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余命一年、七千万円で異世界転移したら、洗脳された美少女を救う悪役教師になっていた【なろう版】  作者: 成政
七千万円で異世界に来たら、洗脳された美少女の人生を背負うことになった。
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エピローグ 幸せいっぱいの新妻みさお! 「永久就職先が決まってます!」――洗脳を言い訳にしても、家事と勉強からは逃げられません!

 朝。


 カーテンの隙間から、柔らかな日差しが差し込んでいた。


 みさおは、隣で寝息を立てている男を横目で見つめ、頬を赤くした。


(わ、私……正顕さんと……)


 隣にいるのは、茆原正顕。


 自分の夫となった人だ。


 普段は落ち着いていて、何事にも動じない。少しばかり不器用なところもあるけれど、誰よりも自分のことを考えてくれる。


 その寝顔を見ているだけで、胸の奥が温かくなった。


(……幸せ)


 思わず、笑みがこぼれる。


 もちろん、心のどこかに不安がないわけではない。


 自分の気持ちは、本当に自分のものなのだろうか。


 かつて受けた洗脳の影響が、今も残っているのではないか。


 そんな疑問が、ふと頭をよぎることもある。


 けれど。


(……それでも、いい)


 みさおは、そっと目を細めた。


(正顕さんが私を大切にしてくれている。それは間違いないもの)


 自分の気持ちを急かさず、無理に答えを求めず、それでも必要なことから逃げようとすれば、きちんと向き合ってくれる。


 優しくて、頼りになって、何よりも自分のことを考えてくれる。


 その人が、今、自分の隣にいる。


(私……本当に、愛されてるんだ)


 考えた途端、顔がますます熱くなった。


 そのとき。


「……ん」


 正顕が、ゆっくりと目を開けた。


 視線が合う。


「……おはよう、みさお」


 穏やかな微笑み。


「っ……!」


 みさおの心臓が跳ねた。


「お、おはよう……ございます……!」


「うん。どうした? 顔、赤いぞ」


「な、なんでもありませんっ!」


「そうか?」


「そうです!」


 正顕は不思議そうに首を傾げた。


 みさおは布団をぎゅっと握りしめる。


(あああああ……! 朝から心臓に悪い……!)


 好きな人が目を覚まし、自分に微笑んでくれる。


 それだけで、こんなにも嬉しい。


 これが幸せでなければ、いったい何なのだろう。


「……じゃあ、起きるか」


 正顕はベッドから出ると、Tシャツに袖を通した。


「朝飯、作るよ」


「……!」


 みさおの目が輝いた。


(朝ご飯! 正顕さんの手料理!)


 幸せな朝。


 大好きな夫。


 そして、おいしい朝ご飯。


(……私、世界一幸せな女の子なのでは?)


