閑話:皇帝一家
帝城の静かで広い食堂では、微かに食器が触れる音がするだけで、会話はない。
その場にいるのはアルタン帝国皇帝、バルトロメウスの家族たち。
長いダイニングテーブルの先頭に座るバルトロメウス、左側には皇后マルガレータ(三十八才)、第一皇子プラシド(十八才)、第一皇女カルラ(十四才)、右側には皇妃グラシア(二十八才)、第二皇子アルベール(八才)が席についていた。
食事もそろそろ終わる頃、一人、ソワソワしている者がいた。
第二皇子アルベールだ。
それに気付いたのは、向かい側に座っていた第一皇子プラシド。十歳も離れている異母弟のことを可愛く思っているプラシドは、弟の様子に微かに笑みを浮かべる。
「どうした、アルベール」
優しく問いかけるプラシド。
アルベールは兄の声にハッとして少しだけもじもじしてしまうが、プラシドが優しく頷き、マルガレータ皇后も姉であるカルラも笑みを浮かべている。
実母であるグラシア皇妃は少し困った顔をしていたが、父親であるバルトロメウスへと目を向けると優しい顔をしていたので、アルベールは勇気を出して気になっていたことを聞いてしまう。
「あ、あの、『創造神の愛し子』様が帝都にいらしたという話は本当ですか?」
アルベールの言葉に、バルトロメウスは一瞬顔を強張らせたが、すぐに笑みを浮かべる。
「アルベール、それは誰から聞いたのだ?」
「えと、あちこちで話をしてるのを聞いただけで」
「あちこち……」
「父上、アルベールの言葉は嘘ではございません」
「プラシドもか」
「はい。私はヴィクター(側近)から、城下での噂として聞いております」
「あら、私はお茶会でお友達から聞いたわ」
カルラが不思議そうな顔で言う。マルガレータ皇后とグラシア皇妃も頷いている。
――なんと。知らなかったのは私だけなのか。
内心愕然としたバルトロメウスだったが、ンンッと喉を鳴らしたのち、笑みを張り付ける。
「そうか。私も『創造神の愛し子』様がいらしたことは聞いている」
「そうなんですね! どんなお方なのですか?」
「黒い髪と黒い瞳の十二、三歳くらいの女児だと聞いている」
「まぁ! 私は男の方と聞いておりましたわ」
残念そうな声をあげたのはカルラ。
「ああ、男性のような格好でいらしたそうだから、多くの者は勘違いしたのであろう……そうだ、アルベールには少し年上だが、プラシド、お前……」
「《《陛下》》」
冷ややかな声があがった。マルガレータ皇后だ。
「な、なんだ」
「恐れながら、プラシドにはエスプラ公爵家のご令嬢がおります」
「わ、わかっておる」
マルガレータ皇后の威圧のある言葉に、バルトロメウスもタジタジとなる。
「《《陛下》》」
今度はプラシドが母親そっくりの厳しい顔つきで、父親を睨みつける。
「私にはタマラがおります。そもそも、『創造神の愛し子』様のお相手など、恐れ多いことですよ」
「しかし、お前はアルタン帝国の皇子であるぞ」
「《《陛下》》」
マルガレータ皇后の声は、より一層冷ややかになる。
「んん、ま、まぁ、なんだ。そんな話もあったらいいなぁ、と……」
「……」
バルトロメウスの声が少しずつ小さくなっていく。
それに答える者は誰もいなかった。
ちなみに、一番幼いアルベールにすら、残念なものを見るような目で見られていたことに、バルトロメウスは気付いていなかった。




