第5章:後頭部フルスイング
痛み指数:[Pain Scale: ■■■■■■■■■■ 10/10]
ステータス:System Shutdown(一時的なシステム強制終了)
私は球技が苦手だった。 片目の視力では遠近感が絶望的に掴めず、キャッチボールさえままならない。だが、そんな私の事情を知る由もない小学校のクラスメイトたちは、放課後、いつものように遊びに誘ってきた。
「今日は何して遊ぶんだ?」
「野球やろうぜ」 友人の田丘が間髪入れずに言う。
メンバーはわずか6人。彼曰く「投手、捕手、野手一人の3対3でなんとかなる」そうだ。
正直、野球に愛着はなかった。アニメの放送を潰してまで中継される恨みもあったし、伯父に連れられて行った球場での記憶も、ろくなものではなかったからだ。
その球場での私の目的は、「メロン味のかき氷」だけだった。 しかし、野球に無関心な私をめがけて、非情にもホームランボールが飛来した。周囲の大人たちが、正確には「ボールという名の宝」をめがけて、子供の私を突き飛ばしながら殺到した。
一口も食べていないメロン氷は無残に砕け散り、外野席の床を緑色に染めた。泣きべそをかく私に、伯父が買い直してきたのは、なぜか「黄色いシロップ(レモン?)」のかき氷だった。
「メロンじゃない……」 抗議は伯父にスルーされた。
この時、私の「食へのこだわり」と「大人への不信感」の基礎が築かれたのかもしれない。
「ジョー、キャッチャーをやってくれないか?」 田丘が私にポジションを打診してきた。
「ピッチャーじゃダメか?」
「いや、キャッチャーを頼む」
なぜか彼は、私を扇の要に据えたがった。視力は弱いが、不思議と運動神経だけは良かった私は、友人たちの目には「何でも無難にこなせる奴」と映っていたようだ。
仕方ない。ここで押し問答をするのも大人げない(子供だが)と、彼の提案を引き受けた。この決断が、のちに「星を見る」事態を招くとも知らずに。
私が田丘の誘いを受け入れたのには理由がある。 田丘と西谷。この二人は、私にとって人生で初めてできた「友人」だったからだ。
西谷は野性味あふれる男で、どこへ行くにも自らの足で走った。私と田丘が自転車で飛ばす後を、ひょうひょうとした顔でどこまでも走ってついてくる、憎めない風変わりな奴だ。
ある秋の日、西谷の家の前の畑で「焼き芋」を作ろうとしたことがあった。枯れ葉を集めて火をつけた瞬間、炎は予想を超えて畑一面に燃え広がった。
「やべえぞ!」と叫ぶ田丘。
「俺んちが燃える!」と狼狽する西谷。
「大丈夫だろ」と、私は炎が畑に広がっていく様を眺めていた。
結局、バケツリレーで事なきを得たが、翌日教室で西谷から「洗濯機の蓋が溶けて親にぶちのめされた!」と怒鳴られた時、私は不謹慎にも大笑いしてしまった。
実は、焼き芋をやる前に、西谷の家でかくれんぼをした。その時家の外に置いてあった洗濯機の中に隠れようとして、うっかり蓋の上に乗って壊してしまった。運良く?焼き芋の延焼が洗濯機の蓋を溶かし、証拠隠滅となったことはヤツには――。
一方、田丘には一目置いていた。 以前、川遊びをしていた時、私は悪ふざけで拾った棒きれで、彼の後頭部をコツコツと叩き続けた。
「マジで痛いって!」と振り返った彼。
私は青ざめた。 棒の先には、無数の錆びた釘が打ち付けられていたのだ。彼の後頭部からは血が流れていた。
「すまん、知らなかったんだ……」 平身低頭する私に、彼は一言。
「もうやるなよ。それよりコイ捕ろうぜ」と笑った。その度量の大きさに、私は尊敬の念を抱いた。
野球遊びは神社の境内で始まった。使うのはテニス用のゴムボールだが、バットは木製の少年野球用だ。
「そこじゃない、もう少し前だ」 田丘がキャッチャーの位置取りに細かく指示を出す。
言われるがまま、バッターのすぐ後ろへ移動した。すぐに試合がはじまり、一進一退の攻防となった。私は、ポロリ、ポロリと捕球し損ないながらも懸命にピッチャー西谷の投げ込むボールを取った。
西谷が、これまでにない見事な速球を放った。完璧なストライクゾーン。 この球を絶対に捕る! 私は気合とともに両腕を伸ばした。だが、前に出したのは腕だけではなかった。
――ガンッ!!
星が降った。 私の顔面は神社の乾いた土に突き刺さった。
気がつくと、仰向けになって青空を見上げていた。 田丘の話では、バッターのフルスイングが私の後頭部を直撃し、糸の切れた人形のようにパタリと前に倒れて気絶したのだという。
「ジョー! 大丈夫か!」 不安げに体育座りで私を覗き込む田丘と西谷。他の奴らは大人を呼びに走ったらしい。
痛い、なんてレベルではない。死の恐怖が脳を支配した。 だが、その瞬間、私のニューロンに閃光が走った。
今ここで大人に見つかり、救急車で運ばれたら――あの「尿道カテーテル」の魔女と再会することになる!
「大丈夫だ。無事だ。自力で帰る」 私は友人たちの静止を振り切り、ふらつく足取りでその場を去った。頭蓋骨のヒビよりも、アソコの尊厳を守ることを選んだのだ。
その後、日常的に何度か意識を失うことが起きたが、小学生らしく、UFOにさらわれて宇宙人に記憶を消去されているのだと自分に言い聞かせ、気にとめないようにした。
かなり後のことだが、頭部CTを撮る機会があった際、医師が不思議そうな顔で言った。 「後頭部の一部が、富士山のように盛り上がっていますね」
それは少年時代の名残であり、少なくとも宇宙人の埋め込み物はないことが科学的に証明された。
あの事故以来、私たちの草野球でキャッチャーは田丘の固定ポジションになった。
大学生になった頃、駅で偶然再会した彼に尋ねた。
「田丘、今も野球やっているのか?」
「ああ、もちろん」
「やはり、キャッチャーか?」
日焼けした顔に白い歯をのぞかせ、彼はにんまりと笑った。
「ああ。キャッチャーだけは他人に任せられないからな。……だろ、ジョー?」




