第10章:相撲をすると
ガンダム好きしか勝たん!
痛み指数:[Pain Scale: ■■■■■■■■□□ 8/10]
ステータス:Urethral Invasion v2.0(尿道侵入・再起動)
中学生になった私は、本来なら卓球部に入るはずだった。
部長を務める兄がおり、顧問からも熱烈な勧誘を受けていたからだ。
だが、私はテニス部を選んだ。理由は2つ。片目では卓球の超高速変化に対応できないという物理的限界。そして、当時流行っていたテニスアニメへの安易な憧れである。
しかし、入部してみれば現実がアニメを超えた。
球拾い専門のはずの1年生でありながら、夏の大会で先輩や他校生を撃破。数10人の部員がひしめく中で、わずか3枠のレギュラーになってしまったのだ。
「桜のタイミングに合わせろ!」
コーチの檄が飛ぶ中、全部員の前で模範ボレーを披露する日々。
先輩の嫉妬よりも、背後に突き刺さる何10人もの視線が、私の精神を削り取っていった。
そんな折、体育の授業で「小さな悲劇」が起きた。
種目は相撲。 対戦相手は、中学生とは思えぬ体躯から「おっさん」と渾名される重量級の秀才。
彼は私の本能的な動きを研究し、緻密な「対ジョー戦略」を練っていた。
見合う2人。体育教師の合図。勝負は一瞬だった。
ガシッ、ふわ、ガンッ!
彼にタックルされ、鮮やかに足をすくわれた。 その瞬間、天動説が正しかったかのように、天空がクルリと回転した。コペルニクスには申し訳ないが。
そして瞬時にブラックアウト。私は重力に逆らえず、後頭部をしたたかに地面へ叩きつけた。私のシステムは強制終了した。 (ちなみに勝負は、相手の「危険行為」による反則勝ち。気絶して勝つという不条理である)
目が覚めると、そこには見覚えのある天井があった。 ……あの病院か。尿道か。マジか。
傍らには心配そうな母親。医師は一週間の安静を告げるが、私の関心は一点に集中していた。
「トイレ」だ。
前回、尿瓶を拒否して地獄を見た私は、今回こそスマートに「尿瓶デビュー」を飾るつもりだった。
しかし、頭痛のせいか、あるいは「絶対安静」という呪文のせいか、蛇口は固く閉ざされたまま一滴も出てこない。出そうとすればするほど、意志と肉体は乖離していく。
「お母さん、ちょっとあっちへ行っていてくれないか」
思春期の入り口に立つ少年として、母親の前で「息子」がトランスフォームする姿を見せるわけにはいかない。
だが、そんなナイーブな願いは、にこやかに現れた看護師によって粉砕された。
彼女の手には、例の「無慈悲なゴムチューブ」が握られていた。
「早い、早すぎるよ、スレッガーさん……」
脳裏に悲劇の連邦軍パイロットの名シーンが浮かぶ。
が、現実も無情だ。二度目なら痛くないなどという希望的観測は、侵入の瞬間に絶叫へと変わった。
「痛い!痛い!!」
慣れなどない。異物が尿道を蹂躙する痛みに、思春期の羞恥心など一瞬で蒸発した。
1ヶ月後、部活に復帰した私を待っていたのは、「桜は退部した」という顧問の盛大な勘違いだった。
入院の事実は共有されず、私のレギュラー座は跡形もなく消えていた。
だが、不思議と悔しさはなかった。ようやく「普通」に戻れた解放感が心地よかった。
ふと思い出すのは、小学生の頃に兄とケンカして、背負い投げで沈めた記憶だ。 泣き出す兄の姿を見て、私は知った。「勝つことの虚しさ」を。それ以来、勝負を譲ることを覚えた。この「勝ちを譲る」性格が、当時の私の安堵感に繋がっていたのかもしれない。
頭蓋骨と尿道。上下から攻め立てられた中学時代の受難は、これで打ち止めだと信じていた。 そう、尿道に関わる不条理など、この先の人生で二度と起こるはずがないと――。
スラッガー中尉に申し訳ない。
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