モテるでしょ。最近彼氏ができたんだって」
そんな馬鹿な! あれほど・・・・・・。 返す言葉が出てこなかった。
私を初恋の底なし沼に置き去りにして、彼女はサッサと通りがかりのプリンスに引き上げてもらったということか!
暫く茫然自失として身動きできなかった。純白な魂を喪失した。
翌年、友人から七海と同じ名字の女子について妙な話を聞かされた。
「ジョー、お前、意外とモテるんだな」
「その自覚は全くないが」
「覚えていないか、去年入学したての教室でお前の後ろの席にいた女子のこと」
「覚えてるよ。何しろ小学校の女子と同じ名字だったからな」
「彼女、お前のことが好きなんだって」
「は? それは、いつのことだ!」
「入学して直ぐらしい」
「まさか! そんな・・・・・・。 嘘だと言ってくれ、ジョー!!」
「ジョーはお前だろ。何言っているんだ。ハハハ」
事情を何も知らない友人は面白おかしくただにんまりとしていた。
こんなことがあり得るのか! ホントに彼女は七海に伝えたのか?
「察しろ」といったのは、彼女の気持ちのことか!
好きな男子から恋のキューピット役を頼まれた彼女の気持ちを察しろと……。
『……女の愛を恐れよ』
――真実は知らんけど。
作者の人生を切り売りした作品です!
★★★をつけてください。でなければ悲しすぎて。