 そのときのみさおは、まだ知らなかった。


 この幸せな朝が、家事と勉強をめぐる戦いの始まりになることを。


     ◇


 しばらくして。


 食卓には、見事な和朝食が並んでいた。


 炊き立てのご飯。


 野菜たっぷりの味噌汁。


 ふっくらと焼き上げられた卵焼き。


 そして、艶やかな照りが食欲をそそる、きんぴらごぼう。


 奇をてらった料理はない。


 だが、一品一品が丁寧に作られている。


 まさに、理想的な朝食だった。


「それじゃあ、いただきます」


「「いただきます!」」


 正顕の声に、みさおとさやかが続いた。


 三人で囲む朝食。


 正顕とみさおが暮らすマンションの隣室には、さやかが住んでいる。


 もともと空いていた部屋を借りることになったのだ。


 もっとも、さやかは最初から乗り気だったわけではない。


 他人に頼ることを好まない彼女にとって、娘夫婦の世話になるのは本意ではなかった。


 だが――。


『もう家族だから、遠慮しないでください』


 正顕にそう言われ。


『お母さんも近くにいてくれたほうが、私も嬉しい!』


 みさおにそう頼まれては、強く拒絶することもできなかった。


 結果、隣室への引っ越しが決まったのである。


 そして今。


 さやかは、目の前のきんぴらごぼうを口に運んでいた。


「……!」


 ほどよい甘辛さ。


 ごぼうの風味と、絶妙な歯触り。


 悔しいが、実においしい。


「……本当においしいわね」


「でしょー!」


 待ってましたとばかりに、みさおが身を乗り出した。


「正顕さんの料理、すっごくおいしいんだから!」


「まだ、きんぴらしか食べていないんだけど?」


「味噌汁もおいしいよ! 卵焼きも絶品! ご飯だって炊き加減が完璧なの!」


「……あなたが作ったわけじゃないでしょう」


「私の旦那様が作ったんだもん!」


 なぜか、みさおは胸を張った。


 まるで自分の手柄であるかのように。


「ふふん。どう? うらやましい?」


「……悔しいけど、料理の腕は確かね」


「でしょ、でしょ!」


 みさおは満面の笑みを浮かべた。


「さすが、私の旦那様!」


 その瞬間。


 さやかの箸が止まった。


 ゆっくりと娘に視線を向ける。


「……みさお」


「なあに?」


「この朝食、誰が作ったの?」


「正顕さん!」


「食器を片づけるのは?」


「……正顕さん?」


「洗濯は?」


「…………」


「掃除は?」


「………………」


 みさおの笑顔が、徐々に引きつっていく。


 さやかは箸を置いた。


「なんで自分の亭主に朝食を作らせているのよ!」


「えーっ!?」


「えーっ、じゃないわよ!」


「だ、だって! こんな料理上手な旦那様に、私が作ったご飯なんて出せないよ!」


「そこは練習しなさい!」


「でも、おいしいものが食べたいじゃん!」


「開き直るな!」


「事実だもん!」


 みさおは頬を膨らませた。


 正顕は、二人のやり取りを眺めながら味噌汁を飲んでいる。


 そして、さやかの視線が彼に向いた。


「正顕さん、ごめんなさいね。うちの娘がこんな調子で」


「いえ、料理は好きなので、そこは構いませんよ」


「そういう問題じゃないの!」


 さやかは即座に返した。


「この子が何もできないままでいいわけがないでしょう!」


「……確かに」


 正顕はうなずいた。


 そして、みさおに視線を向ける。


「みさお。家事は覚えてもらうぞ」


「……え?」


「さやかさんに教えてもらうといい。俺も必要なら手伝うから」


「……ええっ!?」


 みさおの顔が引きつった。


 まさか、正顕まで母親側につくとは。


「正顕さん、私のこと愛してるよね?」


「もちろん」


「じゃあ、家事をしなくてもいいよね?」


「どうしてそうなるんだ」


「愛があれば家事なんて些細な問題だよ!」


「その理屈で、俺に全部やらせるつもりか?」


「……はい!」


「正直だな…」


 正顕は額に手を当てた。


 さやかは、すっと背筋を伸ばす。


「正顕さん。安心して。私が責任を持って、この子を仕込むわ」


「お願いします」


「料理も掃除も洗濯も、基礎からきっちり教えるから」


「厳しく仕込むわよ」


 さやかの目が、きらりと光った。


「ひぃっ!」


 みさおは、思わず正顕のほうへ身を寄せた。


 しかし、正顕は助け舟を出さなかった。


「それじゃあ、俺は勉強を教えます」


「……え?」


「卒業できるように、きちんと勉強を見ていきます」


「…………え?」


「さやかさん、家事のほうはお願いします」


「ええ、任せて」


「ちょっと待ってぇっ!」


 みさおの悲鳴が響いた。


 母親が家事担当。


 夫が勉強担当。


 本人の同意なしに、完璧な分業体制が成立していた。



     ◇



 みさおは考えた。


 どうすれば、この状況から逃げられるのか。


 家事は母親が教える。


 勉強は正顕が教える。


 しかも、二人ともやる気満々だ。


 正面突破は不可能。


 ならば、論理で攻めるしかない。


(……そうだ!)


