閑話:四神の思い(1)
主神から神託が降りた。
『我が気にかける者がフォロンの森の奥に落ちてしまった。誰ぞ保護をしておくれ』
この神託は、主神の世界中にある大きな神殿の、聖女や聖人と呼ばれる者たちにおりた。
とはいえ、ただ名ばかりの者たちが多いのが実情。
実際に神託が届いたのは、四つの大神殿のみ。
東のアルタン帝国、『春の神イダ』を祀るイダ神殿
南のナークス王国、『夏の神サボエ』を祀るサボエ神殿
西のウヌオプカ聖王国、『秋の神ニギノ』を祀るニギノ神殿
北のホゴート王国、『冬の神ノスカ』を祀るノスカ神殿
主神の神託に、すぐさま動き出したのは、『春の神イダ』を祀るイダ神殿ただ一人の高齢の聖女アイリスだった。
「イダ様、主神様のお気にかけているお方は、フォロンの森のどのあたりに」
巨大な春の神イダの石像の前で跪き、シワシワの手を握りしめながら、聖女アイリスは問いかける。
『……フォロンの奥地。ナークス王国が近いかもしれん』
天井から神々しい光が降り注ぎ、優し気な男性の声が、聖女アイリスの脳へと響く。
「ナークスですか……かの国は確か、隣国と戦争中でしたか」
聖女アイリスはぼそぼそと小さな声で呟く。
周囲には他の神官たちもいるが、彼女の声は届かない。
『次に近いのはアルタンの南の辺境だろう。ウヌオプカもホゴートも遠すぎて向かう者はおるまい』
「では、聖騎士たちにお迎えに向かわせましょう」
『……主神様に確認する。準備だけはしておくように』
「かしこまりました」
深々と頭を下げ、ゆっくりと身体を起こそうとすると、若い神官が駆け寄り、聖女アイリスが立ち上がる手助けをした。
「ポローアスを呼びなさい。それと、ゴーグリ様にもお声をかけて」
「畏まりました」
立ち上がった聖女アイリスからの指示を受けた若い神官は、すぐさまに神殿の外へと駆け出していく。
――万が一にも、ニギノ神殿の者たちに奪われてはなりません。
西のウヌオプカ聖王国のニギノ神殿では聖女が代替わりをしたというが、先代の聖女は、聖女アイリスの年齢の半分もいかない若者だったはず。
何やらキナ臭いことが起こっているに違いない、と聖女アイリスは思っていた。
――他にも、ちゃんと主神の言葉を受け取れた者はいるのかしら。
フゥ、とため息をつきながら、聖女アイリスは、聖女専用の執務室へと向かった。
* * * * *
南のナークス王国、『夏の神サボエ』を祀るサボエ神殿には、多くの信徒たちが、サボエの石像の前で跪き祈っていた。
それは、戦場に出ていた聖女メリアナが負傷したとの知らせが王都に届いたからだ。
今回の戦争では、後方支援で怪我人の救助を行っていたところに、相手側から急襲を受けた。タイミングが悪いことに多くの怪我人を治した後だったのだ。
――まいったな。
サボエ神殿の石像の上に座り込んでるのは、夏の神サボエ自身。
――イダのところが動いているから大丈夫だとは思うが。
サボエの元には神殿から遠く離れた地で聖女メリアナが苦しんでいるのが伝わり、サボエ自身、苦い思いが湧き上がる。
サボエの力は人に使うには過剰になりすぎるせいで、手が出せないのだ。
「どうぞ、せいじょさまをおたすけくださいっ」
小さな子供の声が神殿の中に響く。それに続くように、老若男女が祈りの声をあげる。
――ああ。我が聖女は、これだけ多くの者に慕われている。
『聖女メリアナ、早く我が元《神殿》へ戻れ』
ポソリと呟くサボエは、聖女メリアナのいる地へと視線を向けた。




