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余命一年、七千万円で異世界転移したら、洗脳された美少女を救う悪役教師になっていた【なろう版】  作者: 成政
七千万円で異世界に来たら、洗脳された美少女の人生を背負うことになった。
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第4話 俺が彼女の好物を知っている理由――そして、口にした名前

 かすかに、記憶があった。


 いや。


 記憶というには、あまりにも古い。


 もう二十年近く前。


 まだ俺が若かった頃に、よく遊んだゲーム。


 タイトルは――。


 『凌辱の退魔 学園が堕ちるとき』


 古いアダルトゲームだった。


 今となっては、細部まで覚えているわけじゃない。


 ただ。


 そこに登場した「悪役」の顔だけは――。


 なぜか、妙に鮮明だった。


 そして。


 鏡に映った今の自分の顔を見る。


「……嘘だろ」


 似ている。


 いや。


 似ているどころではない。


 そっくりだった。


 ゲームに登場した悪役。


 久遠彼方。


 そのキャラクターと、今の俺の姿が。


 まるで同じだった。


 そして――。


「高城……みさお」


 その名前が脳裏に浮かぶ。


 ゲームに登場したヒロインの一人。


 当時、特に気に入っていたキャラクター。


 あの頃の俺には、現実の恋人なんていなかった。


 持て余していた欲求を、ゲームに逃がしていた。


 そんな時代の記憶。


 だからこそ。


 目の前にいる少女の名前を聞いた瞬間。


 背筋が凍った。


「……高城、みさお」


 目の前の少女が、俺を見ている。


 怯えた瞳。


 それでも逆らわないように、必死に笑おうとしている。


「なんで……」


 喉が乾く。


「なんで、今なんだ……?」


 偶然なのか。


 仕組まれたのか。


 あの神社で出会った、怪しげな宗教団体の仕業なのか。


 ドッキリ?


 何かの実験?


 それとも――。


 全部、本当に起きている?


 しかし。


 それにしては、手が込みすぎている。


 鏡に映る顔。


 知らない部屋。


 そして。


 目の前にいる、高城みさお。


 何より。


 この少女の怯え方が、演技には見えなかった。


「…………」


 頭が痛い。


 考えれば考えるほど、わけが分からなくなる。


 今はもう。


 食事どころではなかった。


 とにかく、一人になりたい。


 少しだけでいい。


 頭を整理する時間が欲しい。


 俺は少女に背を向けた。


「君も……食事する気にはなれないだろ?」


「……」


「もう遅い」


 努めて穏やかに言う。


「帰りなさい」


 そして。


「家まで送るよ」


 その瞬間だった。


 少女の肩が――。


 びくっ!


