第72話 神殿での生活は無理でした
聖女のアイリス様に神殿に部屋を用意したと言われたので、とりあえずお世話になることにした。さすがにあんなに期待して待っていてくれた方に、初っ端からゴメンナサイするのは、申し訳ない気がしたのだ。
かなりよい部屋に案内されたのだと思う。
神殿という響きから、かなり質素なイメージだったけれど、お客様用のお部屋は、それなりにゴージャスではあった。
天蓋のベッドとか、艶々な立派な家具とか、中世のヨーロッパの貴族の屋敷って、こんなだったんだろうなぁ、という感じ。(遠い目)
そんな中、あちらの常識のある私には、色々と厳しい現実を思い知らされることになる。
生活必需品である魔道具関連が魔力無しの私には使えないのは厳しい。
中でも何が嫌って、一番はやっぱりトイレ。
さすが神殿だけに、田舎のような恐ろしいトイレではなかったけれど、水洗トイレのように流すのにも充填用のボタンに魔力を流さないと使えないのだ。
――ダメじゃん。
一度だけ我慢できなかったので、マーコにお願いして流してもらったけれど、毎回とか無理だ。恥ずかしすぎる。
当然、お風呂も使えない。
それより何より、お世話をさせてくださいと、神殿の女性たちがやってきたことも怖すぎた。
人に身体を洗ってもらうとか、勘弁してほしい。マーコたちが追い返してくれたから助かったけど。
そして人の視線が鬱陶しいこと、この上ない。
礼拝堂から宿泊する部屋まで、そして、部屋と食堂の往復の移動だけではなく、食事中にも見られているし、コソコソ、ヒソヒソと話しているのだ。
聖女候補のヘルカさんが案内してくれたのも一因かもしれない。
彼女から恭しくされれば、それは悪目立ちもするだろう。
前は周囲で何を言ってるのかわからなかったから、ただの雑音のようなものだった。しかし、時折『愛し子』とか『神獣』とか聞き取れてしまうワードがあるものだから、気になってしまって落ち着かなかった。
結局、翌日にはアイリス様に断りを入れて、神殿から出ることにした。
一日しかもたなかったのかい、とツッコミを入れられそうだけど、無理なものは無理。
かなり引き止められたが、イダ様には許可を貰っているから、と言って押し切ってしまった。この時ほど、ちゃんと言葉が通じるってすばらしい、と思った。
そして私たちは、仮ではあるが帝都の石壁の外に我が家を設置することにした。
帝都の中はすでに家がギュウギュウで、すぐに我が家が出せるような大きさの土地がなかったのだ。
出入り口の門の近くだと人の目が多いので、街道から歩いて十分くらい離れたところに建ててある。
帝都の外、という時点で、アイリス様や神殿長(ローブを着ていたおじさん)からは色々言われたのだが、我が家が結界に囲まれていることを、行動をともにしていた聖騎士のアレクシスさんにも説明してもらって、実物を見て判断してもらうことになった。
そして実際に見た彼らの呆気にとられた様子が、聖騎士たちと出会った当初を思い出して、笑ってしまったのは仕方がないと思う。
――でも、ここはあくまで仮住まい。
もう少しこの国を、この世界を知ってから、腰を落ち着ける場所を探しに行こうと思う。




