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アンデッバッグド・ライフ 九死に一生を得すぎた男、神がデバッグを忘れたとしか思えない件  作者: 桜ジョー


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2/12

第2章 眼球注射

私の人生は、いつだってこうだ。ここ一番というときに、神様はいつも、とんでもない変化球を投げ込んでくる。 意識が遠のく中、私は己の半生を支配してきた「痛み」の記憶を呼び覚ましていた。この激痛は単なる不運ではない。私の不条理な人生というドラマの、必然の到達点だったのだ。

……すべては、光を失った暗闇、眼球に突き刺さる針の感触から始まっていた。おそらく。


第2章:眼球注射

痛み指数:[Pain Scale: ■■■■■■■■■□ 9/10]

ステータス:Optical Sensor Glitch(深刻な視覚システムエラー)



「毒は吸い出したほうがいいのよ。私がやってあげる」

 ミスコン美女のあまりにも献身的、かつ狂気すら感じる申し出を、私は薄れゆく意識の淵で聞いていた。

 全人類の約40億人が泣いて喜ぶであろう奇跡のシチュエーション。

 だが今の私にとっては、彼女の指先がズボンの生地に触れるかすかな振動さえ、神経を逆撫でする拷問に等しい。

「……ありがたいが、今はそっとしておいてくれ。お願いだ」

 蚊の鳴くような声で絞り出し、私は目を閉じた。 バスの揺れに合わせて、股間の「二つの宝珠」が悲鳴を上げる。ズキン、ズキンと脈動するたびに脳内が真っ白に染まる。

 熱に浮かされ、意識が混濁していく。 メキシコの乾いた風が、いつの間にか、ひんやりとした無機質な病院の空気へと変わっていった。

 記憶のページが、猛烈な勢いで逆回転を始める。 たどり着いたのは、光を失った暗闇の世界。 ……私の人生の第一歩は完全な暗闇(ピッチブラック)から始まった。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


 時を遡ること数十年。それが私の「痛みの原風景」だ。 どうやら私は3歳の頃に左目を負傷したらしい。だが、幼い私には何が起きたのか理解できず、周囲に伝える術も持たなかった。異変に気づいた母に連れられ、田舎の町医者に通ったが、下された診断は「結膜炎」。その誤診が、私の人生を大きく狂わせることになった。

 5歳になり、保育園に入所してわずか3日目のことだ。突然迎えに来た両親は、私をそのまま都会の大きな眼科病院へと連れて行った。そこで下された宣告は非情だった。 左目は、すでに失明していた。

「角膜移植をすれば、あるいは見えるようになるかもしれません」 医師の説明を聞き、両親は治療費の工面を含め、一大決心をしたという。これらのことは手術後に両親から聞かされた話であり、当時の私には一切記憶がない。

 私の人生の第一歩は、完全な暗闇(ピッチブラック)と、針が落ちる音さえ聞こえそうな静寂(ピンドロップサイレント)の中から始まった。

 真っ暗闇の中、頭の中で声がした。

『私は誰? ここはどこ? どうして私はここにいる?』

 奇妙な感覚だった。唐突に、頭の中で誰かが低い声でつぶやくのだ。そして確かに、自分のことを『私』と呼んだ。5歳の男児が。

 一般的には「自我の目覚め」と解釈されるのだろうが、本当にそうだろうか。5歳の幼児が、自分のことを『私』と呼ぶだろうか。しかも、成熟した大人の男のような低い声で。 あの時、頭の中に居座ったのは、純粋な「私」だったのか、それとも「別の何か」だったのか。その答えは、未だに見つかっていない。

 不安定な精神状態の中、暗闇を切り裂くように、今度ははっきりとした「外の世界」の声が届いた。 「絶対安静です」 医師の声だった。自分が病院のベッドに横たわっていることを理解した瞬間だった。

 この「絶対安静」という言葉こそが、私が自らの意志で刻んだ、人生最初の記憶となった。

「僕、喉渇いた」

 水を欲しがる私に、母は濡れたタオルを唇に当てた。必死にその水分を吸い取った。「絶対安静」という金科玉条の前では、水を飲むことさえ、タオルの繊維から滴る雫を啜るしかなかった。