 みさおは、ぱっと顔を上げた。


「ちょっと待って!」


「何?」


 正顕が尋ねる。


「私、もう永久就職先が決まってるんだけど!」


「……俺のことか?」


「うん!」


 みさおは自信満々にうなずいた。


「だったら、勉強はぼちぼちでいいし、家事だってゆっくり覚えればいいと思うんだ!」


「つまり?」


「今のままでいいと思います!」


「却下」


「早いよ!?」


 正顕は即答した。


「結婚したら勉強しなくていい、という理屈にはならないだろ」


「うっ……!」


「進学するにしても、就職するにしても、選択肢は多いほうがいい。だから勉強はする」


「ううっ……!」


「家事も覚える」


「うううっ……!」


 みさおは椅子の上でじりじりと後ずさった。


 そして――。


「あっ! そうだ!」


 突然、顔を輝かせた。


「私、洗脳されてたんだった!」


「……それが?」


「それが、じゃないよ! 洗脳されてたんだよ!?」


「知ってる」


「だったら、急に家事とか勉強とか言われても困るじゃん!」


「ゆっくり覚えればいい」


「だから、その『ゆっくり』が大変なんだってば!」


「……みさお」


 正顕が、じっと妻を見た。


「洗脳されていたことと、食器を洗わなくていいことに、何の関係があるんだ?」


「…………」


「数学の問題を解くのと、洗濯物を畳むのにも、何の関係がある?」


「……洗脳の影響?」


「うーん…」


 正顕が思わず額を押さえる。


 さやかが、すかざずが補足する。


「みさお。洗脳されていたことは、ちゃんとわかっているわ」


「お母さん……!」


「だから、無理をしろとは言わない」


「そうだよね!」


「でも、怠けていい理由にはならないわよ」


「お母さんまでぇっ!」


「はい、決まり。家事は私が教える。勉強は正顕さんが教える」


「ちょっと待って! 今、決まりって言った!?」


「言ったわよ」


「私の意見は!?」


「聞いたうえで却下したの」


「ひどいっ!」


 みさおは、正顕に救いを求めるような視線を向けた。


「正顕さん……。私、心に傷を負ったか弱い新妻なんですよ……?」


「そうだな」


「だから、優しくしてほしいな……?」


「もちろん。わからないことは丁寧に教えるし、失敗しても怒らない」


「……!」


 みさおの顔が明るくなった。


「じゃあ――」


「ただし、やることはやる」


「そこは譲ってよぉっ!」


 正顕は額を押さえた。


 さやかは深々とため息をつく。


「……この子、本当に都合のいいところだけ覚えているわね」


「お母さん、聞こえてるよ!」


「聞こえるように言ったのよ」


「ひどい!」


 みさおは頬を膨らませた。


 そして、最後の抵抗を試みる。


「……では、ここは一つ、家庭内CEOということで!」


「何の話だ?」


「久遠家なのか茆原家なのかはさておき、私は家庭内CEO! 家事と勉強は部下に任せます!」


 正顕は額を押さえた。


 さやかの顔が引きつった。


「……みさお」


「はい!」


「んなわけないだろ」


「ですよねぇっ!」


「わかってるなら言うな!」


「だって、言ってみるだけならタダだもん!」


「その口を動かす元気があるなら、食器を片づけなさい」


 さやかが、食卓の皿を指さした。


「勉強もあるぞ」


 正顕が追い打ちをかける。


「…………」


 みさおは、二人を交互に見た。


 母親と夫。


 どちらも優しい。


 どちらも自分を大切にしてくれる。


 そして、どちらもまったく容赦がない。


「……私、愛されてるんだよね?」


「もちろん」


「ええ、当然よ」


「じゃあ、もうちょっと甘やかしてよぉぉぉ!」


「「それとこれとは別!」」


 二人の声が、見事に重なった。


「息ぴったりすぎるでしょぉっ!」


     ◇


 こうして、みさおの新たな生活が始まった。


 料理上手で、優しくて、頼りになる夫。


 隣の部屋には、頼もしい母親。


 幸せな環境。


 愛情に満ちた毎日。


 ただし――。


 家事からは逃げられない。


 勉強からも逃げられない。


 そして何より。


 「永久就職先が決まっているから、もう頑張らなくていい」という、みさおの人生計画は、開始早々に却下された。


「……正顕さぁん。私、洗脳されてたんですよぉ?」


「わかってる。だから、ゆっくり覚えような」


「お母さぁん……?」


「大丈夫。ゆっくり、みっちり教えてあげるから」


「その『みっちり』が怖いんだけど!」


 みさおは食卓に突っ伏した。


 それでも、顔を上げれば正顕がいる。


 隣の部屋には、さやかがいる。


 二人とも、自分を大切にしてくれている。


 だからこそ、逃げ道を塞いでくるのだ。


 ……愛情という名の、鉄壁の包囲網で。


「ところで、正顕さん。数学だけは洗脳の後遺症ってことになりませんかね?」


「ならない」


「即答!?」


「まずは食器を片づけて、それから勉強だ」


「えーーーーーーっ!!」


 幸せいっぱいの新妻みさお。


 その前途は、どうやら甘いだけではないらしい。


 だが、本人がどれほど逃げようとも。


 正顕とさやかに、逃がすつもりはなかった。


 ――愛情と容赦のなさに満ちた、新婚生活の始まりである。

☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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