倒れた看護師
朝から、診療所は戦場だった。
熱の患者。
腹痛の子ども。
脱水で動けない大人。
彼女は休む間もなく動き続ける。
水を煮る指示。
布の交換。
症状の確認。
誰かが回復すれば、
次の誰かが悪くなる。
終わりが見えない。
「少し休め」
村人に言われても、首を振る。
「あと一人診たら」
その「あと一人」が、
何度も続いていた。
昼を過ぎた頃。
視界がぼやけ始める。
あ、まずい。
そう思った時には、
もう遅かった。
立ち上がろうとした瞬間、
足の力が抜ける。
世界が傾く。
誰かの声が遠くなる。
――床が近づく。
そこで、意識が途切れた。
・・・
目を覚ますと、
天井が見えた。
診療所の寝台。
「……あ」
起き上がろうとして、
体に力が入らないことに気づく。
「動くな」
低い声。
見ると、
あの薬師が腕を組んで座っていた。
驚く。
「なんで…」
「患者が倒れてどうする」
ぶっきらぼうな声。
でも寝台の横には、
冷やした布。
水。
用意された薬草茶。
全部、
看護のやり方だった。
村人が顔を出す。
「目が覚めた!」
「先生が倒れたって聞いて…」
子どもまで覗いている。
彼女はやっと気づく。
自分が診ていた人たちが、
今は自分を診ている。
不思議な気持ちだった。
「水、ちゃんと飲め」
薬師が言う。
「少しずつ、何度も、だろ」
彼女の言葉を
そのまま返してくる。
思わず笑ってしまう。
村人がぽつりと言う。
「あなたが倒れたら困る」
別の人も言う。
「無理するな」
「俺たちもやる」
その言葉は、
重かった。
一人で背負わなくていい。
それを、やっと理解する。
看護は一人じゃできない。
前世で学んだはずなのに、
忘れていた。
目の奥が、
少し熱くなる。
「……ありがとう」
素直に言えた。
診療所の外では、
今日も水が煮られている。
手を洗う人が並ぶ。
知識が、
村に根づいていた。
彼女が倒れても、
医療は止まらない。
それが何より嬉しかった。
小さな診療所は、
もう彼女だけの場所じゃない。
村の命を守る場所になっていた。




