閑話:座敷童ユーコ
押入れの奥にしまい込まれていた市松人形。
これが松本家にやってきたのは昭和の初めの頃だった。
元はとある地方にある松本家の本家が保管していたもので、大正時代に、当時の当主の娘のために手に入れた物だった。
そこそこ裕福だった松本家本家は、市松人形の衣装にも拘った。赤い絹の着物には金糸銀糸の刺繍がほどこされ、それには松本家の家紋も縫いこまれていたくらい。
しかし、戦時中に一家離散、本家の屋敷に残されたのが、この市松人形。それを曾祖父が貰い受けてきたのだ。
そんな市松人形が、なぜ封印されるまでになったのか。
それは他家から嫁入りした、雅の曾祖母が『視える』と言いだしたから。
『これには、女の子供の霊が宿っている』
『このままでは、我が家が呪われる』
『封印してしまえ』
キンキンと叫ぶ嫁に気弱な曾祖父は逆らうことなく、近くの寺で除霊とともに封印をしてもらった。しかし、それを寺に奉納するでもなく持って帰ってきたのは、曾祖父なりに思い入れがあったから。
なぜなら、その市松人形の持ち主であった、本家の娘に対する淡い初恋の思い出があったから。
実際のところは、曾祖母が曾祖父の未練に敏感だったせいの妄想から始まったことだったが、曾祖母はそこまでやってくれたならと、溜飲を下げたのだ。
――姉さんが、宿ってるなら、それでもいい。
嫁の顔色もうかがいながら、そんな思いを抱いていた曾祖父。結局、市松人形を愛でることなく家の押入れにしまい込んだまま亡くなってしまった。
――繭子が宿るわけなんかないのにね。
ユーコはかつての持ち主である本家の娘、繭子のことを思い出す。
戦時中、疎開先で病気になって、二度と本家の屋敷に戻ることがなかった繭子。疎開先には持って行けずに屋敷に残されていたユーコの元に、繭子は魂だけの状態になってきたけれど、無言でそのまま消えてしまった。
そして気が付けば、作られて100年を目前にしていたユーコ。このまま誰の目にも触れられずに、付喪神になるのかと思っていたが、家ごと異世界へと転移されたことで、彼女の人形としての生が変わった。
神からの声が届いたのだ。
『この家の面倒をみてくれないか』
天照大御神だと名乗る女の声に戸惑うが、自分に与えられた初めての使命に、ユーコは期待に震えた。
そして、ついにマーコとニーコに見出される。
雅によって、付喪神ではなく座敷童に変えられ、豪華な着物から、真っ赤なちゃんちゃんこに黄八丈の姿に変わったユーコだが、これも悪くない、と思っている。
何より、意思の疎通ができるのが嬉しい。
――それにしても。
目の前で、マーコとニーコと真剣な顔で話をしている雅を見て、口元が緩むユーコ。
――まさか、繭子がつけてくれた名前と同じ名を付けられるとはね。
繭子が付けた名前は『裕子』。彼女の幼馴染だった女の子の名前だった。
――まぁ、神からのお願いだし、繭子と同じ一族だし、面倒みてあげましょう。
「ねぇ、ユーコ」
雅がユーコに期待の眼差しを向けてきた。
『なぁに』
「庭に畑ができるって言ったじゃない?」
『ええ』
この家の庭は、猫の額ほどの小ささで、畑というのもおこがましいが、雅一人が食べるのに困らないように、ユーコにもさりげなく『ちーと』が授けられているのだ。
マーコやニーコのような派手さはないけれど、ユーコは自分の力を気に入っている。
「あのね、小松菜って植えられる?」
雅の小さなお願いに、ニッと笑みを浮かべるユーコであった。




