第71話 イダ様にお願い
帝国に住むということに嫌悪感があったのは、単純に私のイメージでしかない。実際の国に関する情報から判断したものではない。
何事も思い込み、というのは危険ではある。
ちょっと迷いはあるけれど、この国を知ってから判断してもいいかもしれない。
そもそも、ここまで移動してきたことを考えると、しばらくは落ち着きたいのが正直なところ。
「……今すぐ、あちこち行ってみたいわけじゃないから、少し住んでみるのもいいか」
ポツリと呟く私に、イダ様は嬉しそうに笑みを浮かべる一方で、マーコとニーコは呆れた顔。ユーコはクスクス笑っている。
「でも、言葉がわかんないのは、キツイんですけど」
チラリとイダ様に目を向ける。
今まではマーコたちが通訳をしてくれていたけれど、毎回、そういうわけにもいかない。時には彼がそばにいないこともあるのだから。
「私たちは構わないけど、雅にしたら、困るよね」
「全然、雅に優しくないんだけど」
マーコとニーコがイダ様へと文句を言う。ユーコもうんうん頷いていて、私も思わず苦笑い。
『……創造神の力では、只人の身に、些末な能力は授けられなかったのだろう』
「只人ってひどーい」
「飛ばしたのは、神たちのくせにー」
「どうせ、どこかで見てるんじゃないの?」
『あんまり、創造神様を苛めてくれるな』
「フンッ、中途半端なのが悪いのよ」
マーコとニーコが上のほうを、あちこち睨みつけながら文句を言っている。その姿は、ちょっと可愛い。それはイダ様も同じようで、優しい眼差しを向けていたのだが。
『……だから、八百万の神が口を出したんだがな』
最後のユーコの言葉に、イダ様は顔を強張らせる。
『……お主も、よくよく考えねばな』
『……ユーコ殿も怖いお方よな』
はぁ、と大きくため息をついた後、イダ様は私のほうへと大きな手のひらをむけて、『敏い耳と、敏い目、言の葉を操る力を、我が加護とともに』と呟いた。
なんとなく、フワンと何かが通り過ぎた感じがしたけれど、特別な何かがあったわけでもない。
『これで、会話に支障はないだろう。この世界であれば、どこの言葉も理解できるはずだ』
「書くのはー?」
『当然問題はない』
「あ、ありがとうございます」
これで、こちらで生活する不便さは、だいぶ解消されるだろう。そう思ったら、肩の力が抜ける。
『さて、聖女アイリス』
先程までは優し気な表情を浮かべていたイダ様が、突如無表情になる。
声をかけられた聖女様が、ビクリと身体を震わす。彼女の時間が動き出したようだ。
「イ、イダ神様」
――あ、言葉がわかる!
聖女様の言葉がわかることに気付いて、一人身悶えてしまう私。
やはり、言葉がわかるって大事だ。
『アイリスたちのおかげで、無事に愛し子とは話ができた。彼女たちをこの地まで連れてきたことを、褒めて遣わす』
「は、はい。ありがとう存じます」
『これから先の行動は、愛し子の自由である。誰からも束縛はされない。それは皇帝であろうとも』
「……はい。畏まりました」
聖女様が深々と頭を下げたのを満足げに頷いたイダ様は、『(では、またな)』と私たちにだけわかるように口を動かしてウィンクをして、ゆっくりと消えていった。




