第29話 ユーコの結界、レベルアップ
サクッと夕食を済ませ、風呂に入った。
入浴剤は炭酸の錠剤のもの。これもユーコのおかげで在庫が切れることがない。ありがたいことである。
「あ゛ー」
少し熱めのお風呂に入り、思わず声が出る。
――普通に家の風呂に入ってるけど、外は森なんだよねぇ。
ざばっと両手でお湯をすくって顔を洗う。
今までも、家とその周辺を見て回ることはあった。けれど、こんなに長時間ではなかったし、いえから離れて森の中を行くなんてこともなかった。
その上、ここには魔物がいる。
マーコたちから渡される肉と、マッピングに表示される赤い点でしか実感しないけれど。
――魔物とは遭遇しないで済むのが一番だよねぇ。
私は浴槽の中で背伸びをしながら、そう思っていると。
ドシン、ドシン
何かが激しくぶつかる音がした。
「え、何事!?」
浴槽から慌てて出ると、バスタオルでサッとふいて、グレーのジャージに着替える。
リビングに行ってみると、マーコとニーコは窓際に座っている。
「ユーコは?」
「なーう」
マーコが何か言ってるようなのだが、通じない。しかし、窓をカリカリしているので、外を見てみると、ユーコが外で浮いていた。
「何、どうしたの」
私は窓を開けて、外履きのスリッパに履き替えてユーコのそばに行く。
「ユーコ」
「ん? ああ、雅」
「なんか凄い音がした……ん、だ、けど? 何、鹿?」
『ふむ。鹿ではない。あれも魔物だ』
「……マジか」
車の門扉の前に、巨大な鹿の魔物が横たわっている。それも二頭もだ。あのドシン、ドシンは二頭分の衝撃音だったようだ。
「あれは、もうしまってもいいのかしら」
『うむ。急いでしまうようにマーコたちに言わねば。他の魔物たちが集まってくる』
「うわ、マーコ! ニーコ!」
「にゃー」
「にゃにゃにゃー」
私の呼ぶ声にすぐに反応して、リビングの窓から飛び出してきた二匹は、門扉の下の隙間をぬるりと抜け出して、倒れている鹿の魔物を『収納』してくれた。
「あっという間に消えるのね」
感心して、そう言うと、マーコとニーコは門扉の外で胸を張って見せた。
「フフフ、さぁ、中に入って…」
私がそう声をかけていると、ドドドドドッという地響きが聞こえてきた。
何事かと思ったら、木々の間から、先程の鹿の魔物が走ってくるのが見えた。それも一匹ではない。二匹、三匹と、勢いを殺すことなく、そのまま突進してくる。
「ちょ、な、なんで」
私が言い切る前に、魔物たちはそのままドシン、ドシンとぶつかり、倒れていく。
『……あー、もしや、ここはやつらの通り道であったか』
「え」
『同じ魔物が複数回激突しているのだ。逸れればいいものを、真っすぐ進むとは、馬鹿な奴らだ』
猪突猛進は猪だったはずだけど、ここの鹿の魔物も真っすぐ進むことしかできないのか。
「気持ちはわかるけどさぁ」
そう話しているうちにも、遠くから地響きが聞こえてくる。
「ちょっと、この結界、ぶつかってきたのを逸らすとかできない?」
ドシン、ドシン
『そんな高等なこと、できるわけ……あ』
「どうしたの」
『うむ……レベルアップした。少し待て』
ドドドドドッ
「ま、また来たんだけど!」
『うーむ』
「ちょっと、まだ!?」
ドシン、ドシン
ドドドドドッ
「ま、まだ来るみたいなんだけどっ」
『……あった』
ユーコがポチッと見えない画面を指で触れると、サーッと青みがかった結界の色が白く変わり、倒れている魔物たちのところまでググーッと結界の範囲が広がった。
ドドドドドッ
――来るっ!
正面に突っ込んできそうだった鹿の魔物が、スルーッと横にそれて、車庫のそばを駆け抜けていく。
「……ぶつからない」
『うむ、結界を避けて走っていくように設定したからな(ついでに結界の範囲も広げたし)』
「よかったぁ。このまま放っておいたら、魔物の山が出来てそうだもの」
『私はレベルアップするからよかったんだけどな』
「あ」
『まぁ、この設定はいつでも変えられるから気にするな(雅が寝ている間にでもやればよいしの)』
ユーコのレベルアップの機会を奪ったようで、少しばかり罪悪感があったのだが、朝起きたときに山ほどの魔物が転がっている風景はみたいとは思えない。
実際、今、目の前に小さいながらも山が出来上がっているのだ。
「あとで魔物をしまっておいてね」
「にゃー」
「にゃー」
マーコとニーコの返事を聞いた私は、そのまま家の中へと戻った。