 大きく跳ねた。


「……っ」


 その瞳に浮かんだのは、恐怖。


 俺は思わず眉をひそめる。


 どうして。


 ただ家まで送ると言っただけなのに。


 少女は震えながら、唇を動かした。


「ご主人様……」


「……」


「お願いです……」


 声が震えている。


「なんでもします……」


「…………」


「どんなことでも……」


 少女は必死に言葉を絞り出した。


「だから……」


 一度、息を詰まらせる。


「ママだけは……」


「……」


「お願い……します……」


 それは。


 取り繕った言葉ではなかった。


 俺には、そう感じられた。


 洗脳か。


 刷り込まれた恐怖か。


 その奥底から。


 彼女自身の意思が、必死に這い出してきている。


 ――自分はどうなってもいい。


 ――でも、母親だけは。


 そんな願いが、言葉の端から滲んでいた。


「…………はぁ」


 俺は大きく息を吐いた。


 そして、ポケットからスマートフォンを取り出す。


 検索画面を開く。


 住所。


 タクシー。


 現在地。


 必要な情報を一つずつ確認する。


 そして電話をかけた。


「はい。お願いします」


 短く話をしてから、電話を切る。


 俺はみさおを見る。


「ここの住所……」


 スマートフォンを確認しながら尋ねた。


「山王町、宝井五丁目――久遠マンションで合ってる?」


「え……?」


 少女の目が大きく開く。


「え、ええ……」


 一瞬迷い。


「……はい」


 答えを聞いた俺は、黙ってスマートフォンをしまった。


「じゃあ、行こうか」


「……はい」


 みさおは、もう抵抗しなかった。


 いや。


 抵抗できなかったのだろう。


     ◆


 エレベーターで階下へ降りる。


 扉が開く。


 外へ出た。


 そして俺は――。


 足を止めた。


「…………」


 マンションの隣。


 そこにあったのは。


 コンビニだった。


「……ここまで同じとはね」


 思わず、ため息が漏れる。


 ゲームの舞台。


 自分の記憶。


 そして現実。


 何が現実で、何が虚構なのか。


 もう分からない。


「行こうか」


「……はい」


 二人でコンビニへ入る。


 俺は買い物籠を手に取った。


 みさおは、少し後ろをついてくる。


「……?」


 俺は食品コーナーへ向かった。


 カルボナーラ。


 籠へ入れる。


 次に――。


 二郎系のラーメン。


 これも入れる。


 サンドイッチを二つ。


 チーズケーキの二個セット。


 紅茶を二本。


「…………」


 みさおが、固まっている。


 俺は彼女に尋ねなかった。


 何が好きなのか。


 聞く必要がなかった。


 記憶に残っていたからだ。


「……確か」


 籠の中を見る。


「これだったよな」


 みさおが、俺を見る。


「…………」


 理解できないという顔。


 だから、説明もしない。


 というより。


 説明できない。


「…………」


 さらに籠へ入れる。


 ビール二本。


 そして――。


 芋焼酎。


 九〇〇ミリリットル。


 久しぶりだった。


 酒なんて、病気になってからほとんど飲んでいない。


 でも今の俺の身体は。


 あのツボニールのおかげで、一時的に健康な状態へ戻っている。


 なら――。


「……これくらいはいいだろ」


 そしてレジへ向かった。


「二九番を二つ」


「はい」


「それとライター」


 店員が煙草を取り出す。


「お酒は別の袋で」


「かしこまりました」


 会計。


 財布を開く。


 五万円ほど入っている。


 俺は気にせず支払った。


     ◆


 コンビニを出る。


 ちょうどそのタイミングで。


 タクシーが到着した。


「乗って」


「……はい」


 みさおが乗り込む。


 俺もドアのところまで付き添った。


「そ、その……ご主人様……」


 その呼び方に。


 運転席の年配の男性が、バックミラー越しにこちらを見る。


「……?」


 明らかに驚いている。


 そりゃそうだ。


 セーラー服の女子高生から「ご主人様」なんて言葉が飛び出せば、普通は驚く。


 俺は特に説明しなかった。


「家、ここから近いの?」


「……二駅先です」


「そうか」


 財布から一万円札を一枚出す。


「これで、家まで送ってください」


「はい。ありがとうございます」


 そして俺は、みさおを見る。


「お釣りは返さなくていいから」


「……え?」


「君が持っていていい」


 みさおは、目を丸くした。


 俺は続けて。


「それと、これ」


 コンビニの袋を渡す。


「え……?」


「夕飯」


「…………」


「食べてないんだろ?」


「……」


 みさおの手が、袋を受け取る。


「いいか」


 俺は少しだけ声を落とした。


「どんなに辛いことがあっても」


 少女を見る。


「必ず食べること」


「…………」


「余ったら朝食にすればいい」


 みさおは何も言えなかった。


 ただ。


 袋を抱えたまま。


 俺を見ていた。


「じゃあ」


 ドアが閉まる。


 バタン。


 タクシーが走り出した。


 俺は、その後ろ姿をしばらく眺める。


 そして。


 ポケットから煙草を取り出した。


 火をつける。


 紫煙が、夜の空へゆっくりと溶けていく。


「……さて」


 久しぶりの感覚だった。


 煙草の苦み。


 肺へ入る煙。


 そして。


「久しぶりに……飲むか」


 俺は小さく笑った。


     ◆


 その頃。


 タクシーの後部座席。


 みさおは――。


 完全に停止していた。


「…………」


 運転手がバックミラーを見る。


「お客さん?」


「……はい」


「家はこっちで合ってる?」


「……はい」


「二駅先だっけ?」


「……はい」


「…………」


「……はい」


 全部。


 空返事だった。


 頭の中が真っ白だった。


 なぜ。


 どうして。


 何が起きた。


 あの人は。


 自分をどうするつもりだったのか。


 自分は――。


 凌辱されると思っていた?


