白衣の代わりに、祈りを
診療所を開いて五日目。
小屋の前には、朝から人が並んでいた。
最初は物珍しさ。
次に半信半疑。
そして今は――期待。
「あの子に診てもらうと悪くならない」
そんな噂が、村に広がっていた。
奇跡を起こしたわけじゃない。
死にかけを蘇らせたわけでもない。
ただ、悪化させない。
それだけ。
でもこの世界では、
それが十分すぎるほどの違いだった。
彼女は今日も桶の水を替え、
布を煮沸し、
簡単な記録を木板に残す。
誰が、いつ、どんな症状だったか。
前世では当たり前のカルテ。
今はただの覚え書き。
それでも、
「傾向」が見えてくる。
最近は腹痛が多い。
同じ井戸を使う家に集中している。
原因はほぼ確定だった。
「この井戸、水を煮てから飲んで」
村人は目を丸くする。
「水を煮る?毎回?」
「お腹の病気、減るよ」
半信半疑でも、
子どもを持つ親は試す。
三日後。
腹痛の訴えは激減した。
「聖女様の知恵だ」
誰かが言い出す。
彼女は即座に否定する。
「違うよ。ただの知識」
でも人は
奇跡の方を信じたがる。
その空気を、
快く思わない者もいた。
診療所の扉が勢いよく開く。
入ってきたのは、
年配の薬師だった。
村で長く薬草を扱ってきた人物。
「お前のやり方のせいで、
薬が売れん」
空気が張り詰める。
彼女は驚かない。
むしろ
「やっと来た」と思った。
改革には必ず反発が出る。
前世で何度も見た光景。
「治れば、薬はいらないから」
淡々と言う。
薬師は眉をひそめる。
「経験もない娘が、
医療を語るな」
図星でもある。
この体は若い少女。
でも中身は、
現場を踏んだ看護師。
「じゃあ聞くけど」
彼女は静かに言う。
「傷が膿むのは、
薬草が足りないから?」
薬師は答えに詰まる。
「違うよ。
汚れが入るから」
布を煮沸する理由。
手を洗う理由。
水を替える理由。
全部繋がっている。
薬師は黙り込む。
理屈は分かる。
でも認めたくない。
長年の常識が、
崩れる音がするから。
「……好きにしろ」
それだけ言って出ていく。
敵対というより、
戸惑いだった。
彼女は小さく息を吐く。
味方ばかりじゃない。
それでいい。
変化は、
ゆっくり根づけばいい。
外では、
子どもたちが元気に走っている。
腹痛で寝込んでいた子もいる。
その光景を見て、
胸が温かくなる。
この世界でも、
命は守れる。
やり方が違うだけで、
看護は同じ。
小さな診療所から、
少しずつ。
医療は広がっていく。




