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余命一年、七千万円で異世界転移したら、洗脳された美少女を救う悪役教師になっていた【なろう版】  作者: 成政
七千万円で異世界に来たら、洗脳された美少女の人生を背負うことになった。
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第3話 笑っているのに、泣いている――俺の知らない「ご主人様」

 眼の前で膝をつき


 震える手でトランクスに手をかけようとする少女。


 その唇は引きつった微笑を浮かべている。


 なのに


 瞳からは大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちていた。


 なぜだ。なぜ、こんなことを――。


 正顕は強く首を振り、低く静かな声で告げた。


 肩が跳ねた。


 ビクッ、と。


 まるで殴られることを予測したような反応だった。


 その瞬間。


 胸の奥に、嫌なものが沈んだ。


「……やめるんだ」


 低い声が出た。


「――っ!」


 少女の身体が大きく震えた。


 手が止まる。


 顔から血の気が引いていく。


「ご、ごめんなさい……」


「…………」


「何か……粗相をしましたか……?」


 違う。


 そうじゃない。


「やめてくれ」


「……はい」


 少女はすぐに従った。


 あまりにも早かった。


 反論もない。


 戸惑いもない。


 ただ――。


「ごめんなさい……」


 小さな声で謝る。


「ごめんなさい……」


 肩が震える。


 そして。


 自分の口元を両手で覆った。


 泣くことすら許されていないような仕草だった。


「…………」


 俺は拳を握った。


 怒りではない。


 困惑だった。


 いや。


 それだけではない。


 怖かった。


 この少女を、こんな状態にした「何か」が。


「まず……立って」


「は、はい……」


 少女は慌てて立ち上がった。


 俺が視線を逸らすと、それだけで少しだけ呼吸を取り戻す。


 その様子を見ていると。


 まるで――。


 何かを間違えれば罰を受ける。


 そう信じ込まされている子供のようだった。


「……座ろうか」


「え……?」


「少し話がしたい」


 少女が目を見開いた。


 驚いている。


 いや。


 理解できていない。


 俺の言葉そのものが、彼女にとって想定外なのだ。


「…………」


「安心して」


 俺は、できるだけ穏やかな声を作った。


「君に危害は加えない」


 少女は答えなかった。


 ただ。


 ほんの少しだけ。


 目を伏せた。


 その表情は――悲しそうだった。


     ◇


 しばらくして。


 俺たちはテーブルを挟んで向かい合っていた。


 テーブルの上には食事が用意されている。


 ハンバーグ。


 サラダ。


 炊かれたままの白いご飯。


 味噌汁。


 ただし。


 もう冷めかけている。


「…………」


 俺は食卓を見つめた。


 誰かが俺の帰りを待っていた。


 そんな光景だった。


 だが。


 俺には覚えがない。


「……お茶」


 俺は立ち上がった。


「え?」


 少女が反応する。


 俺は台所へ向かい、湯呑みにお茶を注いだ。


 そして。


「どうぞ」


 少女の前に置いた。


「…………」


 少女は固まった。


「あ、あの……」


「?」


「そういったことは……私が……」


 言いながら。


 少女の顔が強張る。


「……すみません」


「なんで謝るんだ?」


「…………」


 答えられない。


 俺はそこで、初めて気づいた。


 この部屋。


 どこかおかしい。


 間取りは――俺のマンションとほとんど同じだ。


 リビング。


 キッチン。


 テーブルの位置。


 窓の場所。


 廊下。


 洗面所。


 まるで俺の部屋を、そのまま再現したような造りだった。


 なのに。


 違う。


 何かが決定的に違う。


「…………」


 生活感がない。


 家具は揃っている。


 食器もある。


 調味料もある。


 冷蔵庫もある。


 なのに。


 誰かが長く暮らしている感じがしない。


 まるで。


 誰かが記憶を頼りに作った――モデルルーム。


「……俺のマンションと同じだ」


 思わず呟く。


 少女は答えない。


「でも……違う」


 カーテンの色。


 置かれている小物。


 時計の位置。


 微妙に違う。


 同じ人間が住んでいたとは思えない。


「…………」


 俺は少女を見る。


「で」


「……はい」


「君は誰?」


「…………え?」


 少女が顔を上げた。


 その反応。


 まるで。


 聞いてはいけないことを聞かれたようだった。


「君は誰なんだ?」


「そ、それは……」


 少女の唇が震える。


「何か……ご主人様の……」


 言葉を探している。


「……その、何の……?」


 少女が怯えながら尋ねる。


「…………」


「ご主人様……怒らないでください」


「怒ってない」


「……はい」


 だが。


 信じていない。


 俺が少し手を動かしただけで。


 少女の肩が跳ねる。


 視線が俺の手に向く。


 そして。


 ほんの一瞬。


 少女は自分の顔を守るように腕を上げた。


「…………」


 俺は絶句した。


 何だ。


 今の反応は。


