閑話:アルタン皇帝
雅たちが帝都の外に居を構えた頃。
場所は現アルタン皇帝、バルトロメウス・ブロ・アルタン(四十三才)の執務室。
バルトロメウスは眉間に皺を寄せながら、報告に来た文官を睨みつける。その手には皇帝の元に『主神の愛し子』が帝都の神殿に来訪していたとの情報が書かれた書類が、握りしめられていた。
『年の頃は十二、三歳。長い黒髪を一つにまとめ、黒い瞳には鑑定用の眼の魔道具のような物をしている。男性のような格好をされているが、性別は女性と思われる。言葉は通じない』
『神獣を二匹従えており、その神獣は子猫のような大きさから、馬と同じくらいの大きさにまで変化が可能。人型をとることで会話が可能。愛し子様との通訳を行っている』
迎えに行った者の多くは聖騎士団の男性騎士たち。女性は聖女候補と女性騎士が一人。その男性騎士たちの中には、厄介な貴族派の筆頭侯爵家の三男もいたことに、バルトロメウスの心中は穏やかではない。
「なぜ今頃の報告なのだ。もう少し早く話が上がってきていてもよいのではないか」
苦々しく言うバルトロメウス。
「それで『愛し子』様は」
「はっ、今は帝都の外にお屋敷を建てられて、そちらに」
「な、何っ」
「……ご自身でお屋敷を持ち歩いておられるそうで。一応、第二聖騎士団が警護に当たっております」
「や、屋敷を!? ……くっ、神殿長を、神殿長を呼べっ」
不機嫌そうに怒鳴ると、文官は慌てて執務室から出て行った。
現在の神殿長はバルトロメウスの父、今では隠居している前皇帝の実弟。バルトロメウスの叔父にあたる。
神殿と皇家の関係が上手くバランスがとれているのは、その神殿長のおかげではあるが、『主神の愛し子』に関する情報が遅れ気味なことに苛立ちを感じずにはいられなかった。
神殿長がやってきたのは、バルトロメウスからの呼び出しから一時間以上経ってから。三十分後には、高位貴族たちとの会議になるという時間であった。
「お呼びとうかがい参上しました」
「……神殿長、『主神の愛し子』様について、神殿からの報告が遅いのだが」
「それは失礼いたしました」
無表情な顔で深々と頭を下げる神殿長。
「叔父上! 困るのですよ。『主神の愛し子』が降臨されたという情報もそうですが、お迎えにあがるのだって、我々になんの情報も上がってこないとはっ」
神殿長の様子に我慢がならなかったバルトロメウスは、声を荒げてしまう。
「……皇帝陛下」
神殿長の冷ややかな眼差しが向けられる。
「んんっ」
バルトロメウスは喉を鳴らし、気持ちを切り替える。
「神殿長、そもそも『主神の愛し子』様はどういったお方なのだ。神殿長は『主神の愛し子』様とお会いしたのだろう」
「……はい」
「その時の印象でいい」
一瞬考えてから、ジッとバルトロメウスの目を見る。
「とても真面目そうな方だとお見受けしました。聖女アイリス様にも優しく接せられていましたし、同行していた聖騎士たちからも、悪い話は聞いておりません」
「なるほど」
まだ若い女性である『主神の愛し子』なのであれば、第一王子(十八才)との婚約を視野にいれてもいいかもしれない、という考えがよぎった。
すでに公爵家の令嬢と婚約はしているが、令嬢と『主神の愛し子』であれば、『主神の愛し子』のほうが望ましいのではないか、と思ったバルトロメウスだったが。
「皇帝陛下、余計なことはされませんように」
「……何」
「イダ神様より、聖女アイリスが神託を受けております。『主神の愛し子』様の意思を認めぬような行いはするなと」
「……」
「イダ神様のお言葉です。お間違いなきよう」
ジロリと睨まれ、顔を強張らせるバルトロメウス。
「それでは失礼いたします」
頭を下げ執務室を出ていく神殿長を見送ると、バルトロメウスは椅子の背によりかかり、「フンッ」と不満げに鼻息を強く吐いた。




