午後、影が伸びる
午後の光は、朝よりも正直だ。
隠していたものを、
じわじわと床に落としていく。
窓際の席で、彼女は頬杖をついていた。
ノートは開いているけれど、
文字はほとんど頭に入っていない。
ペン先が止まったまま、
時間だけが進んでいく。
さっきまで、
ちゃんと笑っていたはずなのに。
友達の声に相槌を打って、
「大丈夫だよ」って言葉も、
いつも通りの調子で返した。
それなのに、
胸の奥にだけ、
朝の残像が沈んだままになっている。
黒板に映る光が揺れて、
先生の声が遠くなる。
あの道の分かれ目。
あの「じゃあ」の一言。
約束じゃないから、
安心できたはずなのに。
「……なんでだろ」
小さく呟いた声は、
机の影に吸い込まれた。
強くなったわけじゃない。
前を向けたわけでもない。
ただ、
夜を知ってしまった。
それだけなのに、
世界の輪郭が少し変わってしまった。
チャイムが鳴る。
椅子が引かれる音。
午後が終わる合図。
帰り道、
影はどんどん長くなっていく。
朝は眩しすぎて、
夜は深すぎる。
この時間帯だけが、
どこにも属していないみたいで、
少しだけ呼吸が楽だった。
歩道橋の上で足を止める。
車の流れを見下ろしながら、
スマホを取り出す。
通知は、ない。
当然だ。
連絡先を交換したわけでもない。
約束も、していない。
なのに、
画面を閉じる指が
ほんの少しだけ遅れた。
「……期待してるみたいじゃん」
自分に呆れて、
でも責めるほどでもなくて。
空を見上げると、
昼でも夜でもない色が広がっていた。
きっとまた、
夜は来る。
それが今日かどうかは分からない。
でも来ないふりをして
一生をやり過ごすことも、
もう出来ない気がした。
歩道橋を降りる。
靴音が、現実に戻っていく。
それでも胸の奥には、
朝の名残と、
夜の予感が、
静かに共存していた。
強くならなくていい。
答えを出さなくてもいい。
ただ、
次に夜が来たとき、
逃げない自分でいられたら。
彼女はそう思いながら、
影の中を歩いていった。