「……君」


「は、はい」


「俺が怖いのか?」


「…………」


 答えない。


 その代わり。


 少女の瞳が揺れた。


 そして。


「……ごめんなさい」


 また謝った。


「だから、謝らなくていい」


「…………」


「俺は、君を傷つけない」


「……本当に?」


 初めてだった。


 少女が自分から問い返した。


 その声は。


 ほんの少しだけ――。


 助けを求めているように聞こえた。


 だが。


 次の瞬間。


 少女の口元には、再び笑みが浮かぶ。


「……はい」


 笑っている。


 なのに。


 目だけが悲しい。


 俺はその笑顔を見ていると、胸が苦しくなった。


「本当のことを話してくれ」


「…………」


「君が、どこの誰なのか」


「…………」


「なんで俺のマンションにいるのか」


「…………」


「俺を、誰だと思っているのか」


 少女の指が震えた。


「…………」


 長い沈黙。


 そして。


 少女は恐る恐る口を開いた。


「わ、私の名前は……」


 一度、息を飲む。


「ご主人様の雌豚……みさお、です」


「…………」


「山王高校……三年二組の……」


「え?」


 俺は眉を寄せた。


「ごめんなさい……『性奴隷のみさお』です。」


「お願いです。」


「ご命令には従いますから……お許しください……!」


「ちょっと待って」


「……はい」


「君、名字は?」


 少女は戸惑った。


 それが、なぜそんな質問になるのか理解できないようだった。


「……高城、です」


「高城?」


「はい……」


「高城みさお」


「……はい」


 その名前を口にした瞬間。


 胸の奥がざわついた。


 知っている。


 俺は、この名前を知っている。


 だが。


 どこで?


 いつ?


 どうして?


「山王高校……三年二組」


「…………はい」


「それで?」


「…………」


 少女は俯いた。


「ご主人様が……ここへ来い、と」


「俺が?」


「…………」


 少女が小さく頷いた。


「そう……教えられています」


 その瞬間だった。


「――っ」


 頭の奥で。


 何かが弾けた。


 視界が歪む。


「……何だ?」


 次の瞬間。


 知らない光景が、脳裏を駆け抜けた。


 暗い部屋。


 怯えている少女。


 誰かに囲まれている。


 逃げようとしている。


 それを許されない。


 そして――。


 少女の表情が変わる。


 泣きそうなのに。


 笑っている。


 笑うように。


 従うように。


 そうしなければならないと、心に刻み込まれているように。


「――これは……!」


 頭が割れる。


「ぐっ……!」


 俺は頭を押さえた。


 ズキン。


 ズキン。


 ズキン。


 激痛が脳を直接締めつけてくる。


「ご主人様!」


 少女が立ち上がる。


「大丈夫ですか!?」


「来るな!」


「――っ!」


 少女が止まった。


 怯えたように一歩下がる。


「……申し訳ありません」


「違う……」


 俺は息を荒くする。


「君に……怒鳴ったわけじゃない」


 なのに。


 頭の中には、まだ映像が流れ続ける。


 知らない記憶。


 知らない部屋。


 知らない人間。


 そして。


 何度も怯える――みさお。


「俺は……何を見ている……?」


 胃の奥がひっくり返った。


「うっ……」


「ご主人様!」


 俺は洗面所へ駆け込んだ。


 洗面台に手をつく。


 吐き気。


 激しい頭痛。


 呼吸が乱れる。


 何度も深呼吸する。


「……くそ……」


 蛇口をひねる。


 冷たい水が流れる。


 俺は顔を上げた。


 そして。


 鏡を見る。


「…………」


 そこに。


 俺はいなかった。


「……え?」


 鏡の中にいるのは。


 見知らぬ男だった。


 髪は乱れている。


 肌は異様なほど白い。


 痩せている。


 顔立ちも違う。


 目も。


 鼻も。


 輪郭も。


 何もかも。


「……誰だ、こいつ」


 声が震えた。


 後ろから。


 小さな声が聞こえる。


「……ご主人様?」


 みさおが立っていた。


 その顔にも、驚きが浮かんでいる。


 だが。


 それ以上に――戸惑っている。


 まるで。


 目の前にいる人間が。


 自分の知っている「ご主人様」と、まったく違う人間になってしまったかのように。


「…………」


 俺は鏡を見る。


 知らない男。


 知らない部屋。


 知らない少女。


 知らない記憶。


 そして。


 俺自身の記憶に存在しないはずの――。


「……もしかして」


 声が掠れた。


「俺は……」


 違う。


 まだ分からない。


 だが。


 確かめる方法は一つしかない。


 俺は鏡越しに、みさおを見る。


 少女は怯えながらも、俺から目を逸らさなかった。


「……俺の名前」


 喉が乾く。


「呼んでくれないか」


 みさおの瞳が揺れた。


 何かを確かめるように。


 何かを恐れるように。


 そして――。


 震える唇から。


 その名前がこぼれた。


「『久遠(くおん) 彼方(かなた)』さんです……」

☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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