 なのに。


 何も起きなかった。


 むしろ。


 夕飯を渡された。


 母親の分まで。


 お釣りまで。


「…………」


 意味が分からない。


 分からない。


 分からない。


 分からない。


 考えれば考えるほど、頭が止まる。


「お客さん」


「……」


「着いたよ」


「…………」


 みさおは、ぼんやりと顔を上げた。


「はい」


 運転手が差し出したお釣りを、反射的に受け取る。


「……はい」


 そして。


 気づけば。


 アパートの前に立っていた。


 古びた外壁。


 狭い階段。


 年季の入った郵便受け。


 父親が亡くなってから。


 母と二人で暮らしてきた、決して裕福とは言えない部屋。


 ブオォォン――。


 タクシーが走り去る。


 赤いテールランプが、夜の向こうへ消えていく。


 みさおの手には。


 コンビニの袋。


 中には。


 パスタ。


 ラーメン。


 チーズケーキ。


 飲み物。



 母親の分まで入っている。


「…………」


 それを見つめる。


 やっぱり。


 分からない。


 どうして。


 どうして、あの人は――。


 そんなことをするのか。


 みさおは、ゆっくりと鍵を開けた。


「……ただいま」


     ◆


「おかえり」


 部屋の奥から声がした。


 高城さやか。


 三十代。


 長い髪をねじるようにまとめている。


 口元には小さなほくろ。


 みさおの面影を残しながらも、より大人びた女性だった。


「どうしたの?」


「……うん」


「友達のところに泊まるんじゃなかった?」


「……うん」


「……?」


 さやかは首を傾げる。


「これ、どうしたの?」


 コンビニ袋を見つめる。


「……貰った」


「貰った?」


「うん」


「いいじゃない」


 さやかは笑った。


「じゃあ、食べようか」


「……うん」


 みさおは靴を脱ぐ。


 鞄を置く。


 手を洗う。


 それすら。


 全部、どこか上の空だった。


     ◆


 テーブルの上。


 母親にはカルボナーラ。


 みさおにはラーメン。


「いただきます」


「いただきます」


 二人が箸を持つ。


 さやかはカルボナーラを食べ始めた。


「……うん。美味しい」


「…………」


 みさおはラーメンを見つめている。


 湯気。


 麺。


 スープ。


「…………」


 一口。


 ずるっ。


「…………」


 二口。


 ずるずるっ。


「…………」


 三口。


 ずるずるずるっ。


 そして――。


「…………」


 みさおの瞳が。


 ゆっくりと見開かれた。


「…………」


 箸が止まる。


 そして。


「…………あ」


「ん?」


 さやかが顔を上げる。


「…………」


 みさおの脳内で。


 今まで停止していた何かが。


 一気に再起動した。


「…………」


 タクシー。


 コンビニ。


 買い物。


 母親の分の食事。


 自分の好きな物。


 お釣り。


 そして。


 あの男。


 久遠彼方。


 ご主人様。


 ――なのに。


 何もされていない。


 むしろ。


 心配された。


 夕飯を買ってもらった。


 母親の分まで。


 家まで送ってもらった。


 そして――。


「…………」


 みさおの顔が。


 みるみる青ざめる。


「え――」


「え?」


 さやかが首を傾げる。


「ええ……?」


「ちょっと、みさお?」


「えええええええええええっ!?」


 突然。


 みさおが立ち上がった。


 さやかが目を丸くする。


「な、なに!?」


「な、なんなのこれ!?」


「何が!?」


「なんで私、普通にラーメン食べてるの!?」


「……知らないわよ」


 母親の返答は冷静だった。


「いや、こっちが聞きたいんだけど」


「…………」


 みさおは頭を抱える。


 そして。


 ようやく。


 今日起きたことの異常さを。


 全部、思い出した。


「……あの人」


 震える声。


「一体……何なの……?」


 さやかは、その言葉を聞いて。


 少しだけ目を細めた。


「…………」


 そして。


 何気ないように。


 けれど。


(『久遠(くおん) 彼方(かなた)』……)


 その瞬間。


 みさおの時間が。


 再び――。


 止まった。

☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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