第3話 仕掛けの謎と犯人の影
事件から数日後、志乃は茶寮の片隅で茶葉を選びながら、静かに考えを巡らせていた。
安斎を襲った「唐辛子粉の仕掛け」。表向きは小さな騒ぎに過ぎないが、犯人の意図は単純ではなかった。
「誰が、こんなことを……」
自問しながら、志乃は茶碗を手に取り、再び縁を指先でなぞる。光る粉はもうない。それでも、痕跡のわずかな違和感が、彼女の直感を刺激した。
その日の夕方、常連客たちが再び集まった。志乃は皆を前に立たせ、静かに口を開く。
「皆さん、あの日の事件の全貌がわかりました」
客たちは緊張と好奇心を混ぜた表情で、彼女の言葉を待つ。
「安斎さんが倒れた原因は、毒ではありません。正体は……唐辛子粉です」
再び驚きの声が上がる。志乃は茶碗を手に取り、説明を続ける。
「茶碗の縁の内側に、極薄く唐辛子粉を塗り、乾かしておいたの。熱いお茶を注ぐと蒸気で粉が溶け、飲んだ瞬間に舌や喉を焼くような刺激を与える。飲む人はまるで毒を口にしたかのように錯覚するわ」
「でも、どうしてこんなことを……?」
客の一人が不安そうに尋ねる。
「犯人は安斎さんと同じ小説家仲間。嫉妬からのいたずらです。致死性はなく、ただ茶寮の評判や安斎さん自身を揺さぶるためだけの計画ね」
志乃は茶碗を軽く差し出し、続ける。
「しかも、普通なら粉の存在に気づくはず。でも今回は、米の糊で薄く固定してあった。透明で無味無臭だから、飲むまで誰もわからない」
客たちは小さく息を飲む。まるで小説のトリックを解き明かすかのような話に、皆が引き込まれていた。
「毒に見せかけて毒ではない。安斎さんが日頃、毒を題材に推理小説を書いていることを逆手に取った皮肉な仕掛けです」
常連たちは納得の頷きを示す。中には少し笑いをこらえきれない人もいた。
志乃は穏やかに微笑む。
「本当に危険な毒は、静かに人を狙うもの。騒ぎを起こすような“毒”は、所詮トリックにすぎないのよ」
その言葉には、茶寮の静かな空気と同じくらい冷静で、少しだけ鋭い光が含まれていた。
午後の光が差し込むカウンターで、志乃は再び茶を点てる。
唐辛子の仕掛けは明るみに出たが、茶寮にはもう何の危険も残っていない。
それでも、客たちはその小さな“毒騒ぎ”を忘れることはないだろう――。
紅椿茶寮の午後は、再び静かに、しかしほんの少し不思議な香りを漂わせながら過ぎていった。