 誤解しないでほしいが、これは決して悲壮な思い出ではない。初めて「水を飲む」という行為を、私はこの方法で学んだだけなのだ。後年、私がコップを使わず、蛇口からダイレクトに水を飲むのが当たり前になったのは、間違いなくこの時の「タオルの記憶」が根底にある。私にとって、コップを介して水を飲むことは「普通」ではなかったのだ。

 手術から数日が過ぎ、顔面を覆っていた包帯と眼帯が外された。

「手術は成功です!」 医師は高らかに宣言し、両親は手を取り合って喜んだ。だが、当の本人は納得がいかなかった。なぜなら、左目にはほとんど視力が戻っていなかったからだ。矯正器具をつけても、世界には厚い霧がかかり、ぼんやりとした輪郭が見えるだけ。

 医師に見えるかと問われ、私はこう答えた。

「お化けが見える」

 保育園中退の5歳児には、それが精一杯の言語表現だった。


――失明は免れた。だが、科学技術の進歩の恩恵には預かれなかった。昨今、悪友から「VRのAVがすごいぞ」と聞かされるたび、私は切に思うのだ。もしあの時、もっと鮮明な「成功」を掴んでいたら、私のメタバース体験はどれほど豊かだっただろうかと――。


 そして、ここからが本当の「痛い」時間の始まりだ。 左目には縫合した糸が残ったまま。拒絶反応を抑えるため、私は眼球に直接注射を打つことになった。

 点眼麻酔をしたところで、痛みはゼロにはならない。 私の脳内の「レコーディング・スイッチ」は、あの「絶対安静」という言葉とともにオンになった。記録されるのは、来る日も来る日も、眼球を貫く銀色の針。 逃げ場のない眼窩(がんか)の端から、死神のように迫る鋭利な光。それをただ凝視し続けるしかない入院生活。それが私の日常となった。

 そんな日々の中にも、小さな光はあった。 売店で買ってもらうヨーグルト。それはプリンよりも贅沢で、私の大好物になった。 そして、見舞いに来る伯父が持ってきてくれる、我が家では買えないようなオモチャたち。ただし、珠算塾を経営していた伯父の見舞いには、常に「そろばんの猛特訓」というオプションがついていたが。


 半年後に退院したが、通院生活でも「眼球への注射」は続いた。 母は早朝の満員電車に乗り、左目に大きな金属製眼帯をつけた、まるで「オペラ座の怪人」のような幼い私を連れ、2時間かけて都会の病院へ通った。

 朝の通勤ラッシュ、席を譲られた記憶は一度もない。それどころか、帰りの電車で確保した母の席を、知らない大人に「どけ!」と奪われることさえあった。

「日本人は礼節を重んじる」などという諸外国からの美辞麗句を聞くたび、私は思う。国や民族ではない。結局は「人による」のだと。

 こうして私の幼児期は、降り注ぐ太陽を浴びることなく、砂場遊びや友人との駆けっこでもなく、真っ白な壁や天井に囲まれ、消毒液の匂いと、眼球を貫く針の感触とともに幕を閉じた。

 この人生のスタートラインが不幸だったかどうかは、死ぬ瞬間までわからないだろう。


 ただ一つ、今ならわかることがある。 所詮は5歳児。本当の意味で「痛かった」のは、私の眼球ではなく、それを見守り続けた母親の心だったのだということを。それを知ったのは、随分と先の話になるのだが。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


 随分と先ではないが、母に関しては解せないことがあった。

 私は伯父の経営する珠算塾でほぼ毎日猛烈に「球」を弾いて、年に数回開催される珠算大会で幾度も勝利を重ねた。まさに血と汗と涙の果てに手に入れたトロフィーの山だった。

 ある日の夕刻、中学校の修学旅行から帰宅すると、母が家の前でいつものようにゴミを燃やしていた。炎の中にくべていた何かに見覚えがあった私は、嫌な予感を感じて火に近寄った。なんと、母は、無造作に「トロフィー」をゴミと一緒に燃やしていた。最後の一つが投げ込まれようとした刹那、「ちょっとまった!」と叫んだが・・・・・・。

★★★★★をクリック! 作者の次回作を執筆するエネルギーをください。よろしくお願いします。

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